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継承日本語教育における漢字学習と習得

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 39-42)

第2章 先行研究の概観と研究課題の提示

2.4 継承日本語教育における漢字学習と習得

一方、翻って海外の継承日本語教育において、漢字学習や漢字習得がどのように捉えられ ているかを、本節で概観する。継承語に関する研究や実践が進んだカナダやアメリカでも、

継承日本語教育における漢字と漢字学習の研究、及び研究成果に基づく教育実践は非常に 限られている(ダグラス, 2010)。漢字圏での継承日本語に関する研究はまだ緒に就いたば かりであり、研究や教育実践はさらに限られたものである。

2.4.1 非漢字圏での漢字学習と習得

「漢字学習は国内の日本人児童生徒にも一つの難関であるが、非漢字環境で育つ日系人 児童生徒のための継承日本語教育においては、最大の難関の一つである」(中島, 2003: 3)。 その漢字学習の難関は、子どもの「読み書き能力」の低さとなって表出する。

中島(1998)では、カナダのトロントの週末日本語学校で10年学習した継承日本語学習 者(高校生)の日本語力を調査した結果、かなり高度の「会話力」に比べて、「読み書き能 力」は日本の子どもより約六年遅れであることを明らかにした。また、ダグラス(2010)で も、継承語としての日本語学習者は、日常の話し言葉の力と読み・書きの力の差が著しく、

話し言葉で使われる語彙が、書き言葉になるとすべてひらがなで書かれたり、漢字が使用さ れてもその量が極端に少ないということが観察されている。

岸本(2008)は、母親が日本人であるアメリカ在住国際結婚家庭の子どもの会話能力調 査と読書力調査を行い、その結果から、会話力と学習言語力は全く別であること、学習言語 は自然には伸びず努力しないと獲得できないと主張する。また、年少者の継承日本語教育を

36 原文まま。「日本語母語話者の子ども」の意。

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扱った論文に共通しているのは、子どもたちが「読み書き能力」の不足のために日本語学習 につまずいていることを指摘している。

インドネシアのバリ補習授業校に在籍する 10 歳から 18 歳の日系国際児 29 人を質的に 調査分析した鈴木(2001)も、同様の指摘をしている。即ち、会話力ではほとんど支障がな いが、日本語の読み書き能力は低い。平仮名は習得しているが、カタカナの読み書きになる と個人差があり、漢字に関しては、学年相応の漢字を学習しているにもかかわらず、ほとん ど身についていないのが現状であることを報告し、アルファベットを使用するインドネシ ア語の環境のなかで、漢字を学習することはきわめて困難であると結んでいる。

以上は、読解や作文の「読み書き能力」について述べたものであるが、漢字のみを取り上 げて調査したものに、中島(2003)とダグラス(2010)がある。

中島(2003)は、カナダのトロント国語教室に週末通う9歳から13歳の小中学生継承日 本語学習者28名を対象に漢字の自由連想産出テストを行った。その結果、日本のカリキュ ラムに沿った教育を行う週末日本語補習授業校と比べると、緩いカリキュラムを運用する 国語教室の子どもたちの漢字習得状況は低いが、外国語として日本語を学ぶカリキュラム での状況に比べるとかなり高いものと評価された。その上で、中島は継承日本語学習者の特 徴を踏まえた、より効率的な漢字教育のために、日本の国語教育とは異なるアプローチを提 案している。

ダグラス(2010)では、アメリカの大学で日本語コースをとる継承日本語話者46人に漢 字能力測定と日本語力測定を行い、漢字力を構成する12項目37間の関係、漢字力と読みの 力の関係について調査を行った。その結果、漢字力の12項目は相互に相関し、漢字の読み の力の習得率が書きの力の習得率より高いことが確認され、母語としての日本語学習者、外 国語としての日本語学習者、継承語としての日本語学習者といった言語背景に関係なく共 通していると述べる。しかしながら、ここで言及された学習者は、国語教育や日本語教育カ リキュラムで学習した学習者であり、カリキュラムによる学習結果の特徴である可能性も 考えられる。

漢字圏での継承日本語話者の漢字習得は、補習校や塾、通信教育などで正規に学習しない 限り、このようなカリキュラムに沿った学習によることはないと思われる。

2.4.2 漢字圏での漢字学習と漢字認識

漢字圏での継承日本語教育において、漢字及び漢字学習を直接研究したものは極めて少 ない。日本語能力を測る中で漢字に言及したものに服部(2014)、日本語の「未習」の漢字 に対する認識を調査したものに柳瀬(2017)がある。

37 12項目は、文脈の中にある漢字の読み、部首、意味、読み(単漢字:訓読み)、読み(熟語:音読 み)、活用語尾、語構成、形成文字(同音異義の漢字)、書き(単漢字)、品詞、文脈からの漢字選択、書 き(熟語)である。

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服部(2014)は、台湾の台北に住む日系国際児である現地の小学校高学年児童 5 名に対 して、会話力と読みの力を測定した。会話力は OBC (Oral Proficiency for Bilingual

Children)38を、読みの力は「対話型読書力評価」39を用いた。読書力評価は、まずテスター

と対話しながら、子ども自身が準備された数冊の本の中から読むテキストを選び、冒頭部分 はテスターが読み聞かせ、音読を指定された箇所以外は、音読か黙読は子どもに任せる。読 み終えた後、子どもにあらすじの再生をさせ、対話で理解を深めるやりとりを行うという手 順である。小3対象の本を選んだ子どもの読みに対して、難易度は高くないが、小3までの 漢字しか使用されておらず分かち書きもないため、漢字による文字情報に頼れないという ハンディがあることを、また小 2 対象の本を選んだ子どもについては、漢字がほとんど使 われておらず、平仮名の羅列から語彙の意味を把握するのが難しい様子だったことを報告 している。

音読タスクの結果は、OBC得点が高い4名は初見のテキストを流暢に読み、仮名や漢字 の読み間違いがあれば自ら気づき訂正しているが、OBC得点が低い1名には漢字の読み間 違いが目立った。例として、「水そう(水槽)」を「みずそう」、「つかみ上げました」を「つ かみうえました」、「入れて」を「はいれて」、「思い出しました」を「おもいでしました」、

「かくれ家」を「かくれいえ」が挙げられている。誤りの原因として、これらの語彙を理解 していないためだと述べている。

服部(2014)は音読と内容理解について、それぞれの読書習慣以外に、5名が通う台北日 本語授業校での音読課題も役に立っているのではないかと分析している。そして、中国語と の関係について、「日本語の本が抵抗なく読めるのは、対象者たちの教科学習言語である中 国語の漢字が大きな助けになっている。しかし、漢字の語彙が入った音読が正確にできるた めには、その語彙知識が必要である」(服部, 2014:156)と指摘している。

柳瀬(2017)は、中国の北京で育つ日中国際結婚家庭の現地校小学一年生児童10名と日 本人小学校児童 2 名を対象に、現地校で学習した中国語の漢字知識がどのように日本語の 漢字認識に影響するのかを探るための漢字読み調査を行った。その結果、現地校児童は中国 語の漢字の意味概念を通して、家庭での会話で培った語彙を音声として当てて読むことが 明らかとなった。調査のタスク中の対話及びタスク後の回顧的インタビューにより、中国語 の漢字から日本語の漢字への言語間転移が実証され、Cummins の 2言語相互依存仮説を裏 付けるものと言える。しかしながら、タスクに用いた漢字は現地の小学校一年生前期に学習 するものに限られ、量的質的にはまだ不十分と言える。

38 カナダ日本語教育振興会OBCプロジェクト(2000)が開発した年少者の日本語会話力を評価するツ ールである。

39 20123月大阪で行われた「対話型読書力ワークショップ」資料。中島和子・櫻井千穂『対話型読書 力評価』(2012)によるものであるが、本研究で参考にした文部科学省『外国人児童生徒のためのJSL 話型アセスメントDLA』(2014)の基礎研究である。

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数少ない先行研究であるが、以上の先行研究から示唆されるのは、漢字圏と非漢字圏では、

継承日本語の漢字学習は全く異なったプロセスを辿るということである。台北で週末の日 本語授業校に通う児童生徒に関して、服部(2014)は、「(授業校で使用する)国語教科書で 学年を追うごとに増える漢字は助けにはなるが、壁にはならない。この点は、非漢字圏の JHL学習者と大きく条件を異にする」(服部, 2014: 136)と述べる。

次節では、読み書きを含めた継承日本語教育の実践についての先行研究を概観する。

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