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漢字読み調査

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 55-61)

第3章 研究方法

3.2 漢字読み調査

本研究では、中国語環境で育つ日本をルーツとする子どもがどのように日本の漢字を認 識していくのかを探ることを目的として、現地の小学校で中国語の漢字学習を始めて間も ない低学年の児童を対象に、日本語の漢字の読み調査を行った。本節では、漢字調査を行っ た先行研究をもとに本調査の基本方針を定め、本調査の手法、準備、内容及び手順を説明す る。

3.2.1 先行研究における漢字調査

日本語の漢字をどのように認識するかという調査目的は、すなわち語の認知メカニズム と大きく関係する。この分野での先行研究において、「認知心理学では、視覚的な単語認知 の研究が盛んで」、その成果は「バイリンガル(第二言語学習者や多言語使用者も含む)の 心内辞書(mental lexicon)の構造及び機能の解明に有益な示唆を与えている」(邱, 2010:

49)。また漢字は日本語と中国語の間で、聴覚的にではなく視覚的に共有される(小森, 2005) ことから、視覚的に漢字をどのように認識するかという点に焦点を合わせることにする。

邱(2010)は、漢字圏日本語学習者の漢字語彙処理に関する先行研究を概観して、その調 査の手法を以下の四つに分類している。

(1)日本語漢字語彙の形態と意味のマッピング 学習後の直後意味再生テストと遅延テスト

(2)日本語漢字語彙の処理パターン

意味判断課題(semantic decision task)45

(3)日本語漢字語彙の意味処理 語彙性判断課題46

(4)日本語漢字語彙の音韻処理

命名課題(naming task:音読課題、読み上げ課題とも呼ばれる)

上記の調査は主として、課題に対する正誤や反応時間の長短を量的データとして収集す

45 視覚呈示されたターゲット語が、先行呈示された定義文の意味と同じであるかどうかをできるだけ速 くかつ正確に判断する課題である。

46 視覚呈示された単語が当該言語の単語として存在するか否か、つまり単語であるか非単語であるかを できるだけ速く正確に判断する課題である。

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るものである。本調査では、子どもが「どのように認識するか」という質的データを収集す るため、上記の調査手法をそのまま採用することはできないと考える。そこで、(4)の命名 課題を質的データ収集用に改変する方法を探ることにした。

まず、命名課題を使った先行研究が採用した方法には、主としてコンピューターを用いた 実験(オンライン法)と試筆テスト(オフライン法)を利用したものの二種類がある。

コンピューターを用いた代表的な命名課題の実験方法として、茅本(2000, 2002)、邱

(2003)が行ったものがある。実験参加者はコンピューター画面にランダムに呈示される 漢字をできるだけ早く、かつ正しく読み上げるように教示される。単語呈示から音読開始ま での時間が反応時間として測定され、それは単語の形態情報を音韻情報に変換する時間、も しくは心内辞書に蓄えられている発音を取り出して利用する時間と見なされている(邱, 2003)。参加者の読みの正誤だけでなく、個別の反応が測定される利点がある。

試筆テストは教育現場では通常一斉の「漢字の読みテスト」として広く行われている。規 模の大きいものでは、年少者の国語教育の漢字習得の観点から全国規模で小中学生2万6787 名に実施した日本教材文化研究財団(2000)の「漢字学習調査」、国立教育政策研究所(2006)

の「漢字に関する調査」、ベネッセの(2007)の「小学生の漢字力に関する実態調査」が挙 げられる。試筆テストは一斉に大量のデータを収集できること、或いは一斉実施でなくても 時間や場所の制約が少ないことで、データ収集が効率的である半面、個別の「どのようにし て」に関するデータ収集には不向きである。

以上のことから、本調査の目的に照らすと、一斉ではなく個別に行う調査が望まれる。

次に、命名課題としてどのように漢字を呈示するかという点で、単語を単独で呈示する方 法と文中で呈示する方法がある。

単語の単独呈示では、呈示される漢字が一字か二字以上で構成される漢語という区別が ある。漢字一字では、漢字の訓読み処理過程を探るために、訓読みに多い漢字一字を実験対 象とした茅本(2000)、漢字読字における音訓読みの選択優位性を探るために漢字一字を提 示する方法を採った水落・前田・松原(2013)が挙げられる。二字漢語を用いるものは主と して、中国語と日本語の同根語・非同根語の違いに着目する語彙処理研究である。

これに対して、蔡(2009)は、単語の処理過程をできる限り厳密に調べるためには単語の 単独呈示を用いた方がいいことを認めつつ、「L2の運用面を考慮するならば、単語が文とと もに呈示される場合の処理過程を明らかにすることが重要である」(蔡, 2009: 207)と指摘 し、空欄になった文を先行呈示、その後呈示するターゲット単語を読み上げさせる実験を行 い、文の制約性が読みに影響を与えることを示した。

語彙処理を単独で調査するか文脈の中で調査するかの問題について、L2における漢字語 彙の意味推測に関する先行研究ではどれも文脈効果が示されている(Mori & Nagy, 1999;

Mori, 2002; Kondo-Brown, 2006; 崔娉, 2015)。モンゴル語母語の日本語学習者に未知語の

意味推測テストを行った谷内・小森(2009)は、未知語のみの提示、単文での提示、複文で の提示の三条件の下で、日本語レベルの上位群では文脈が増えればより正確な意味を推測

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できること、未知語のみの提示では上位群と下位群の間に差がないことを明らかにしてい る。

本調査の目的は、家庭内で一定の日本語接触があり、現地の小学校で中国語の漢字を学習 し始めた子どもが、通常の学校教育では学習していない日本語の漢字をどのように認識し て読むのかを探ることである。従って、日本語の漢字を含む語彙は視覚的に「未習」或いは

「未知」の語が多いという前提で調査を行う。そのため、意味推測が十分行えるような文脈 を準備する必要がある。また、子どもたちの日本語使用は家庭内での母語話者の親との限ら れた会話であると想定し、日本語使用の現実を十分に考慮した文脈を考える必要がある。

3.2.2 本調査の手法

前項では、意味推測が可能となる十分な量と子どもの日本語使用の現実を十分考慮する 文脈を使った、個別の調査を行う方針について説明を行った。川上(2004)は、「日本語を 第一言語としない子どもたち」に対する日本語指導上の課題を述べる中で、「個別化」「文脈 化」「統合化」の重要性を指摘している。「個別化」とは子ども一人一人に応じた指導であり、

「文脈化」とは言葉・内容・学習の流れを作ることであり、「統合化」とは言葉を意味や内 容と統合させる活動を指す。この点も含めて、本項ではさらに、年少者の漢字読みのプロセ スを明らかにするための調査であることから、調査手法考案の参考にした次の二つを紹介 する。

読解プロセスを言葉で明らかにする発話思考法(Think-aloud)47は,読み手の認識作業 を表出するために有効な手法である。この手法を採用して読解調査を行った Jiménez,

García & Pearson (1996) には、発話思考を行う読み手が内言48的に自己と対話をしている

様子が描かれている。だが、発話思考法は事前に一定のトレーニングを行う必要があり、小 学校低学年児童には負担が大き過ぎ、誰にでもできるものではないと思われる。そこで本調 査では,読み手である児童と筆者との対話で、児童の認識プロセスを明らかにする方法を採 ることにした。

もう一つは,対話を特徴とする文部科学省(2014)の『外国人児童生徒のための JSL対 話型アセスメントDLA』(以下『DLA』)49である。『DLA』は「これまでの画一的なテスト では,子どもたちの本来の力を引き出すには限界が」あることから,「試筆テストでは決し て表れることのない,潜在的な力を引き出す」(文部科学省, 2014: 6)ことを重視するため

47 メタ認知的観点から、被験者にタスクを遂行中の考えをタスクを遂行しながら言葉にさせることによ って、タスクの問題解決のストラテジーを評価できるものとして開発された分析手法である(Meyers, Lytle, Palladino, Devenpeck & Green, 1990: 113)。読解や翻訳を行う認知プロセスを探るために使われ ることが多い。

48内言」は研究者によって多様な捉え方があるが、Vygotskyの定義に従い「内言は自分へのことばで ある。外言は他人へのことばである」(ヴィゴツキ―, 2001: 379)とする。

49 文部科学省が作成したJSL児童生徒の日本語能力を評価するツールで、年齢に応じた認知力の発達を 考慮し児童生徒の認知能力を引き出す工夫がされている。対話を評価実施形式とする。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1345413.htm20171221日閲覧)

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