第3章 ニヒリズムの超克―個我から共同へ
3.3 華厳経への共感―融和する世界
3.3.1 大乗仏教空論
「私が、かの “Sacred Books of the East(東方聖典叢書)”に集められている経典 翻訳について、あるいはいはビール、ビュルヌフ、フィール、デーヴッズ、ケルン その他の人々の労作について幾ばくかを説明している間に・・・」1(Hearn1973,22)
日本滞在の開始間もない頃、横浜の小高い丘の上にあった壮麗なる山門をいだく寺 をハーンは訪れる。その際に彼は寺の住職と 3 人の学僧に対し、ウパニシャッド聖典 やアジア諸宗教の聖典を集めた 50 巻からなるマックス・ミュラー編『東方聖典叢書』
について、あるいはその叢書中に掲載されている仏典やインド原始仏教聖典について
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語る。さらにハーン自ら、ヘンリー・クラーク・ウォレンの『Buddhism in translations 翻訳された仏典』について、「わたしがこれまでに見たもののうちで、最も興味がわ き、その類の中で最も価値あるものである。」2( Hearn1973、256)および注釈:森亮
「小泉八雲の文学」について)と語る。
「仏教が善・愛・美についてのきわめて気高い理想を作り出してくれたがために、
19 世紀の懐疑主義でさえもが仏教を尊崇するほどである。仏教は人類に大いなる貢 献をなしてくれている。」3 Hearn 1968, 291)
「偉大なるハーベイは、“われわれの進歩は利己心に始まり自己滅却に至る”と言っ た。現代の思想はその言葉の正しさを裏付けている。しかしその正しさはハーベイよ り数千年前に示されているのである。つまりキリストのはるか以前にブッダ(仏陀) の口からそれが語られているのである。」4( Hearn,Lafcadio 2010, 169)
大乗仏教の思想は、世紀末ニヒリズムに苦しむ西欧にとって救いの手掛かり・導き を与えるものであった(「第三のそして特別の理由というのは、大乗仏教のテーマが 近代哲学の学徒たちにとっての多大な関心の一つであるからである。」)5(Hearn 1973、196-197)。
横浜の老僧がハーンに対し言う。
「原因と結果のつながりを簡潔に説明することは簡単にはいきません。その一切を 理解するには、あなたは大乗仏教を学ばなければなりません。同時に小乗も学ばねば なりません。そうなさると世界は人間の業(acts)によってのみ存在することがおわか りになります。」6 (Hearn1973, 236)
ハーンはさらに言う。
「西洋の国の多くの人たちが、常住頭を悩ましている大きな問題が、三つございます。
(略。)『生命というものは、どこからきたものであるか?』『そうして、どこへ行く ものであるか?』『なぜ生命は存在し、なぜ苦悩するのか?』(略)。じつは、わたく し、だいぶ前から、この問題に対する解答を、仏典のなかにさがしてまいったのです が、どうもわたくし、仏典のなかにあります解釈が、いちばんいいもののような気が いたしているのでございます。」7(ハーン,L. 1995 ,325)
この住職からの刺激もあってハーンは大乗仏教の研究に勤しみ、その結果が論考
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「涅槃」であり「前世の観念」であり「祖霊崇拝の思想」あるいは形而上学的諸作品 等の業績である。このようにハーンは仏教に対し並々ならぬ関心を持ち、大乗仏教に ついて広く深い造詣を持つ稀有な仏教研究者であった。
大西はハーンが仏教研究を開始した時期を、「渡米後シンシナチで新聞記者をやり 始めた 25、6 才の頃かと思われる」、「彼の仏教への理解と研究は訪日以前すでに相当 進んでいたものと認められる。」と語る 8(大西 1970、85 及び注釈:大西忠雄「小泉 八雲と仏教」)。)
また平井は、「西欧の学者が東洋の学問と思想にようやく研究的関心をもちだした のは、ごく近世のことで、その研究業績が書物となって刊行されだしたのは、19 世 紀もずっと末あたりになります。」という 9(ハーン 1988、487)。
ハーンは、近代の西洋人として仏教を本格的に考究した先駆者とも言える 10 注釈
(平井 1988,487-494)。
因果応報つまり縁・縁起に大乗仏教はその最たる根拠を置く。大乗仏教は空論を核 とし、成仏による空無の悟りを根本的視座として構築される無の哲学を奉じるもので ある。それはその点で西欧近代のニヒリズムの元凶である我執の煩悩とくに法執ほ う し ゅ う・
法我見ほ う が け んという実体の固定的実在を幻想化する迷いに対し、煩悩の断滅を導き教える。
煩悩に迷妄する人をして修養・修業を介し悟りへと到らしめようとすることに、仏教 の西欧近代にとっての時代的価値がある。
「仏教は、自然は夢であり幻想であり幻灯のごときと教えたが、同時に仏教はその 夢の仮の印象をどう理解し、それを最高の真理としていかに解釈するかということに ついても教えてくれる。」11( Hearn 1973, 281)
内面の心こそが大乗仏教の修業・修養の場である。人がニヒリズムへの坂を転がり 落ちるような我執の煩悩への心の傾向を抑止すること、煩悩自体の滅却を教え導くこ と、現世での清浄なる生と存在を獲得する心の在り方へつまり意味を導くことに、大 乗仏教はその宗教的志向性を有する。大乗仏教は、空無の絶対的闇の中に諦念をもっ て耐えるのみの受動的ニヒリズム der passive Nihilismus(ニ-チェ)ではなく、
新たなる自己とその世界を自ら主体的に作り出し生み出す能動的ニヒリズム der active Nihilismus(ニ-チェ)への導きとなるものなのである 12(注釈:大東俊一「ラ フカディオ・ハーンと仏教」について」)。
3.3.2「海印三昧」論
華厳経は大乗仏教の経典であり華厳教は南都六宗の一つで、大本山である奈良東大 寺の毘盧遮那仏を本尊とするものである。その毘盧遮那仏の眉間からの智恵の白光が、
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世界・宇宙を照らし人を導くと説くものである。華厳経 Kegon-Kyo(Avatamsaka-
Sutra ’という言葉自体をハーンは、自らの作品〝nirvana〟にて明記する 1
(Hearn1973 ,170)。
「壮大なあの直観―その広さに於て、その深さに於て、またその透徹さに於て、壮 大なあの直観―『華厳経』の本質を形造ってゐる壮大なあの直観―は、全世界の人々 の霊的生活のために印度心性が打ち立てた巍然たる紀念碑である。」2(鈴木 2000, 196)
華厳経が語る真理は、民族や地域や個人の差異をはるかに超える全人類的な普遍性 を志向するものであり、それはさらに世界あるいは宇宙といった広がりをさえ持つグ ローバルなる教えである。華厳経はその成立と拡がりのなかで―インド、中国そして 日本へとー海との地理的つながりが深く、「海印三昧か い い ん ざ ん ま い
」など海を世界海として世界あ るいは宇宙に生きる人間存在とその意味を、形而上学的にあるいは存在論的に考察す る仏教形而上学とでも言い得る体系を形成している。
自ら焼津海岸をこよなく愛したハーンの「夜光虫」、「焼津にて」、「海のほとり」、
「生き神[=稲むらの火]」、「漂流」等に示される海洋世界への強い関心や郷愁は、自 らに死の影が迫る予感のなかで、母なる海への回帰の相貌を呈している。生と死のさ かまく海洋世界の神秘的な深みと広がりを、自らの思想性に増し加え、形而上学的思 念世界をハーンは作り上げている。
とりわけ日本的浄土観である西方浄土の彼岸世界への、つまり生と死との辺・境と しての岸辺の場において、ハ-ンは焼津海岸にて海の波を見つめ、その激しい海洋の 波浪の轟やうねりを眺めあるいは聞き入り、自らの死や生を、さらに再生や永生さえ をも、思いめぐらすことが多かったのである。
ハーンにとって海辺は、常に死から生へと、生から死へと往還する境・辺であった
(ハーン「耳なし芳一のはなし」の現場は、山口県下関市阿弥陀寺町面する海岸一帯 である)。海辺にあってハーン自らの死についての鋭い意識が鮮明に現出し、そこか ら人間の生死を司り生み出す大乗仏教輪廻観が構想される。