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不可知論の隆盛

ドキュメント内 2015 年度博士学位申請論文 (ページ 128-131)

第2章 ニヒリズムの諸相

2.3 ニヒリズムへの時代意識

2.3.3 不可知論の隆盛

「あらゆる事柄のなかでもっとも理解が困難なことは、人はなぜこの世に生きるのか ということである。」「人はその全人生をかけて何をするのか?」「しかしどのような目的 のために人はこの世に生まれてきたのか?」「その人がどれほど偉大な学者になろうとも、

死んでしまえば彼の何が残るのか?」1(Hearn 1973,47)

西欧世紀末を蔽うニヒリズムー存在意味を失った人間の絶望的迷妄や孤立感―の深刻 な病を、また生と存在の空虚感・無意味さを、ハーンは熊本五高の教え子たちの現在と 未来を案じて危惧する。ハーンにとってのニヒリズムの問題意識は、ハーンの長編論考

“The Stone Buddha 石仏”での以下の問いが教えてくれる。

「それにしても人間経験についてのいかなる科学 systematization といえども、人が どこからきてどこへ行くのか、分けても人は何のために生きるのかということについて は、人に教えることも導くこともしてはくれない。」2(Hearn 1973, 137-138)

教え子たちへのハーンがいだく心配は、人間の生と存在の意味・意義・価値を教え導 く支え・根拠が時代には見出し得ないというものであった。ニヒリズムが広がることへ の不安を、ハーンはアメリカにてすでに感じており、日本においてもハーンは教え子と の精神的交流のなかで、その不安を熊本五高の科学偏重教育のなかに感じていたのであ る。ハーンは、生徒・学生に対する英語・英文学の教師であるのみならず、彼らに対す る人生の師でもあらんとしたのである。

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ニヒリズムが社会的に大きな問題として現れてきた背景には、ハーン自らが信奉する 無神論たる進化論的思潮の隆盛化にある。つまり危機的な時代現象としてのニヒリズム のとくに不可知論の厭世的虚無感の拡がりであった。ハーンはスペンサー社会進化論に 強い共感を抱いてはいたが、同時に進化論の有する危険なその不可知論的本質による青 年らに対する影響について危惧の念を抱いていたのである。

東京大学での文学講義のなかでハーンは次のように述べる。

「西欧の人間は、生についての完全に新しい概念を得て、その旧信仰とそのすべての 哲学を放棄するしかなかった。西洋においては、最近 50 年間に起こったこの広くかつ深 い知的激変は、これまでに起こったことはないほどのものである。」3(Hearn 1930, 3-4)

「なぜ、どこへ、どこからという究極の問いに関して、ポスト・ダーウィン世代はプ レ・ダーウィン世代よりも必ずしも賢明になってなどいないと言われる。」4(Hearn 1930, 13)

ポスト・ダーウィン世代とは進化論―つまり不可知論(「なぜ、どこへ、どこから」と いう究極の問いを不可知とする)が一世を風靡した時代におけるニヒリズム的傾向の強 い世代を指す。それに対しプレ・ダーウィン世代とは進化論以前の時代つまりキリスト 教信仰が生と存在の根拠をなしていた思潮の時代の人々である。進化論世代における不 可知論的傾向の 1850 年代後半における深化と拡大がここで語られている。ハーンがいう

「広くかつ深い知的激変」とは、進化論が不可避に伴う不可知論的ニヒリズムの拡がり のことなのである 5(注釈:スペンサー「漸進主義」)。

上の引用文には、人間の生と存在の意味・目標・価値を失ったことに対するニヒリズ ムへのハーンの危機意識が表れている。人類がこれからいかなる方向に向かうのかが不 明である恐怖や人類を導く神の不可知である認識に至った今、人類の生と存在の意味と 目的が失われ、それが「神の死」を契機に大いなる不安と厭世感と恐怖さえをも人に与 えるのであった。

「人間の知性によっては、絶対の知識を得ることの出来ないものであるという信念は、

徐々としてその地歩を獲得しつつあるものの一である。(略)。すべての仮象の背後に存 在する真実性は、知られないものであるし、また決して知ることのできないものである。」 6(スペンサー 1927,77)

ハーンが敬愛する社会進化論哲学者スペンサーは、その進化論において、有機体にお

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いて世代を超えて連綿と伝えられる有機的進化を担う働きと機能性を、「organic memory 有機的記憶」7(Hearn 1930, 17)とする。有機体に持続的に内在するその有機的記憶に よる進化とは、生物が無方向に無軌道に進化する漸ぜ んし ん主義 gradualism によるものである。

進化論は、キリスト教がいだく神のデザイン論つまり自らの意味・目的の実現を保持 し目指す目的的創世論と全く相反する不可知論の進化概念なのである。1850 年代後半の 時代は進化論のつまり不可知論の時代なのである 8(注釈:不可知論の時代)。

人間の主体的自由と目的論(デザイン論)との関係について進化論を介し考察するデ ネット(ダニエル・C・デネット 1942 年~アメリカ合衆国の科学哲学者)は、1860 年に ハクスレーとオックスフォードの主教サミュエル・ウィルバーフォースとの間の進化論 を巡る宗教論争に関して、反進化論者ウィルバーフォースの意見に触れる。

「人間の、神に由来する地上への至上権、人間の分明な会話能力、人間の、理性とい う天賦の才、人間の自由意志と責任・・・・・これらはどれも、神の似像として創造され た 人 間 が 野 獣 の 起 源 を 持 つ な ど と い う 下 品 な 観 念 と は 、 ま っ た く 相 容 れ な い 。 (Wilberforce 1860)」9(デネット 2001, 88)

生命の系統樹(樹木状に表現された生物種の進化の発展図)に描かれるようなダーウ ィンが語る種の発展・進化は、アルゴリズムのメカニズムに従うものであるとデネット は語る 10(デネット 2001, 750)。

進化論がアルゴリズムという機械論的プロセスの進化過程を基本的に有するなら、そ れは進化論と対立するキリスト教の目的論的世界創造論(デザイン論)と同じものとな る。むしろ生命体の種の進化を唱える進化論にとって、アルゴリズムは全く相容れない ものとなる。その様な観点に立つ場合、進化論は人間という種の誕生を機械的生産と同 一視することになり(実際かつてデカルトは動物を自動機械とした)、人間は動物と同じ 源を共通に有する自動機械であることになる。人間の知性をも機械運動としかねない。

このように進化論はキリスト教の神による目的論的世界創造論たるデザイン論と対立 する立場に立つものである。キリスト教の神による世界創造は、神の似姿としての人間 の創造において人間の生と存在の意味や根拠を啓示するものであった。それに対し進化 論は、人間の生と存在の意味や根拠を否定し破壊し不可知論へと人々を導くことになる ものであった。

「われわれの身近に迫っている懐疑はこのインドの信仰の機織り模様に似て、いやそ れ以上に茫漠としているーーわれわれの頭上に広がる夜の闇のように深い疑惑の深淵で ある。対象を喪失した汎神論である!」11(ハーン 1989, 356)

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目的を失い意味・根拠をも不可知とし、「無限と時空の彼方を夢見ている」(同上箇所)

疑惑に満ちる無信仰の圧倒的広がり、これこそが、ハーンが生きる物質文明の時代の「対 象を喪失した」(同上箇所)幻想のさかまく不可知論のつまりニヒリズムの時代の実態な のである。

ドキュメント内 2015 年度博士学位申請論文 (ページ 128-131)