第8章 おわりに
8.2 今後の課題
本研究は、漢字圏で育つ日本語を継承する子どもたちの日本語習得にとって、漢字が果た す役割を具体的に提示するために、同根語の漢字を通した言語間転移を実証するための漢 字読み調査を行った。言語形成期前半の子どもたちのことばの発達は非常に速く、その変化 も大きい。こうした発達や変化を見極めるためには、縦断的に調査を行う必要がある。
しかしながら、調査には時間的制約があり、縦断的に漢字読み調査を行うことは不可能で ある。そこで次善の策として、小学校の学年別にそれぞれの学年に応じた漢字読み調査を行 い、擬似的な縦断調査データに替える方法を探った。だが、小学校の学年が上がるにつれて、
調査協力を得ることが難しくなり、学年によるデータ数のアンバランスが生じた。また、北
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京・台北・香港でのデータ数も均等でなく、比較可能なデータ数を3都市で揃えることがで きたのは、唯一、小学一年生前期・後期修了時のものであった。
その結果、子どもの成長による認知の発達と知識の獲得にともなう言語間転移のプロセ スを探る目的は達成できず、小学一年生段階での言語間転移を確認したのみに終わってし まったことが最大の不足点である。
データの比較をするには、それぞれ一定数のデータが必要である。理想を言えば、多様な データを収集できることが望ましい。その点で、台北や香港では週末の日本語教育機関に通 う児童が多く偏りが否めない。福岡市のデータも、文教地区の子ども会を通して協力依頼し たため、多様なデータとは言い難い。
データの比較をするには、一定の条件を揃えるべきである。漢字読み調査の目的が、子ど もの年齢による漢字認知のプロセスを見ることであるから、年齢の条件を揃えることは最 優先事項である。それにも関わらず、台北と福岡の調査協力児童の年齢が、北京・香港より かなり上になってしまったのは、調査遂行上不可避な理由であるとは言え、非常に残念であ る。
さらにデータ収集に関して、北京在住日中国際結婚家庭の日本人母親とその中学生以上 の子どもに対する調査では、N 会を仮の母集団として設定したが、実際のところ、N 会に 入会していない中国人男性を配偶者とする日本人女性は一定数存在すると考えられる。N会 の存在を知らない可能性や N会のようなネットワークに参加することを嫌う或いは躊躇す る可能性もあると思われる。そういう意味で、本研究の調査の限界があることは否めない。
このようなデータ収集上の問題が、今後の解決されるべき課題として大きく残された。
もう一点、本研究で取りこぼした問題がある。それは台湾や香港、また中国の大陸でも多 く見られる所謂標準的な「中国語」(“普通話”)ではない方言の影響である。香港では「中 国語」(“普通話”)に用いる漢字とほぼ同じ漢字を広東語にも使用している。台湾では郷土 言語の授業が学校のカリキュラムに組み込まれており(林, 2010)、その教材には「中国語」
(“国語”)と同じ漢字が用いられている。このような同じ形態の漢字を音韻が異なる二つの ことばで共有することが、日本語の同根語の漢字の認識にどのような影響を与えるのかに ついて、分析可能なデータを収集し得なかった。北京のような「中国語」(“普通話”)が圧 倒的な地位を占める都市で生活する子どもとは違った認識があるのではないかと推察され るが、これも今後の課題である。
以上の課題を残しつつも、本研究では漢字圏年少継承日本語話者の漢字認識メカニズム をある程度解明することができた。子どもの認知の発達に従って、そのメカニズムはどのよ うに変化するのか、漢字習得はどのようなプロセスをたどるのか、そのプロセスが解明され れば、子どもたちの漢字自律学習を促進させるためのより具体的な方策を提示できるもの と考える。そして、漢字圏継承日本語教育モデル構築に向けて、大きく前進するものと思わ れる。今後期待される漢字圏継承日本語教育モデルの構築が、漢字圏で子どもへの日本語継 承に奮闘する保護者や教育者に進むべき道筋を示すことができるよう願っている。
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