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近代の危機的問題

ドキュメント内 2015 年度博士学位申請論文 (ページ 118-122)

第2章 ニヒリズムの諸相

2.2 近代の危機的問題

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パラダイムへの転換が、こうした物象化像つまり商品・製品の社会における流通ある いは普遍化のなかに現れている。

近代社会における社会的普遍的概念(上記にて扱われた諸幻想)への関係化や意識 化のなかに、物象化は浸透し顕著に広がっている。物象化において商品に反映される のは、社会関係あるいは人間関係を生みだし支える社会的文化的状況である。物のな かに人は幻想を見るが、その幻想はそのものとの関係性(関係条件)の投影であり反 映なのである。

丸山圭三郎(1933 年 - 1993 年 言語哲学者・思想研究家)は言葉のシステム(体 系)について、ソシュール言語観に従って言語観の関係論的関係について述べる。

「あらかじめ確固たるアイデンティティをもった自我と他者が実体的に存在して いるのではない。両者は関係によってはじめて生ずるのである。」4(丸山 1987,67 )

意味そのものではなく意味での差異の関係によってこそ、その差異を示すために言 葉は作り出されまた使われる。関係上での差異があるがゆえにこそ言葉が生まれ使わ れるのであり、意味そのものがそれとして実体的にあるから言葉が生まれ使われるの ではないのである。意味ではなく関係性が言葉の世界では支配的なのである。

ハーンの文学作品は実体主義への願望を有しつつも関係主義的内容構成による。幽 霊とは恣意的幻想としての物象化の試みの結果である。対象と自己との間には関係の みが存在し、関係が物的現象化すること、それが怪談の幽霊であり、近代的世界の幻 想化の試みの一つなのである。

かくして実体は人間主体の関係の幻想へと化され、フェティシズムの近代の恣意的 な像へと幻想化されるのである。近代の意味の解体とは実体の喪失による世界の関係 性への転換によるものなのである。

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精神形而上学者であり深く広範なる宗教への真摯なる信仰心を有するハーンにとって、

個別の現世の我執の煩悩による物質・物質現象という身体感覚的で卑俗な幻想などは、

最も卑下すべき価値存在でしかなかった。人間の欲望、我執の煩悩により、便利で快適 なという物質的価値観を時代社会の絶対的価値観とすることが、物質文明の物質文明た る目標でありその実態であった。ハーンは神々の黄昏の神の死の実体の無き近代に生き、

実体を意味を求めて理想を立てた人である。

存在論哲学の祖にして有を問い続けたギリシャ・エレア派パルメニデス(B.C.540 年頃 生、古代ギリシャの哲学者)は、一者なるものを実体とした。彼が有を問い実体を問うた こと自体が歴史的快挙であったし、また実体を求めつつ見い出せぬニヒリズムの苦悩も またパルメニデスから始まるとも言える。実体という概念を人類が獲得したという事実 は、人類にとっての原罪(失楽園神話)でもありえる。

パルメニデスの語る実体たる一者とは以下である。

「有からの生成と消滅だけでなく、時間性、空間性、可分性、差別、運動をまったく 排除し、有を生成もせず消滅もせぬもの、全体であって一様なもの、変転せず限定され ぬもの、不可分で無時間的に現前するものと言いあらわし、その唯一の積極的な規定と して(略)思考(略)を持ち出している。」2(シュヴーグラー 1971,49)

パルメニデスの語る実体は、物質・物質現象では全くないし、物質・物質現象ほどに 非実体的なものもない。

物質は市場においては商品であり古典派経済学的には商品価格は使用価値と交換価値 とによって成り立つ。商品という客体の価値は人間にとって心的内面的に使用価値と交 換価値さらに剰余価値の主観的判断からなるものであり、客体や客観性という概念は主 観による理解・判断・了解の上で成り立ち、人はそれによって意味を得てまた意味を生 み出す。人間主体にとって世界は人間という主体による意味を得て生み出す主観的判断 からのみ成り立つ。

「物と心とのあいだには、元来、本質の差別はございません。つまり、人間が物と 名づけておりますものは、これはただ、人間の五管、知覚の総計したものなのであり まして、もともと人間の心に映ったまぼろしにすぎないのでございます。」3(ハーン 1970, 194)

、とハーンに対して横浜の老僧はものとは心に編まれた幻であると率直に言う。物

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質・物質現象とは心の誤ったひとつの活動様式たる幻覚なのである。

近代物資文明の時代イデオロギーの根幹には精神と物質との分離と物質の実体 的崇拝(ハーンのいうフェティシズム)化の現象がある。商品・製品という物質は 人間の道具であり、その意味でフェティシュ(ハーン)である。しかしその物質は 近代的な一般的理解とは異なり実体ではなく、「人間の心に映ったまぼろし」(ハー ン、上記)にすぎないものである。

近代的大量生産による商品・製品の多くは人間が絶対的に必要とするものではな い。それらは今までと比べてより快適なより便利なより満足するという多少のより 良き生活に役立つ欲望にしか過ぎない。それらは絶対的なつまり実体的な必要性か らではなく、人間の我執からなる煩悩の対象への相対的により過剰なるより我欲的 なる欲望からなるものである。商品・製品は空虚な過度なる仮言的存在性への幻想 でしかないのである。

実際ハーンは妻のセツによると電車、電話、電燈、ガス、汽車、靴―そして礼服 や背広―といった西欧近代の文明の利器を非常に嫌っていたという。西洋文明に対 する基本的な嫌悪感のもとで、ハーンは歩くことを勧め、あるいは面前での直接の 会話を大事にし、ろうそくの火をあるいは和服や時には草鞋を好み 4(注釈:物質 的利器への反感)近代以前の自然的で素朴な伝統的道具・手段類を、少なくとも実 体的存在物を好んだのである。

伝統を軽視し実体を見失い空虚なる迷いの中にある近代の人間の悲惨さや浅は かさを、ハーンは商品・製品という物質の背後に空虚な虚栄心の影を見抜いていた からに他ならない。「西洋文明は徹頭徹尾侵略的で利己的だから、そのために冷酷 無情な性格が異常に発達している。」5(ハーン 1970、346)とハーンは言う。

贅沢・快適・過剰・おいしい等に類する用語が語るものは、物質文明の利器が絶 対に必要で本質的なものではなく、それらは感覚的な身体的快感のみを与えるもの だということなのである。

ここにこそ商品・製品という人工物による疎外という悪質でネガティブな災いが 必ず秘されまた時に伴う背景がある。時計の時間によるエンマの悲劇(既述)がそ れであり、さらにはニヒリズムがそれである。

2.2.2 人間は自分の心しか知らない

見えるものの否定的理解が西欧形而上学に一貫する。その原点が聖書の「失楽園」

神話である。アダムとイブの楽園追放とは精神界から物質界への低俗で卑俗な零落・

転落の隠喩である。見えないものが神聖で清いものであり、それに対し欲望(物欲) の対象で見えるものである物質は、西欧の形而上学的伝統において不浄で不毛な劣位 の存在とされた。

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「客のいない、がらんとした客間には、いまでも、なにかふくいくとした、香ばし いものがのこっているような気がする。(略)。あの日、老先生がはいってこられたあ とから、なにか太古の世の御霊さまでもー過去の世の女神かなにかでも、姿を見せず に、わたくしの家の閾をまたいではいってきて、(略)、そのまましばらく、この家に 神とどまりましておわすのでもあろうか」1(ハーン 1970,152)

意味は世界の中に超越的にひそみ隠れていた。ハーンが愛する幽霊のようにである。

ハーンにとっては物的呪縛を逃れた聖なる精神性への願いやあこがれがつまり形而上的 なものに惹かれる傾向が強い。崇高で神聖なる精神性や精神的実体こそがハーンの信頼 する実体であり続けた。

「西洋の世界には、そもそも、信仰というものがなかった。あるものはただ、虚偽と、

仮面と、快楽を追い求めて止まない利己主義の世界、宗教の支配は受けないかわりに、

警察の支配を受けているという世界ばかりであった。」2(ハーン 1970, 225)

物欲の世界は精神の神聖な世界とは対極の、姿・形の溢れる物質世界であった。俗世 間・俗物の否定的な状況は姿・形あるものへの近代的執着に対する見返りや報復とも言 い得る。

「人間は、おのれの心の実相以外のものは、なにも知らないのでありまして、この 心の実相なるものは、外部からくる影響、あるいは外部から加えられる力によって現 われるものでありまして、その外部からくる影響、あるいは力を、われわれは物質と 名づけておるのでございます。」3(ハーン 1970,194)

バークリー唯心論の影響が色濃く出ている文章である。人間が物質や物的現象を対象 化し現前化していると思うこと自体が錯覚であり妄想である。対象化すると錯覚する表 象像は世界の「実相」という真の姿そしてその意味の現前化されたものではなく、人間 が恣意的に作り出し生み出したすえに至る人間の認識論的錯誤のためである。近代的商 品や製品は人間にとっての非本来的で異物的なる幻想の煩悩ということである。

ちなみに空という言葉の生み出すイメージは、青空・星空・夜空・朝の空・夕べの空 等、多様な姿・形で表象されるものである。しかしその姿・形は人の心が生み出した主 観的観念であり、実際の空についての現実の姿・形ではない。表象されているのは人間 が生み出した心の中の像つまり幻想でしかない。

ドキュメント内 2015 年度博士学位申請論文 (ページ 118-122)