第6章 漢字圏での日本語言語資源とトランスナショナル空間
6.2 家庭内言語文化のトランスナショナル空間
6.2.3 家庭言語政策―家庭内言語使用の実践・信念・管理
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6.2.3.2 父方親族に日本語使用を制限されたとき
多くの父親が子どものバイリンガル育成に理解があり協力的であるが、父方親族もそう であるとは限らず、2家庭が父方親族から家庭での日本語使用について明確に制限を受けた 経験をもつ。
【家庭10】子どもが6歳と3歳で中国移住、その直後父親の実家帰省時
「おまえ、子どもに向かって日本語しか話さないから、子どもの中国語が上手くいかないんだ!』『子ども とは中国語で喋れ!』って癇癪起こされたんですよ、舅に。ガ~ッと言われて私、しょげてたんですよ。そ の時、子どもたちが「ママは日本語の人!」「おかあさんは日本語を喋る人!」って言って、援護射撃が入 ったんですよ。そうしたら舅、コロッと態度が変わんねん。(中略)だから私も子どもにはずっと日本語を 喋ってるんです。
【家庭15】父方親族が多い地方都市に住んでいた時
周りには、私が「日本語を教えると混乱するからやめろって」。でも子どもが2才のとき、家族で乗ってた タクシーの中で流していた漫才を聞いて、私以外みんなでドッと笑い出したんですよ、娘も。それで「ま ずい」と。娘が分かるようなジョークを私分かんない。これから娘とコミュニケーションとっていけない と思って。(その後、母親は子どもに日本語で話すOPOL型へ)
6.2.3.3 多言語環境による影響に気づいたとき
【家庭20】子どもが日本語をあまり喋らないため家庭内言語使用調整
英語の幼稚園に通っていて、英語と、家政婦さんがいたので中国語は入りやすくて。私と息子はずっと日 本語で、主人とも家では日本語です。けれども、家政婦さんがいるとどうしても中国語で言っちゃうんで すよ。でもある日これじゃまずいと思って、家政婦さんを止めました。それから急に子どもの日本語が伸 びましたね。
6.2.3.4 兄弟間の会話が日本語から中国語にシフトしたとき
【家庭3】母親が入院中に幼稚園児の姉弟間の会話が中国語にシフト
2 か月の入院後、家に戻ってみたら、それまで日本語で会話をしていた姉と弟が中国語で話をしているの に驚きました。私がいないのだから当然と言えば当然なんですけど。それで、姉の方に「弟には日本語で 話しなさい」と半ば強制しました。娘は最初嫌がりましたけど、このくらいの年齢だと戻るのも早かった です。
【家庭14】姉が小学校入学後、姉弟間の会話に中国語
それまでほとんど日本語でした。姉が小学生になって中国語の言葉が増えると、弟がどんどん中国語を。
でも、姉が日本語でパーッと喋ったら、弟は日本語で入っていきますね。半分くらいです。私は日本語で 言いますね、弟に。そしたら日本語で返ってくる、でも中国語で返ってくる時もあるけど、私は努めて日
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本語にしています。(弟は高校進学後、日本のアニメへの関心から日本語使用の比重が増加)
6.2.3.5 第二子が生まれたとき
このケースは、両言語混合型の 2 家庭で明らかに見られた。両家庭の母親は異口同音に
「上で失敗したから」と語り、OPOL アプローチに調整しようと努力している(家庭 21, 24)。
6.2.3.6 子どもの学業・進路問題に直面したとき
子どもの学業・進路問題は多くの家庭で最重要課題と位置づけられていることが明らか になった。いずれの場合も、進学を目指して日本語使用の強化がなされている。
【家庭3】早期に日本の大学進学を計画
父親が忙しく、子どもの教育は全部私に回ってきたんですよ。でも、日本人の私に中国人の親がやるよう な家庭教育はできないし、あんな受験競争にも参入したくない。で、子どもが小学生ぐらいの時、高校ま では中国、大学を日本という計画を立てたんですよ。子どもがそれに乗るかどうかはともかく。
【家庭7】中国の学校の寮生活に嫌気がさし、日本の高校進学へ
私には子どもの勉強が見れないので、子どもは小学校から中学校まで寮生活でした。週末と長期の休みに 家に戻るのですけど、日本語はその時だけ。それでも私は中国語ができないので、母子の会話は日本語で した。高校進学を考えたときに、子ども本人が「寮はもう嫌だ」と言ったので、日本語のためにも日本の高 校に進学するのがいいんじゃないかと考えました。それを決めてから、高校入試に合わせて日本語の作文 指導を始めました。
6.2.3.7 子どもの日本語の可能性を感じたとき
【家庭 16】母の仕事の関係で母子別居、母子間言語が中国語になっていたが、日本に一時 帰国時の体験から言語調整
(子どもが欲しかった IPad を母親に買ってもらえないと分かって)そしたら母(子どもの祖 母)のところに行って説得するんですよね。すごいなと思ったのは、日本語しか通じない人にはちゃんと 日本語で説得するんですよ、IPadのために。私の母もちゃんと分かる日本語なんですよ。日本語こんなに 上手かったんだって。「クラスの皆持ってる」とか、「北京で買うとちょっと高い」とかね、買ってほしい理 由をちゃんと言えるんですよ。
その後、母親はOPOL に戻し、どんなに忙しくても年二度は子どもを連れて帰国した結 果、母子間の会話は日本語にシフトした。
以上の語りから明らかなように、家庭内言語使用の状況は直線的な継続ではなく、要所要 所で言語管理による実践や信念の調整が行われている。少数言語型でも、子どもが幼稚園で
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中国語を理解できないことを心配して一時期 OPOL を採用した少数言語型家庭(家庭 4)、 多数言語型で日本の学校へ進学のためにOPOLを採用した家庭(家庭28)など、それぞれ の家庭環境や条件の下での行われた好例であろう。
言語使用以外にも、家庭のトランスナショナル空間では、日本のモノや習慣など物質・非 物質面での文化のトランスナショナルな「越境」が行われている。家庭9の母親がメールで 回答した家庭の様子がその状況をよくあらわしている。
【家庭9】日本の食品、衣類、雑貨、書籍から薬、電化製品、車まで、我が家におけるモノの日本指数は やや高めかもしれません。もちろん駐在員のご家庭には遠く及ばないと思いますが、小さい頃のおもちゃ なども日本で買ったものが多くありました。(中略)食事は私が作りますので、納豆、ぬか漬け、味噌汁、
肉じゃが、焼き魚は普通に食べますし、たまには家で手巻き寿司などもします。運動会や遠足にはおにぎ りを持たせたり、子供たちの好物は唐揚げ、ポテトサラダにパスタ、カレー、グラタンと、日本の子とそう 変わらないかもしれません。もちろん中華も食べますが、普通の中国人家庭の食卓とは違うものを食べ続 けているという気がします。(中略)習慣は、言葉とも関係していますが、おはよう、おやすみ、いただき ます、ごちそうさま、いってきます、ただいまと、挨拶ことばも自然と日本語です。大晦日にはお蕎麦をす すり、元旦は明けましておめでとうで明けて、お雑煮くらいは作って食べさせています。また、夏はとも かく寒くなれば、湯船にお湯をはり入浴しないと、お風呂に入った気がしないという家族です。長男は床 にお布団を敷いて寝ています。ただ、やはり普通の日本人家庭とはどこか全然違うとも思います。
しかしながら、表6.3で示した子どもの言語優勢順位と、表6.4の家庭内言語使用の実態 との関係は直接的ではなく、一般的には子どもが在籍する学校教授言語をより強く反映し ている。次節では、学校教育のトランスナショナル空間について述べる。