• 検索結果がありません。

考察

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 135-138)

第5章 漢字圏年少継承日本語話者の日本語の漢字認識

5.4 北京・台北・香港の出題漢字に関する比較

5.4.2 考察

以上、出題漢字の面から、正答しやすさ、正答しにくさ、字体の違い、読みの正確さ、語 彙種類別傾向について、北京・台北・香港での調査結果を比較分析した。その結果、漢字圏 としての共通点を持ちつつ、それぞれの相違点が見られた。そこから何が明らかになるのか

200 4060 10080

正答率 A

B C D E

200 4060 10080

正答率 A

B C D E 0

50 100

正答率 A

B C 台北 D

北京

香港

128 について、以下考察を行う。

まず、正答しやすさ、しにくさの点から、漢字圏では共通の傾向が見られる一方で、その 相違が見られた原因は主として、字体の相違であることが明らかになった。小学一年生前期 修了時では、台北・香港では繁体字と字体が少し異なる「来」の正答数が少ないのに対して、

北京では同形であるため正答数は多い。また、北京では日本の漢字と簡体字が異なる「鳥」

が正答数を減らす一方で、日本の漢字と繁体字が同形であるため、台北・香港では高い正答 率を見せた。小学一年生後期修了時では、北京で簡体字と字体が大きく異なる「雲」「車」

の正答数が、台北と香港で異なる傾向であった。このような簡体字と繁体字が日本の漢字と 異なる場合、漢字の認識の違いが顕著となる。しかし、字体が異なる場合、すべて認識が困 難かと言うと、北京での「風」「開」の例に見られるように、そうでもないようである。こ うした難度の違いは異体字の違いの特徴に関連する。

次に、前章の北京の調査結果にもとづいた異体字に関する分析では、字体が少し異なる漢 字は同定が比較的容易であるとされたが、台北・香港の調査結果により「来」の同定が比較 的難しいことが明らかになった。小学一年生前期修了時という年齢の認知力の限界を示す ものか、繁体字を先行学習したことによる特徴なのかは、現在結論は不明である。一方で、

前章で考察された部首を手掛かりに異体字の漢字を同定するという共通性は、「発」の例で 確認することができた。すなわち、部首の形が一致しない簡体字‟发‟を学習した北京では

「発」の同定が難しく、部首が一致する繁体字‟發‟では、「上が同じだから」という児童の 発言に見られるように、同定が比較的容易となる。但し、年齢の小さい児童にはやはり困難 なことから、認知の発達との関連が深いものと思われる。

しかしながら、全般として、簡体字と日本語の字体が異なる漢字7字はいずれも、北京で の正答率が台北・香港より下回り、異体字が多い簡体字を学習する北京の児童にとって、日 本の漢字を同定する困難さが表れている。同じ繁体字を使う台北と香港の正答率の関係は、

「間」を除いて、ほぼ同じ傾向を見せている。

そして、準正答の傾向は全般的に、漢字圏 3 都市で共通性を見せることから、漢字を同 定、認識した後の読みのプロセスは同じであると言うことができる。準正答で異なる傾向を 見せた「間」は、香港に準正答が多く、北京・台北では少ないが、北京は不正解が多いため であり、台北は正答が半数ある。北京の不正解の多さは「間」の部首である門構えが簡体字 と形態が異なるため、同定に困難であるということが考えられる。正答したのは2名(

B1-3, B1-5)、門構えだけ同定した児童は、「ドア」(B1-1, B1-6, B1-14, B1-15)と「もん」(

B1-4、「問題」の「問」だと思ったと発言している)と読んだ5名で、残りは文脈で理解しよう とした「とき」(B1-13)、「から」(B1-17)以外は、回答を得ることができなかった。一方、

台北での正答の多さは、年齢的要因も考えられるが、小学一年生前期修了時調査で「日よう 日」が台北のみ全員正答だったことから、台北の児童は日本語の語彙が豊富である可能性が 示唆される。

和語漢数字での準正答は、日常会話でそのような語彙を意識して使っていないことによ

129

ると思われるが、台北では、「一人」の読み間違いを暗示で注意した後正答を出したケース が1例のみで、「二人」も含め全員正答である。台北の児童は、「間」でも「飛ばして」でも 正答が多く、和語漢数字はほとんど問題ない。台北のこのような特徴は、北京・香港に比べ、

音声言語でも文字言語でも日本語の語彙力が高いことが関係していると思われる。

語彙種類別分析では、北京の調査結果分析と同様の結果が得られた。すなわち、語彙の具 体性・抽象性の違いが正答数の差となって表れる。単漢字2の抽象性、修飾語の抽象性と多 義性が、上位群と下位群の正答数差の大きな原因になっていると思われる。漢字読み調査で は、中国語の漢字知識を利用して漢字の意味概念を理解しても、それに相当する日本語の語 彙を引き出せないケースが往々にして見られた。家庭での日常会話は具体的な事物や行動 について話す傾向にあり、日本語話者の親は子どもの日本語の語彙の広がりに注意をする ような会話を心がける必要があると言える。

以上の考察を総合してみると、台北の児童の調査結果の得点が際立って高い理由は次の ように考えられる。一つ目は年齢的要因から、北京・香港と比べ調査時点での認知力がより 発達している可能性があることである。二つ目には一年生配当漢字はほとんどが繁体字と 同形であり、異体字が多い簡体字を学習する北京と比べ、同定に困難が伴わなかったことで ある。三つ目は台北の児童の語彙量が多い理由として考えられることであるが、週末に通う 台北日本語授業校での日本語学習のあり方である。

台北日本語授業校と香港日本人補習授業校は共通する点が少なからずある。教育方針は、

学校は家庭教育を補うという役割を明確にし、家庭での学習サポートを保護者に要請する。

カリキュラムは、日本の文部科学省の学習指導要領或いはそれに準じ編成され、教材は文部 科学省検定の教科書を用いる。両校とも、現地で子どもに日本語を継承する保護者が設立運 営する。

しかしながら、台北日本語授業校は、次の2点で香港と異なる特色を持つ。まず、香港の 学校の授業が「国語」と他教科を取り入れた「総合」から成るのに対し、台北の授業は「国 語」に特化している。次に、保護者の関与度である。香港では運営は保護者が行うが、授業 担当は専門知識を備えた専任教師が行う。それに対し台北では、運営はもちろん事務・教務 すべてが保護者の無償供与で行われている。「保護者の完全無償供与」が子どもの入学の条 件となっており、授業の間、保護者のいずれか一方は必ず学校で任務を果たすことが義務付 けられている。台北に比べると、香港では保護者の関与度は低い。つまり、台北の学校では 保護者全員なんらかの形で学校に関わっているため、保護者は学校や授業について熟知し ていると言える。保護者のこうした学校に対する関与と熟知が、家庭学習や家庭での言語使 用に影響を与え、台北の児童の語彙量を増やしているのではないだろうか。日本語インタラ クションが行われる家庭と授業校の間の有機的な結びつきが、台北の児童の正答の多さと 得点のばらつきの小ささに影響している可能性として考えられる要因である。

130

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 135-138)