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ニヒリズムという病い

ドキュメント内 2015 年度博士学位申請論文 (ページ 134-139)

第2章 ニヒリズムの諸相

2.4 ニヒリズムという病い

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ハーンは進化論的不可知論者でありつつも、不可知たるものの前で絶望し厭世し虚無 的に立ち止まることには至らない。ハーンは決して神秘主義者ではなく、大乗仏教に依 拠する理想論者で常にあった。ハーンは、そうしたニヒリズム自体の危機を鋭敏に深く 感じていたのである。

「ハーンの目的は、『キリスト教徒が<魂>と呼び、汎神論者が<神>と呼び、哲学者が<

不可知なるもの>と呼ぶものと同じ類の何かに、ひたすら到達し、それに触れることであ る。』」12(ユー1992,134)

進化論・不可知論・懐疑論そして虚無主義という世界の不可知を前提とする思想全 体が、1850 年代後半に社会的に逆巻き、それにより人間を支える世界の意味・根拠 を人々が見失い、迷いの社会的時代的迷妄に至る。ハーン自らはキリスト教に対する 根本からの反感を抱いていた。その点でハーン自らは進化論的不可知論を信奉するの であった。

しかしハーンは同時に、こうした不可知論のもたらすニヒリズムの危機という点で はそれを深刻に感じ続け、その超克を大乗仏教研究に見出したのであった(後述)。

135 めなかなか寝付かれなかったほどであった。

しかし翌朝ふと目覚めた夫は、自分が荒れ果てた室内の腐りかけた床に一人寝てい たことを知る。そして自分のすぐ横の床板の上に、顔のない髪の毛だけが巻きつく死 装束に包まれた妻の無残な屍が横たわるのを発見する。

その時の夫の様子をハーンの文章は以下のように描く。

「朝の光のなか恐怖に震え不快なまでのおぞましさに襲われながら、彼は立ち上がっ た。氷のような恐怖はやがて堪え切れぬ絶望となり、また残酷なまでの苦痛へと転じ、

あげくのはてに彼は疑わしさに満ち嘲る影がそこにひそむのを感じたのだ。」1(Hearn 1973,8)2(注釈 平川 1985, 94-108:「女ははたして和解したか」)

夫は先妻を幽霊と見破ることなく昔ながらの若く美しい妻と思い込んでいた。その女 を夫は今後の自らの生と存在の根拠・支えとして再出発することを前夜二人は固く誓い 合っていた。しかしその朝夫が目覚めた時、その妻が幻想の幽霊であることを夫は恐怖 と驚愕のうちに知る。神々しく朗らかに輝く存在として生きている事を疑ってもみなか ったその女が、実は空無の幻想であったという裏切られた空虚なる絶望感が、彼を前夜 の天国から今の地獄へと叩きのめす。

裏切られた先妻が抱く夫へのうらみ(ル・サンチマン)のなかで、先妻は夫をして今 後の幸せな夢の幻想世界へと一度呼び込み誘い入れ、その喜び極まった時点で夫を地獄 へ叩き落としたのである 3(注釈:妻のうらみについて)。

こうして夫の恐怖は絶頂に達する。その恐怖はただちに絶望に変わる。昨夜の妻は 幽霊であり妻はもういない、今後自分は妻の支えもなく生きなければならぬという絶 望に夫は襲われる 4(注釈: 芥川・有島のニヒリズムによる死について)。

その直後の夫の呆然自失して歩き行く姿のなかに、ニヒリズム的絶望の招く悲惨さ が現出している。信頼と希望とが掻き消えた後には、絶望的空無感と存在そのものの 非在の厳粛なる空虚感が、大きな真っ黒い口を開けて待ち構える。事象の底に虚無の

「根本的空虚」5(西谷 1958, 71)が現出し、「現存在の保存の絶対的なる不可能性」

6(西谷 1958,72)という虚無の深淵が広がる事態、それが近代の闇たるニヒリズム の牙である。それは単なる無ではなく有ると完全に信じさせ確信させながら無いがゆ えに、一層恐ろしく激しい絶望的虚しさを生む。意味あるものの実体的空無の牙なの である。

ハーンの作品「夏の日の夢」では、熊本三角港での夏の日のあまりにおだやかであ まりに美しい昼過ぎの海の光景が、浦島太郎の竜宮城への出発の際のおだやかな海岸 の風景と幻想的に重ね合わされて描かれている。しかし浦島伝説において、そうした

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美しい穏やかな夢のような世界は、浦島が竜宮城から戻ってきた時には人も風景も全 く様変わりすることになる。

「(筆者注:玉手箱の煙が流れて行く)その時浦島は自分で自分の幸福を捨てて来てし まったことに気付いた。彼が愛してやまないあの海洋王の娘のもとへ二度と戻ることは もはや叶わないことに、彼は気が付いた。彼は絶望のあまり激しく泣きはじめた。(略)。 すると間もなく彼は自分が変わるのを感じた。果たせるかな、氷のような悪寒が彼の血 の中を駆け巡り、歯は抜け落ち、顔は縮んで皺が寄り、髪の毛は雪のように真白くなっ た。」7(Hearn 1995, 11)

浦島が玉手箱を開けた瞬間に、昔浦島が亀に乗り村を離れ竜宮城で至福の時を過ごし たその時間一切が、氷のような悪寒となって一挙に浦島に襲い掛かる。呆然自失たるま まに長大な時間が圧縮し凝集し悪寒となって浦島の体のなかを駆け抜ける。その後気が 付くと浦島は、その夢・幻想の至福の時と場所を永遠に奪われたばかりでなく、自らが 哀れな醜い一介の老人になり果てるという、無残な姿に豹変している自らを知るのであ った。自らの支えを自らの生と存在の意味・根拠を失った果ての、激しい虚無の絶望感 が浦島に今や襲いかかる。

自らに夢、希望、喜びを与え、大いなる励ましとなって自分の生を強く支える根拠 たる竜宮城の人や、自らの支えで終始あり続けた故郷の懐かしい村も、まったく変貌 していた。満足と豊かなる感覚を与えて慈しみ続けてくれた環境とその時間・空間が、

幻影となって消え永久に戻ることはない。後には荒涼とした侘しい現実が暗く沈んで 広がるばかりである。喜びに満ちる人も環境も突然変わり掻き消えている。竜宮城に も乙姫にも人間の生の許される時間においては決して再帰することもそれらと再会 することも出来ないという絶望感。世界の存在の確固たる意味、自己の生と存在を支 える根拠が今や失われあるいは消えている。深い虚無のニヒリズムの闇が心にもまわ りの現実にも絶望的に広がるばかりなのである。

2人をつなげていたあるいは関係づけていた意味・価値が実は幻想であり不在であ った事実に人間は直面する絶望感・虚無感は、近代という時代の根本的な空虚なる本 質を象徴するのである。

2.4.2 すべての他者への不信

「神の死」以前に世界の万物は、すべからく意味により個々も全体も関係づけられ有 機的に結び合っていた。世界は神々・霊魂・事物に物象化される偶像崇拝あるいはフェ ティシズムが与える神的意味に満ち、その意味が人間と世界をあるいは人間同士を相互 に調和し結びつける関係を生んでいた。世界の無量無数の万有同士を、神あるいは仏あ

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るいは神々の御許にて実体的に有機的に支えつなげていた。神や仏あるいは神々が世界 万有のその紐帯的役割を果たす実体的な最高存在であった。神や仏あるいは神々が臨在 することによってこそ、世界は人間にとってコスモスの宥和界であり、有機的世界であ った。

ハーンにおける「死者の支配」という祖霊信仰による祖先への畏敬と敬意も、まさに 死者の前世での業が後世の今へと生き続くことへの感謝の言葉である。死者たる祖先が 世界の意味を過去から今へと伝え導いているのである。

ドイツ中世文学者のアウエ(ハルトマン・フォン・アウエ 1160 年頃 - 1210 年頃、中 世ドイツの詩人・騎士文学者)は、キリスト教信仰の偉大さ豊かさを賛美し、人間行動 の神的な倫理規範を文学作品において提示した。彼の代表作『哀れなハインリッヒ』は 騎士ハインリヒの真摯なる神信仰に対し少女の不治の病を奇跡をもって癒した事績を扱 うものである。そこに以下の言葉がある。

「お前は、その方に逆らってはだれも何一つなし得ないような方の意志を無視して、

一日の命を生きのびようとするなんて、なんという馬鹿なことを考えたものだ。どう せ一度は死なねばならぬ身なのに、神からあたえられた恥多い生活を甘んじて忍ぼう としないとは、真に己が為すところを知らぬものといわなければならぬ。それにこの 娘の死が果してお前の命を救うかどうかも分からないではないか。神の授けたもうた ものは、何なりと受けるがよい。」「このように、心を入れかえた善良な騎士ハインリ ヒは、帰国の途上で主なる神の恵みによって浄らかなからだとなり、病いがまったく 癒えて、20 年前と同様になったのである。」1(ハルトマン、126,127 及び注釈:「哀 れなハインリッヒ」について)。

近代以前においては、神の被造物である人間も世界もすべてが神のつまり偉大なるー 大文字でのー他者の御手により生まれ生かされ、守られ、やがて死により神の御許に召 されると考えられた。人間の行動もその生も死も一切は神により意味が与えられていて、

与えられた意味に支えられつつ神の御許にいると信じる限り、人は自己存在や自分の人 生や世界の存在に疑いや無意味さや絶望を抱くことはなかった。それにより人々は幸福 なる生と至福に満ちる死を迎えることが出来たのである。

宗教信仰とは、霊性への霊的関係への肯定と服従でありまたその霊的関係への貢献 であり、そうした宗教信仰が人間に世界とのきずなとしての世界の意味を与えていた のである。近代以前において人の関心は、神や仏あるいは神々との関係についてであ り、人は実体たる神や仏あるいは神々への畏敬感と親近感を伴う有機的関係をもって いかにその関係の意味に支えられそれらに仕えるかに、関心を抱き続け生き存在した のであった。

ドキュメント内 2015 年度博士学位申請論文 (ページ 134-139)