第一章 村落共同体に関する日中比較
第一節 日本の村落共同体-沿革・研究・現状
四 村落共同体の現在における地位
(一) 村落共同体の現状
第二次世界大戦後、日本政府によって農地の所有制度の改革が行われ、日本におけ る寄生地主制が崩壊した。ただし、一般に伝統的な村落は依然として共同体的秩序を 維持している100。農地改革後、村落では生産面での共同性は以前より弱まっているもの の、生活面での共同性は依然として強いものがあり、重要な役割を果たすことになる101。 村落の共同体の性格は大幅に改変されなかった。そのため、全体的に日本の村落は共 同体の性質を失ったとは言えないし、存続しているとも言えない。少なくとも村落共 同体的性格は残っていると言える。以下では、その過程について説明する。
1950 年代以降の 20-30 年の間に、村落の実態は大変貌を遂げたにもかかわらず、村 落共同体意識に関する変化は依然として、それほど顕著ではないという事実がある102。 第二次世界大戦後の農地改革は共同体の基盤である過小農生産の幼弱さを解決できな かった。それだけでなく、階層構造を残したのであった103。各地の特徴によって、福武 は日本の村落を大雑把に東北型と西南型に分けた。彼の研究により、東北型において は村落共同体が残存しているが、次第に西南型の村落に近づき、村落共同体的規制は 以前よりは弱まって、西南型においては、村落共同体の解体は著しいことが分かった104。 その後、日本全国から見ると、生産力の発展につれて、村落外部への転出の機会が増 え、共同体的規制は弱体化した。また、機械化により共同労働の意義も減少した。特 に、商業経済の発展につれて、村民は共同体的所有のものである入会地を家ごとに分 割的に利用する。これによって、市場需要に応じて、農産物生産を展開し、日本経済 の高度成長につながった。上述したように、村落の実態は大変貌を遂げたが、村落共 同体意識に関する変化は顕著ではない。
さらに、1970 年前後から、大型機械の導入や非農業的要素の増大、及び農家数・農
100布施鉄治「戦後におけるムラの形成過程と村落共同体」村落社会研究会『村落共同体論の展開』(時 潮社・1959 年)52 頁。
101荒井聡「現代における「農業共同体」の性格と機能」小野塚知二・沼尻晃伸編『大塚久雄「共同体 の基礎理論」を読み直す』76 頁。
102岩本純明「戦後日本の「農地慣行」と「農地規範」-農地改革との関連を中心に-」西田美昭・ア ン・ワズオ編『20 世紀日本の農民と農村』(東京大学出版会・2006 年)230 頁。
103福武直「現代日本における村落共同体存在形態」村落社会研究会編『村落共同体の構造分析』(時 潮社・1956 年)12 頁。
104福武直「現代日本における村落共同体存在形態」14-18 頁。
業就業人口の減少、高齢化、農産物自由化などによって、農民は個人へ解体された105。 農村の人々の共同性の弱化と村落運営の困難化が指摘された106。日本農林水産省の近年 の報告によると、日本農業就業者は年々減り続けている(表 1-1)。総就業者数に占め る農業就業者の割合も低下傾向がある。他に、非農家が 5 割以上を占める村落の割合 は一貫して上昇している。さらに、高齢化・過疎化、都市化などの原因で村落に存続 する農家が減少しつつある107。このように、日本経済の高度な成長に伴って、農村の若 い人々が都市に流出し、農業の担い手は残された高齢者になってしまった。日本農村 において、昔の共同耕作、間伐材などの利用が次第になくなった。共同作業の減少、
生活の個別化を招いた。多くの村落は昔から持っていた機能を失った。このような状 況は村落の「解体」的変動となった。
表 1-1 日本農業就業人口及び基幹的農業従事者数108 ( 単位 万人、歳)
(二) コモンズ論
前述したように、日本の農村社会は大きい変化が発生されている。結果として、村
105松岡昌則「近代日本農村の構造変動と村落-日本農村の将来展望にむけて-」現代社会学研究第 2 4 巻(2011 年)63-69 頁。
106例えば、高橋明善「部落財政と部落結合-15 年の変化-」村落社会研究会編『村落社会研究(第 1 0 集)』(塙書房・1974 年)。
107関東農政局「日本農村の現状」http://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/no_nippon/03.html
(2015 年 9 月 19 日最終検索)。
108農業就業人口とは、15 歳以上の農家世帯員のうち、調査期日前 1 年間に農業のみに従事した者又は 農業と兼業の双方に従事したが、農業の従事日数の方が多い者をいう。基幹的農業従事者とは、農業 就業人口のうち、ふだんの主な状態が「仕事が主」の者をいう(「日本農業労働力に関する統計」htt p://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html(2015 年 9 月 19 日最終検索))。
260.1 191.4
177.8
65 65.2 65.4 65.6 65.8 66 66.2 66.4 66.6 66.8 67
0 50 100 150 200 250 300 350
2009 2010 2011 2012 2013 2014
農業就業人口 基幹的農業従事者 うち65歳以上 平均年齢
落共同体は、国家権力及び市場経済にその大部分の政治・社会機能を委譲し、次第に 自立性・自律性を喪失し、解体の道を辿っている109。そして、現行民法典の立法時に想 定していた入会権は、村落共同体の崩壊により、その意義を失ったかに見える。しか し、近年、村落共同体の環境保全における役割は重視され、コモンズと位置づけられ、
入会権の現代的な利用は環境保全の手法などについて言及している。
村落共同体の自治的な土地利用と自然管理は、環境の破壊などを食い止める最良の 方法とされている。入会権の私権化は農地の開発(リクリエーション施設、別荘地、
ゴルフ場、スキー場などの建設)を容易にしたが、それに伴って、農村環境の破壊や、
生活被害も増加している。地域共同体が主体となる自治的な土地利用と自然管理こそ、
上述した環境問題を食い止める最良の方法とされている。このような背景をもとに、
いわゆるコモンズ論が議論されている。コモンズ論は自然資源の持続可能な利用や社 会的弱者保護などの観点から、狭い地域において生成し、維持されてきた村落共同体 の慣習を肯定的に評価する110。
以下、コモンズ論の主な内容とローカル・コモンズの淵源について概観する。コモ ンズ論とは、地域社会が自然資源を持続的に管理する能力を有していることを様々な 事例から示し、「公」でも「私」でもなく、地域住民たちの「共」的管理の可能性や意 義を積極的に論じる議論である111。つまり、私的な団体が、構成員の合意により、自由・
平等・独立的に形成した意思の公共的性格が認められている。従って、コモンズ論に より、現代社会の構造に欠落する「共」的領域を提起され、従来日本において支配的 であった国家や地方公共団体といった「公」とは別の、私的領域における地域住民た ちの「共」を前提とするものということができるようになる112。
また、コモンズ論は、自然資源の環境保全的で持続性を持った利用・管理の制度と して注目されている。具体的には以下の三つの表現がある。①地域の公共的な資源の コモンズ的管理のあり方が検討され、地域における公共的な財産に相応する管理の仕 組みを作り出し、あるいは再発見しようとする113。②総有と称される習慣によって支え られてきた伝統的な共同体所有様式は、コモンズと表現し直され、これによって、伝 統的社会制度を超えた現代的な意義を見出す114。③コモンズ論は入会権の持つ私権性か
109池田恒男「コミュニティ-、アソシエ-ション、コモンズ」法社会学 73 号(2010 年)129 頁。
110阿部昌樹「コモンズのル-ル」法社会学 73 号(2010 年)229 頁
111高村学人「コモンズ研究のための法概念の再定位-社会諸科学との協働を志向して-」社會科學研 究 60 巻 5・6 合併号(2009 年)86-87 頁。
112楜澤能生「持続的生産活動を通じた自然資源の維持管理-ロ-カルコモンズ論への法社会学からの 応答法-」法社会学 73 号(2010 年)223-224 頁。
113鈴木龍也「コモンズとしての入会」『コモンズ論再考』(晃洋書房・2006 年)221-222 頁。
114池田恒男「『コモンズ』論と所有論」『コモンズ論再考』4 頁。
ら出発し、入会権の帰属主体が私的権利者の集団である入会集団であることを承認し、
その上で、地域社会にもたらす入会権の現代的役割に着目する115。
さらに、ローカル・コモンズには二つ淵源がある。コモンズはローカル・コモンズ とグローバル・コモンズの二種類に分けられ、村落共同体について議論されているの は、ローカル・コモンズである。そして、ローカル・コモンズには二つ淵源があり、
その第一の淵源は、村落共同体の慣習にあり、村落の慣習はローカル・コモンズの持 つ公共性を形作っている116。地域住民が地域の資源を共同で管理するということがコモ ンズの核心であり、コモンズとして存続するためには、コモンズ集団である地域住民 団体の組織原理が必要とされる117。例えば、入会の利用形態を変更し、あるいは重要な 入会財産自体を処分する場合には、入会権者全員一致の決定が必要とされるという慣 行が環境保全の役割を果たしてきた118。つまり、入会の慣行は環境保全の面から見ても 重要な意味を持っている。次に、第二の淵源は、慣習に従って自治的に利用・管理さ れてきた「環境資源そのものの持つ性質」にある119。コモンズ論は農地という自然資源 とその管理主体に関心を向け、山林原野の維持管理と一体的に考察する必要があると 主張される120。つまり、山林原野の自然資源の管理主体は農地管理の主体と別個に存在 するものではなく、多くの場合は、農業集落が農地と山林原野を一体的に支配・発展 してきたのである121。
上述したように、村落共同体の自律的・自立的な規制がコモンズと位置づけられ、
環境保全の最良の方法として議論されている。これに対して、日本の現行の農地法制 はコモンズ的所有の実現につながる可能性を秘めているということが示唆される122。な ぜならば、近年の日本の農地法制改変の動きは、農地制度におけるコモンズ関係を後 退させているからである。つまり、戦後、日本農地制度の体系を支えっている耕作者 主義と農地の自主管理主義はコモンズ性を持っている123。しかし、近年の日本の農地法
115北條浩『入会・入会権とロ-カルコモンズ』(御茶の水書房・2014 年)371 頁。
116三俣学・菅豊・井上真『ロ-カル・コモンズの可能性自治と環境の新たな関係』(ミネルヴァ書房・
2010 年)205-206 頁。
117鈴木龍也「コモンズとしての入会」『コモンズ論再考』242 頁。
118鈴木龍也「コモンズとしての入会」『コモンズ論再考』244-245 頁。
119三俣学・菅豊・ 井上真『ロ-カル・コモンズの可能性自治と環境の新たな関係』205-206 頁。
120楜澤能生「持続的生産活動を通じた自然資源の維持管理-ロ-カルコモンズ論への法社会学からの 応答法-」227 頁。
121楜澤能生「持続的生産活動を通じた自然資源の維持管理-ロ-カルコモンズ論への法社会学からの 応答法-」227 頁。
122楜澤能生「持続的生産活動を通じた自然資源の維持管理-ロ-カルコモンズ論への法社会学からの 応答法-」227 頁。
123コモンズ性は二つのメルクマ-ルがあり、すなわち、「人と自然との関係性」メルクマ-ルと「空 間」メルクマ-ルである。耕作者主義は「人と自然との関係性」というメルクマ-ルに対応し、農地