第3章 研究方法
3.1 混合研究法
研究のデザインを考案するに当たり、どのようなデータを集め、どのように分析し、どの ように考察するかが大きな焦点となるが、それはどのような研究目的及び研究課題を立て るかによって決定される43。
本研究の対象は「漢字圏で育つ日本をルーツとする子ども」という特殊な社会集団である が、その個々の子どもたちは非常に多様な存在である。彼らが「どのように日本語を習得す るか」を明らかにするという研究目的は非常に複雑なプロセスを解明することが必要であ るが、漢字という切り口、トランスナショナル空間という切り口を用いることによって具体 的な実像を掴むことが可能になると考える。現在まで研究が行われていない社会集団につ いては探究的な質的調査が必要であると同時に、その集団の成員である子どもが日本語の 漢字をどのように習得するかを調査することは説明的な量的調査が欠かせないと思われる。
従って、本研究では質的調査の枠組みの中に量的調査を埋め込んだ混合研究法を採用する ことにする。以下、混合研究法について説明を行い、本研究に関わる教育分野や第二言語習 得分野での混合研究法をいくつか取り上げて検討する。
3.1.1 混合研究法
混合研究法の定義については、論者の見解が異なり一致を見ないが、最大公約数としての 混合研究法は「量的調査と質的調査を組み合わせること」(川口, 2011: 387)である。混合
研究法はCampbell & Fiske(1959)が心理学的特質の有効性を研究するために複数の研究
法を使ったことに始まるが、量的アプローチが19世紀後半から20世紀主流を成し、1990 年代から21世紀にかけて質的アプローチが存在感を増してきたのに対し、その知名度は比 較的低い(Creswell, 2009)。また、その名称も長い間統一を見ず、さまざまな名称が用い られたが、近年「混合研究法(mixed methods)」という名称が定着し、健康科学・看護・
教育・社会学などの分野で混合研究法を用いた研究が増えてきている(川口, 2011; クレス ウェル&プラノクラーク, 2010)。
混合研究法のメリットに関して、中村(2007)は次の 2 点を挙げて説明する。一つは、
43 研究の前提となる存在論や認識論についての議論は本稿では立ち入らないことにする。
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単一の方法を用いたのでは答えられない研究課題に答えること、もう一つは、多角的な視点 から 1つの現象を立体的に理解することである。また、川口(2011)も、混合研究法が必 要とされる三つの理由を挙げている。第一は、量的調査だけ、あるいは質的調査だけでは答 えることができない問いに答えることができるということ、第二は、混合研究法によって、
よりよい推測を行うことが可能になるという点、第三は二つの調査法の違いから、現実の複 雑さを理解できる可能性が増すという点である。
混合研究法を使用する研究デザインについて、複数の研究者が分類を試みている。
Creswell(2009)は、それらの分類を統括して、以下の6つのタイプに大別する。表3.1は、
混合研究法デザインの量・質のデータ収集のタイミング、研究の中での量的・質的な重みづ け、量的・質的混合の仕方、理論的視点が明確か明確でないかの4つの重要な側面から分類 したものである。44
表3.1 おもな混合研究法のデザインのタイプ(Creswell, 2009をもとに筆者が翻訳作成)
デザインタイプ タイミング 重みづけ 混合方法 理論的視点 順次的説明的デザイン 順次 量的 結合 明確でない
順次的探究的デザイン 質的 結合 明確或いは明確でない 順次的変革的デザイン 量的或は質的 結合 明確
並行的トライアンギュレ ーション
同時 平等 統合 明確
並行的埋め込みデザイン 量的或は質的 埋め込み 明確 並行的変革的デザイン 平等或は量的 統合或は結合 明確
上記の分類は、調査の実施、調査の優先状況、混合方法、理論的視点の4つから分類され たものである(Creswell, Plano Clark, Gutmann & Hanson, 2003: 177)。まずデータ収集 が2段階に分かれるか同時に行われるかで、「順次」「並行」の区別がある。次に、収集され た量的データと質的データの優先度による重みづけの区別がある。また量的質的データや 分析結果がどのように混合されるかによっても区別される。最後の区分は理論的視点が明 確か否かである。
順次的説明デザインは、理論的不明確さにおいて他のタイプと異なる。最初に量的データ が収集され、その結果に基づき、次に収集された質的データは量的分析結果を説明するため に用いられる。代表例として、アンケート調査の後、少数のフォローアップインタビューで 量的データの分析結果の説明を行う研究がある。順次的探究的デザインは、まず質的データ が収集され、その結果が次の量的データ収集のために用いられる。クレスウェル&プラノク
44 クレスウェル&プラノクラーク(2010)では、混合研究法デザインのタイプはトライアンギュレーシ ョン、埋め込み、説明的、探究的の4つに大別されているが、原著Creswell & Plano Clark (2007) では 6タイプに分類されている。該書の目次について、http://doc1.lbfl.li/aca/FLMF022364.pdfを参照。
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ラーク(2010)は、測定あるいは調査票が存在しない、変数が分からない、指針となるフレ ームワークや理論が存在しない現象などについて、まず質的に探究して次の量的データ収 集のための指針を作るとする。あるいは、質的データの分析結果を一般化するためにも用い られる。このデザインでは理論的視点が明確か不明確かはどちらもあり得る。順次的変革的 デザインは、前者2 つのデザインと同様に2 つの質・量的データを二段階に分けて収集す るが、質・量のどちらが先か、どちらに重みがあるかは重要ではなく、解釈段階で二つの調 査結果は統合される。「変革的」とされる所以は、研究を導く理論的視点の存在にあり、概 念的枠組み、特別のイデオロギー或いは主義主張があることであり、こうした理論的視点が 方法論に優先される(Croswell, Plano Clark, Gutmann & Hanson, 2003: 182)。
並行的な 3 つのデザインは、量的質的データの収集が同時に行われることを共通項とす る。トライアンギュレーション(三角測量)とは、一つの研究において2つの異なる方法を 用いて結果を相互に補強するものであり、混合法の中では最も知られたものとされる。2種 類のデータは同時に収集され、解釈段階で統合される。2種類のデータは等しく扱われるこ とが理想であるが、実際はどちらか一方に重きが置かれることもある。並行的埋め込みデザ インは、同時に収集された質的量的な2種類のデータの1つに優先度が置かれ、もう1つ は補助的な位置づけに特徴づけられる。並行的変革的デザインは、順次的変革的デザインと 同様に理論的枠組みの下で研究が行われるが、同時に質的量的 2 種類のデータが収集され る。「変革的」な理論的視点をもつ研究の究極的目標は、変化を求める主張にあるとされる
(Creswell et al., 2003: 176)。
以上、主な混合研究法についてCreswellらの分類に基づいて基本的事項を確認した。次 に本研究に関連する分野での混合研究法及びその例を取り上げる。
3.1.2 教育学における混合研究法
川口(2011)は、「混合研究法は、教育学研究において、きわめて有効な調査方法である」
と主張し、その根拠として「教育に関する研究は、教育という複雑な対象を分析するだけで なく、同時に教育実践にも資することが求められる」ことから、「混合研究法は、こうした 多様な要請に答えるだけの可能性を秘めている」と強調する。また、研究者は「自身の立場 を明確にし、研究の調査デザインを明確に示すことが求められる」と述べる(川口, 2011:60)。 それは、混合研究法の具体的な中身については、論者によって意見の隔たりがあるからであ る。研究デザインを考案する際、量的調査と質的調査の組み合わせをどのようにすべきかに ついて、単に「量的調査と質的調査を組み合わせること」では、本来混合研究法が持つ強み が活かされているとは言い難く、量的調査と質的調査の結びつきを高める必要があると指 摘している。
それでは、論文中の方法論において混合研究法を使用すると謳った先行研究は、どのよう な混合研究法を用いているのであろうか。教育学分野でも本研究に近い領域のものをいく つか取り上げる。
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鈴木(2004)は、国際児の文化的アイデンティティ形成をめぐる研究の指針を示す中で、
「国際児が、多様であるために、研究方法にも工夫が必要である。」「条件がある程度同じ国 際児を数多く集めることは容易ではないし、定量的な研究が国際児の文化的アイデンティ ティ形成の解明に適切かどうかも明確でない」(鈴木, 2004: 18)と述べる。そのため、事例 研究などの質的研究、フィールドワーク(現場)的研究、長期的・縦断的(継続的)研究、
二次的資料の分析による研究、学際的な研究・研究姿勢を含む「文化人類学的―臨床(発達)
心理学的アプローチ」を使用していると、その立場を述べる。鈴木の研究法は、「量的調査 と質的調査を組み合わせる」という混合研究法の基本的な原則を強調したものではないが、
そのデータ収集や研究方法には量と質の両方が含まれ、その組み合わせ方によって混合研 究法によるデザインが可能となる。
尹(2011)は、日本の大学で学ぶ学部生留学生が第二言語環境でどのような学習ストラテ ジーを使用しているのか、または使用していないのか、その傾向と実態を明らかにした上で、
教師の学習支援および学習環境づくりのあり方について検討するという目的で、調査を行 った。分析部分の冒頭で、質的分析と量的分析の併用を言明し、そのような「混合アプロー チ」を用いて分析を行う理由を、「日本語学習者の学習過程を知るためには、学習者と学習 環境の相互作用をまるごとそのままの姿で記述する必要があると同時に、異なる学習者の 利用をある程度標準化し、統一的な視点から見通すことも必要であることから」(尹, 2011:
24)と述べている。しかしながら、学生に対して行った質問紙調査は4つの選択肢から選ぶ もので、各回答に対して「よくやる」を+15、「ときどきやる」を+5、「あまりやらない」
を-5、「ほとんどやらない」を-15というふうに得点化したものについて「質的分析」と
「量的分析」をするにとどまり、混合研究法のメリットを活かすという点では不十分である と考える。
杉江・三ツ木(2015)では、日本の公立高校で中国語を選択している生徒と中国の大学生 を繋ぐ遠隔授業の実践についての評価に、混合研究法のアプローチを使用すると言明して いる。トライアンギュレーションを採用した理由について、これにより「量的研究あるいは 質的研究のどちらか一方のアプローチでは扱うことが困難な側面を相互補完的に見られる という効果が期待でき、学習者の学びをより多元的に解釈できる」(杉江・三ツ木, 2015: 163) からである。具体的には、授業の事前・事後に行ったアンケートの結果を定量分析している が、9人という人数の少なさと、事前事後の変化が明確でないため、量的分析のメリットは 多くないが、学習者の全体的傾向は明らかになっている。一方、質的分析対象は質問項目の 回答とその理由の自由記述から成る授業評価アンケートである。自由記述データはテキス トマイニングによる階層的クラスター分析後、共起ネットワーク図を作成し、解釈を行って いる。しかしながら、トライアンギュレーションは量的・質的データの収集・分析後、両者 が統合される手続きであるが、その解釈はそれぞれ別になされていて、統合が行われていな い。
教育学分野は個人や一定の集団を扱うことが多く、混合研究法は極めて有効な研究法と