第四章 集団土地所有権と総有論に関する一考察
第一節 日本法における総有論
一 入会権と総有論
(一) 入会権の法的性質
日本の総有論は、ゲルマン法上の総有を承継した理論である。石田文次郎『土地総 有権史論』が総有に関する基本的著作である。石田は総有権の本質を究明し、古代ゲ ルマンの村落は同一土地に対して、共有権を有するものの集合でなく、また共有関係 によって新たに結合した物的団体ではないと指摘した422。さらに、彼は、村落のような 血族により自然に結合した団体は、土地を共同に所有し、共同経済の基礎として利用 したにすぎなず、村落は結合した地方的政治団体たる機能と農業生産的経済団体たる 機能を保有し、村落が占有した土地は住民全体の共同財産であり、共同経済の基礎で あると主張した423。
さらに、石田は入会権についても詳しく論じていた。彼は総有地に対する管理処分 の権利は村落または部落に帰属し、利用の権利は構成員個人に帰属すると述べた。そ の具体的な内容は以下のとおりである424。総有地は不分割地として村民全体に属し、村 落は総有地の管理処分の権利を持つ。村落の住民もまた住民たる資格によって総有地 に対する利用権を取得する。総有地は住民全体としての団体的意思に服するとともに、
各住民の個人的意思にも服する。それは多結合的権利の物体であった。総有地に対し ては村落または部落の総体権が最も強く及んでいる。ただし、村民は個別的利用権の みを有した。従って、石田は、総有権が共有権と同様に、その本質も所有権であると 指摘し、総有において各構成員の有する利用権は、所有権を基礎とするのではなく、
集団の身分に基づくものであり、その身分権を処分できないと同様に、個々人は総有 地の利用権を処分できないと強調した425。結論として、石田は入会権がゲルマン法の土 地所有権に符合し、総有理論に依拠した法的構成が可能であると主張した426。
それと同時に、中田薫も入会権が総有の性質を有すると主張した。中田は徳川時代 から明治 21 年の町村合併まで日本の村落の人格と入会権の性質に関して、1920 年代か ら系統的な論文を発表した427。中田の研究はギールケの団体法論に依拠した。中田の研
422石田文次郎『土地総有権史論』89-93 頁。
423石田文次郎『土地総有権史論』89-93 頁、202 頁以下。
424石田文次郎『土地総有権史論』203 頁以下。
425石田文次郎『土地総有権史論』202-217 頁。
426石田文次郎『土地総有権史論』523-534 頁。
427例えば、「徳川時代に於ける村の人格」901-935 頁、「明治初年に於ける村の人格 」国家学会雑誌 第 41 巻 10 号(1927 年)1531-1563 頁、11 号 1713-1755 頁、12 号 1869-1906 頁、「明治初年の入 会権」国家学会雑誌 (1928 年) 42 巻 2 号 215-233 頁、3 号 398 頁-436 頁、4 号 575-598 頁、5
究により、徳川時代後半から明治 21 年まで、日本の村落はゲルマン法の実在的総合人 であり、村と村民の共同所有関係が「総有的性質」を有することが明確にされた428。1943 年、戒能は、『入会の研究』という著作で村地入会地の権利関係を「共有」でなく「総 有」によって説明したことに賛成した。ただし、このように定型化することに止らず、
さらに進んでその具体的研究をすることが必要であると主張し、総有理論を再検討し た429。その後、川島武宜が執筆した『注釈民法』において「入会権とは、村落共同体若 しくはこれに準ずる地域共同体が土地-従来は主として山林原野(だだし、これに限 らない)-に対して総有的に支配するところの慣習上の物権である」と述べた430。
このように、総有においては所有権に含まれる管理権能と収益権能が分離され、各 共有者は持分を持たないとされた。総有は最も団体的色彩の強い共同所有形態である431。 入会地の管理処分の権能は、部落自身に帰属し、収益権能は各構成員に帰属する。入 会権の権利は質的に分属される432。一般的には、共有の性質を有する入会権は共同所有 権の特殊形態であり、共有の性質を有しない入会権は用益物権の特殊形態である。共 有の性質を有する入会権は総有権であると解釈し、共有の性質を有しない入会権は準 総有権と解釈することもできる433。このように、入会権は総有の性質を有するとされ、
これは日本の学界の通説となっている。
(二) 入会権の解体
前述したように、入会権は総有の性質を有するとされ、これは日本の学界の通説と なっている。しかし、日本全国の入会権はすべて総有の性質を持っているとは言えな い。なぜなら、入会権は次第に消滅または解体の過程にあるからである。
一般的には、入会地及び入会林野の管理・利用の形態は長い歴史とともに変化して 号 750-792 頁。
428中田薫「明治初年の入会権」787-789 頁
429戒能通孝『入会の研究』4-5 頁。
430川島武宜編『注釈民法(7)物権(2)』510-511 頁(川島武宜執筆)。
431我妻栄『物権法』210 頁。
432日本では、入会権に関する著書、論文は殆どこのように解釈している。例えば、我妻は、「つまり 入会権の対象である土地の管理権能は入会集団である村落共同体に属し、しかし、具体的な用益権の 行使権能は団体構成員に分属しているという総有関係が成立していたのである」というように述べる
(我妻栄・有泉亨『新訂物権法』(岩波書店・1983 年)429 頁。
加藤雅信は「入会地の管理権能は入会集団に属するが、採取、収益という具体的な用益権の行使権 能は団体構成員に分属している、このような関係を総有という」と述べる(加藤雅信『新民法大系Ⅱ 物権法(第 2 版)』(有斐閣・2005 年 )297 頁、314 頁)。
433遠藤浩・川井健ほか編『民法(2)物権(第 4 版)』(有斐閣・1996 年)273 頁(中尾英俊執筆)。
きたが、原則として入会集団が慣習によって、その共有地または林野を管理・運営し ているのである。しかし、明治以降、日本社会は大きい変化が発生していたため、入 会権は次第に国民経済的要請、及びその国民経済的要請に基づく政府の政策と矛盾し ていた。入会権という権利形態が存続していたが、大きな社会問題を引き起こしてい た434。総有にめぐって、資本あるいは進んでいる生産様式の力と、零細農民の遅れた生 産様式の力との対抗・矛盾は益々進化していた435。
上述した背景をもとに、日本では次の一系列な改革により、入会権の解体は不可避 的且つ加速度的に進行していった。1873 年の地租改正とそれに続く官民有区分、さら に 1889 年の市制・町村制、1910 年から 1939 年に至るまで行われた部落有林野整理統 一政策などの実施によって、入会地及び入会林野の公簿上記載された所有名義と実際 の入会権者と一致しない場合が多くなった。また、現行民法典が制定された際に、入 会地と入会林野は従来、取引または債権担保の対象となることを予想していなかった ため、日本民法典では、入会地と入会林野の登記について規定していない。その結果 として、日本現行民法典が施行された後も所有権の保存登記をしていないものが多く、
土地台帳にのみ旧市町村や字または区で登録されているものが多い436。特に、1889 年 の市制・町村制や 1953 年市町村合併促進法の実施に際して部落名義の林野を部落代表 者たる個人名にし、入会権者全員の記名共有にするなど、私有の形態に切り替えるも のが続出した437。
このように、明治以後、入会権はほぼ全国にわたって多かれ少なかれ解体の道をた どっている。例えば、入会権の古典的形態たる「総有」は解体し、より個別的な権利 形態へ移行してきた。数村入会は一村入会に解体する傾向にある。他に、甲村落の数 世帯と乙村落の数世帯という限定された範囲の人々が入会主体である場合もある438。以 上のような背景に基づき、入会権は解体しつつ、その権利行使の態様の変化に伴い、
分割利用・直轄利用・契約利用などの個人主義的権利関係に移行している。
表 4-1 入会林野等の整備後の経営形態(2013 年末累計)439
434川島武宜・潮見俊隆・渡辺洋三『入会権の解体Ⅰ』2 頁(川島武宜執筆)。
435川島武宜『民法Ⅰ総論・物権』254-255 頁
436黒木三郎『現代農業法と入会権の近代化』(敬文堂・1971 年)28-29 頁。
437黒木三郎『現代農業法と入会権の近代化』28-29 頁。
438川島武宜『民法Ⅰ総論・物権』260 頁。
439「林野庁 2014 年森林・林業統計要覧」http://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/toukei/pdf/yoran 1408.pdf(238-239 頁)(2015 年 9 月 19 日最終検索)。
経営形態 面積(ha) 面 積 の 比 率
(%)
協 業 総 数 578,631 100.0 生産森林組合 301,595 52.12 農事組合法人 6,012 1.04 共有地 32,982 5.70
個人経営 238,042 41.14
戦後になって、村落共同体が崩壊し、経済の発展につれて、入会地と入会林野は効 率的に利用されることが重要な課題となっていた。入会権は現代社会に不都合な点が あり、入会林野を高度的に利用するために、入会権よりももっと個人的な権利にした 方が望ましいという場合には権利関係の近代化が考えられるべきである440。その中で、
最も必要なのは、資金と労力を投下することであり、これを抜きにして、権利関係を あれこれ扱いまわすことは百害あって一利ないことである441。日本政府は、入会権を近 代的所有権に改造するために、1966 年 7 月 9 日、入会林野等に係る権利関係の近代化 の助長に関する法を法律第 126 号として公布した。1967 年に開始された入会林野等整 備事業は、第 1 期(1967 年-1976 年)約 32 万 ha、第 2 期(1977 年-1986 年)18 万 ha、第 3 期(1987-1996 年)約 5 万 ha、第 4 期(1997-2006 年)約 2 万 ha の入会林 野を整備され、さらに 2013 年までに累計約 57.8 万 ha の入会林野の整備が完了された
442。
このように、入会林野の近代化の助長に関する法律の実施によって、入会権は個別 経営、法人経営、共有経営などの形式に整備された。以上見てきたように、入会権は 次第に解体し、大きく変わっている。現在の法制が入会集団のすべてを法人組織に転 化することを予想していたわけではなかったから、現実には、生産森林組合のほかに 財団法人から株式会社法人形態を取るものまで、多種多様な法人組織を作り出してい る443。入会林野の整備により、個人有または個人的共有名義で登記された土地を改めて その法人に出資し(贈与)し、自分たちでその法人に所有権の移転登記をしなければ ならなかった444。
上述したように、入会権は明治以降の経済的社会的諸条件に規定され、広汎に且つ
440中尾英俊『入会林野の法律問題』(勁草書房・1984 年)363-364 頁。
441中尾英俊『入会林野の法律問題』363-364 頁。
442「林野庁 2014 年森林・林業統計要覧」http://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/toukei/pdf/yoran 1408.pdf(238-239 頁)(2015 年 9 月 19 日最終検索)。
443黒木三郎『現代農業法と入会権の近代化』20 頁。
444中尾英俊『入会林野の法律問題』411 頁