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本研究の課題

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第2章 先行研究の概観と研究課題の提示

2.6 本研究の課題

2.6.1 先行研究からの示唆と先行研究の不足点

以上、本研究に関わると考えられる先行研究のうち、主だったものを概観した。

第1節では、バイリンガリズムと複言語主義について基本的に確認し、子どもの同時バイ リンガルの言語習得、すなわち二言語の音声言語習得過程について明らかになっているこ とと、その発達の条件となる家庭での言語使用をめぐる先行研究を見た。バイリンガルの定 義が研究者によって、狭義のものから非常に広義のものまで非常に多様であり、音声言語だ けでなく、読み書きも含めるかどうかは意見が分かれるところであろう。子どもの両言語の

「聞く・話す」については普遍的な発達過程があるとしても、読み書きについての両言語の 習得については、どのような組み合わせか、どのような学習環境かによって大きく異なると 考えられる。また、家庭での言語使用も居住地の違いによって、異なる様相であることが予 想される。

第2節では、認知心理学における語彙処理プロセスに関する先行研究を、語彙の形態・音 韻・意味レベルでのアクセスについてのモデルを確認し、バイリンガルの語彙処理プロセス

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についての研究現状を紹介した。そして、バイリンガル語彙処理に関連して、同根語の理解 促進効果を取り上げ、日本語と中国語の間で同根語理解促進効果を持つ漢字についての文 化庁(1978)の観点と分類を紹介した。語彙処理に際して、漢字は直接意味へアクセスする のか、音韻アクセスは存在するが意味アクセスの方が優先されているのか、議論が分かれる ところである。

本研究の対象である漢字は、表語文字として1文字で意味と音を表す。漢字の「音韻符号 化は、その発音を知っているかいないかによって音韻化ができるかできないかという二者 択一方式になると考えられる」(門田,2006: 40)とされる。しかし、これは外国語として日 本語の漢字学習を行う場合である。また、非漢字圏での継承日本語学習者の場合でも同様で あると思われる。しかしながら、漢字圏での継承日本語話者の場合、家庭で培った日本語の 力があり、漢字自体の発音は知らなくても、視覚的アクセスをして意味から音韻化できる可 能性があると考えられる。

第3節では、日中間の同根語である漢字が、外国語として日本語を学習する中国語母語話 者の漢字認識にどのような影響を与えるのかに注目した先行研究を、成人学習者と年少学 習者に分けて概観した。どの先行研究も、同根語の漢字が中国語母語日本語学習者に、日本 語習得を促進させる効果を肯定している。とりわけ、年少の JSL児童生徒に関しては日本 語習得の必要性・重要性・緊急性が強調され、同根語の漢字の利用が提言されている。海外 の継承日本語話者である年少者は、日本の JSL児童生徒とは日本語習得の緊急性について は異なると思われるが、その必要性と重要性は同様であろう。

漢字圏に住む日本にルーツを持つ子どもたちは、多くの場合、家庭で日本語を使用する環 境があり、言語形式上別々に発達した日中2言語の音声言語を獲得していると考えられる。

認知発達途上のこうした子どもが、漢字を通して日本語と中国語をつなぎ、効率的に日本語 を習得するには、どのような教育実践或いはスキャフォールディングを行えばいいのかに ついて、先行研究に示唆はあるが、その実証は示されていない。

また、中国語母語日本語学習者の日本語の漢字に対する認識に関する研究の大半が、「S」 語、「O」語、「D」語、「N」語に分類される漢字二字熟語に偏重しているが、加藤(2005) で、日本語独自義である「N」語も正の転移が起こるという結論は、西山(2015)の「熟語 を理解する際に、熟語を一つ一つの漢字に分け、既有の漢字知識から意味を把握しようと試 みていることを示して」(西山, 2015: 92)いるという結論と一致するものである。こうし た一連の理解の過程を知ることが効果的なスキャフォールディングを行う上で必要である という西山の主張は非常に重要な示唆を与えてくれている。

第4節では、日本語の読み書きで重要な位置を占める漢字の学習と習得について、海外の 継承日本語教育の中ではどのように捉えられているかについて、非漢字圏と漢字圏に分け て概観した。非漢字圏では漢字学習と習得の困難さが浮き彫りとなり、逆に漢字圏では非漢 字圏とは大きく異なる状況が示された。この相違は、外国語としての日本語学習者の漢字 圏・非漢字圏の母語の相違と共通するものと見られる。

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しかしながら、海外における継承日本語教育の研究自体がまだ歴史が浅く、事例研究の蓄 積段階である。また、先行研究は継承語研究が進んだ欧米での英語と日本語の組み合わせに 偏る傾向があり、漢字圏はアメリカに次いで在留邦人が多いにも関わらず、事例研究すら少 なく、継承日本語の習得研究は極めて少ない。

第5節では、海外での継承日本語教育を包括的な視点からとらえた先行研究を紹介し、日 本語を継承することは、日本語母語話者である母親の一種のプロジェクトであり、教育戦略 となっていることが示唆された。そして、日本語継承という教育戦略のために利用される言 語資源についての先行研究を概観したが、それらの先行研究で言語資源として捉えられて いるものには、日本語をインタラクションの言葉として用いる子どもの視点が欠けている ように思われる。

ことばの習得が学習者を取りまく環境とのインタラクションによって推進されるのであ れば、子どもの生活世界の中で、日本語の言語文化資源がどのように子どもと関わっている のかを見ることが必要不可欠であろう。さらには、それぞれの言語文化資源、すなわち本稿 では「トランスナショナル空間」が、相互にどのような影響を及ぼしているかの視点が必要 であると思われる。そして、インターネットが普及し通信・運輸が容易に廉価で利用できる 現在、「トランスナショナル空間」は従来考えられたより、大きな拡がりをもつのではない だろうか。このような「トランスナショナル空間」が子どもの生活とどのような関わりをも っているのか、これらの空間はどのような関係にあるのかを、明らかにすることが必要なの ではないだろうか。

2.6.2 研究課題

以上の先行研究からの示唆及び先行研究の不足点を念頭に、第1章第2節で言及した柳 瀬(2015)における北京在住日中国際結婚家庭の日本語継承にまつわる二つの疑問に立ち 返る。第一の疑問は、日本語の学習を行わなくても日本語を読めるようになるのかというこ とである。第二は、日本人コミュニティとの接触がなくても、家庭での日本語使用で日本語 の習得・維持は可能なのかという疑問である。この二つの疑問点をもとに、本研究課題を以 下のように設定する。

(1) 漢字圏で育つ年少継承日本語話者は、日本語の漢字をどのように認識するのか。

(2) 漢字圏で育つ年少継承日本語話者は、どのようなトランスナショナル空間を築き、その 空間でどのようなインタラクションを行っているのか。

第一の研究課題は、上述の一番目の疑問に対して、漢字という文字の存在が疑問を解く鍵 として考えられることによる。そこで、次の3つのサブ課題を設定する。

① Cumminsの相互依存仮説は、日本語と中国語の漢字の間でどのように実証される

のか。

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② 漢字圏年少継承日本語話者の漢字認識はどのような独自性があるのか。

③ 漢字圏年少日本語話者は日本語の漢字をどのように認識するのかについて認識のプ ロセスを明らかにする。

サブ課題の②は、漢字圏において現地の学校で中国語の漢字を先行学習することによっ て、日本語の漢字習得になんらかの影響を及ぼし、それが漢字圏ならではの特徴であるとい う前提に立っている。これは、漢字圏出身の日本語学習者や JSL児童生徒の日本語の漢字 語認識に関する先行研究から推論されることである。つまり、非漢字圏における継承日本語 の漢字習得とも、日本国内での母語としての漢字習得とも異なるものであり、さらには、継 承語として日本語を音声言語として習得していることは、日本語を外国語として学ぶ漢字 圏出身の日本語学習者とも異なるものであるとすれば、非漢字圏の継承日本語話者、日本語 モノリンガル話者及び漢字圏日本語学習者と、日本語の漢字認識でどのような違いがある のかを明らかにする。 この課題を解くためには、漢字を使ったタスクによる調査を行う必 要があるが、通常日中の漢字で同根語として研究される二字熟語だけではなく、加藤(2005) と西山(2015)からの示唆をもとに、漢字一字の意味にも注目し、その認識プロセスに研究 の焦点を当てるものとする。

バイリンガルの読み書きの発達の中で、本研究では漢字認識、すなわち読みに焦点を当て る。その理由は以下の3点による。一つ目は、バイリンガルの言語間転移と同根語の研究の 流れである。本研究の枠組みである Cummins の相互依存仮説の言語間転移は認知面での 転移を中核としている(中島, 2010: 229)ことから、同根語の視覚的な情報入力に対しての 処理プロセスの面を解明しようとするものである。二つ目は、母語、継承語、外国語という 日本語の言語背景に関わらず、漢字の読みの力の習得率が書きの力の習得率より高い

(Douglas, 2010)ことによる。また、日本の学習指導要領における学年別配当漢字42も当

該学年で読めることを目安にし、書いて使えるようになることは次の学年の学習目安とさ れている。この背景には読む力の定着は書く力の定着より容易である(日本教材文化研究財

団, 1998)ことがある。三つ目は、複言語主義の機能的観点に立ち、実際の日本語の使用状

況を考慮したことによる。正式な学校教育で日本語を学習していない子どもにとって、日常 生活で日本語を読むことはあっても、日本語を書くことはあまりないと考えられるからで ある。

第二の研究課題は、上述の二番目の疑問に対して、年少継承日本語話者の日本語資源の空 間を全体像として明らかにするものである。本研究で用いるトランスナショナル空間とい う概念は、言語習得という観点から見ると、従来の研究で言語環境や言語資源として捉えら れているものに近いが、言語環境や言語資源と年少継承日本語話者との関係及び言語環境 や言語資源の間の関係を明らかにするには、先行研究で用いられている用法では次の 2 点 で不十分であると考える。第一に言語環境や言語資源は継承語話者がインプットを受ける

42 文部科学省ホームページ「漢字の指導に関する学習指導要領上の取り扱いについて(抜粋) http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/06/attach/1295392.htm20171221日閲覧)

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