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小括-日中村落共同体の比較

第一章 村落共同体に関する日中比較

第三節 小括-日中村落共同体の比較

生活空間に規定された「個々の共同体」の集積にすぎず、自立的に発展したものでは ない201。改革開放後、村民の収入や各関係の利害は人民公社の時代と異なり、その差が 大きくなった。村全体を同一の行動や志向に結集させるのが難しくなった202

改革開放後、国外の研究の影響により、中国の学界において、農村社会に関する研 究も増えている。多数の研究者は農村共同体の存在を否定する見解を持っているが、

異なる見解も存在する。例えば、賀雪峰の研究によると、村は自然、社会と文化の境 界があれば、共同体と言われる。この三つの境界をすべて持つと、完全な共同体を構 成する203。また、以下のような見解も存在している。中国建国後の村落は明らかな共同 体的特徴を持っているが、満鉄調査期と異なって、すでに国家権力が農村に浸透した 後の「官制共同体」になっていた。このような村落共同体の中に、人民公社時期はす でに村落の経済的基礎を築き上げって、明確な村落境界を確立した。村の血縁または 地縁を基礎とする社会生活共同体は集団所有権あるいは集団経済を基礎とする生産と 経済的共同体に変わって、自然的、自発的に形成した村落共同体は国家権力が干渉し コントロールする「政治共同体」に変化していた204。それ以外に、「関係共同体」205

「共同価値形態に基づく文化共同体」206などのような主張も存在している。一方、日本 の学者の研究は概ねに共同体の有無及び共同体の法的性質に重点を置いている。

地などがあるが、大部分の宗族財産は同族人の財産であり、村落の共有物ではない。

全体から見ると、共有財産とする村有地を有する村落は極めて少ない。全般的に村有 財産といわれるものが乏しい。また、中国農村の経済の発展は日本農村よりはるかに 遅れていた。村落において窮迫貧農が多く、村落の大部の財産は地方の権力者に所有 された。そのため、村落の運営に対して発言権はなかった。他に、中国の村落では、

村界に対する意識が弱い。村落は地域的に分割されず、戸数に編成され、属人主義に よっている。村落は確定的な境界がない207

第二に、日本の村落共同体と比べて、中国の村落の共同行事が少ない。日本では村 落全体の行事が多い。既述したように、日本の村落において、村方三役たる名主、組 頭、百姓代などは村落の代表者として、訴訟に参加する。また、村落の代表者として、

零細貧窮農民も含めての共同利益を封建領主の圧政から擁護しようとする意識も持っ ている。日本の村落では、全戸をあげて村落としての行事が多い。例えば、水利、境 界などをめぐる紛争はしばしば全村的な対立抗争となる。これに対して、中国の大部 分の村落は、そのような共同性を欠如する。華北地区の村落はその集団性を認めるも のの、階層的にまたは族姓的に制約されるため、村落は強統一性と拘束性が強くない208。 人民公社の時期、村落の共同行事は多くなった。一時的に形式的で広範な共同体が形 成された。結局、人民公社は国家権力の力によって、農村社会を規範し、村落の伝統 を改変することを前提として、農村社会の振興を実現しようとした209。しかし、人民公 社制度は人為的に作った制度であるため、村落の伝統と衝突するところがある。

第三に、日本の村落共同体と比べて、中国現行の農民集団は比較的に強い行政機能 を持っている。日本においては、明治期に入り、中央集権化のため自然村の合併が推 進された210。昔の村落は合併により、行政的権能を失い、町村の一部となったが、依然 として、村持の入会地の支配権を持って、水利、祭礼、入会地などの管理主体として 存在しつづけた。行政体である町村は土地などの財産を共有することが極めて少ない。

これに対して、中国の農村集団は行政上の主体として、土地を共有する場合が少なく ない。人民公社は解体した後、一般的には、郷鎮が人民公社に代わり、生産大隊は行 政村となり、生産隊は村民小組に改造された。結果として、中国の農村においては自 然村と行政村との二元的分離が今も存続している。現行法律によって、集団土地所有

207福武直『中国農村社会の構造』246-247 頁。

208福武直『中国農村社会の構造』504-507 頁。

209張楽天『告別理想-人民公社制度研究』(上海人民出版社・2005 年)315 頁。

210前述した明治 21 年から明治 22 年までの「明治の大合併」以外に、昭和 28 年の町村合併法施行か ら新市町村建設促進法昭和 31 年を経て昭和 36 年までの「昭和の大合併」という大規模な市町村合併 の動きがあった。近年においては、概ね 1999 年(平成 11 年)年から 2000 年代前半期を中心として

「平成の大合併」が推進された。

権の主体は「農民集団」である。具体的に、郷鎮、行政村、村民小組などの三種類が ある。これから見ると、集団土地所有権の主体である農民集団は自然村だけでなく、

行政村または郷鎮である場合においても存在し、そこでの行政村農民集団と郷鎮農民 集団は政治上の産物で、強い行政機能の影響を受けている。つまり、多くの農民集団 は強い行政機能に干渉されている。

第四に、日本の入会権と比べて、中国の集団土地所有権は国家権力の直接的な干渉 によって形成してきたものである。日本農村における入会権は日常生活から自然的に 形成され、伝統慣習によって成立した権利である。国家権力が介入して、法律上に規 定するのは、この伝統的な権利を適切に保護するためである。現行日本民法の規定は できるだけ各地方の入会慣習を保護しようとしている。これに対して、中国の集団土 地所有権は国家権力などの影響を受けて、形成したものである。例えば、新中国成立 直後に国家は土地改革によって没収した地主の土地を無償で農民に分配した。これに より、国家は農民の土地私有制を築いた。それゆえ、農民の土地私有制の確立は国家 意志の産物と言える。その後、人民公社を設立するために、農民の土地私有は否定さ れた。そして、何の補償もなく、農民個人の土地は集団所有に変更させられた。つま り、国家は政治任務として、集団土地所有権を構築した。集団土地所有権は国家権力 の直接的な干渉によって生まれていったものである。

以上の総括により、学界では中国の村落は共同体の性質があるかどうかについて、

「官制共同体」、「政治共同体」、「関係共同体」、「共同価値形態に基づく文化共同体」

などのような様々の概念が提出されたが、いずれも通説として認められていない。多 数の学者が指摘したように、中国においては、合作社化、公社化の過程で、一時的に 形式的な共同体が形成されたが、それは政治手段を使って、人為的に作った共同体と 言える。共同体の固有の慣習も存在しない。従って、従来から村落の支配者は村落へ の責任意識が弱いのである。現在でも、村落の支配者は村落の代表的指導者であると いう意識が乏しい。村民の自治意識も欠如するため、道路の修理、水利灌漑などの施 設は村全体の仕事となることは少ない。改革開放後、人民公社の解体に伴って、農家 を経済単位とする「集団化」が実施されている。人民公社時代に見られた水利灌漑な どのような村落を超える大規模の「集団化」は少なくなる。都市化の過程において、

実態としての共同体が存在する基礎がなくなり、人民公社時に人為的に作った共同体 も解体していく方向に歩んでいる。

要するに、建国前、中国では総有と類似する形態も存在していた。例えば、祠堂、

学田などのような宗族共有財産に対して、宗族構成員間の関係は総有である211。しかし、

全体からみれば、中国の農村社会は村落共同体の性質を持たず、中国の農村社会には

211史尚寛『物権法論』(中国政法大学出版社・2000 年)154 頁。

総有権が存在する基盤が存在していない。集団土地所有権は総有権であるかどうか、

権利の実態から詳しく比較する必要がある。本章で考察したように、日本では村落共 同体の実態があり、その慣習を反映した入会権が存在し、その法的性質は総有とされ ている。そこで、次章では、農民が集団の構成員としてどのような権利義務を有する かについて考察し、さらに、集団土地所有権と入会権の比較を通じて、集団土地所有 権は総有権の特徴を備えるかどうかを検討する。