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中国語母語日本語学習者と日中同根語

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 35-39)

第2章 先行研究の概観と研究課題の提示

2.3 中国語母語日本語学習者と日中同根語

日本と中国の間の長い交流の歴史の中で、漢字は日本語と中国語の表記媒体として共有 されてきた。そのため、漢字は同根語として形態と意味の同一や類似性から両言語間の転移 を促す大きな役割を果たすと見られる。本節では漢字と日本語環境における中国語母語話 者の日本語の漢字習得に関する先行研究を、成人と年少者に分けて概観する。

2.3.1 成人中国語母語話者

日中同根語(一般に「同形同義語」と呼ばれる)に関する研究は、主として漢語対照研究、

誤用分析研究、中間言語研究で行われてきた(陳, 2003)が、近年言語心理学分野では単語 処理の観点から、漢字語彙の形態・音韻・意味が学習者の学習にどのような影響を与えるの かという研究が進められている。

日本語学習者が中国語母語話者か否かによって、漢字の語彙処理プロセスが大きく異な るであろうことは容易に推察できる。

玉岡(1997)は、語彙処理の効率性を中国語と英語の母語の違いで比較するために、漢字 二字熟語と外来語の処理効率性を速度と正答率から測定した。その結果、中国語を母語とす る日本語学習者は、漢字二字熟語の語彙正誤判断を英語母語話者より速く且つ正確に行っ た。一方、通常片仮名で書かれる外来語の処理時間は母語に関係なく、平仮名表記か片仮名 表記かの違いによる差もなかったが、正答率においては、英語を母語とする学習者の方が高 かった。すなわち、中国語母語学習者は漢字の形態を手掛かりに、英語母語学習者は音韻を 手掛かりに、「既習の母語の知識を生かすことによって、最小限の努力で最大限の効果を挙

中両言語における意味が著しく異なるもの」、そして全体の4分の1を占める「N」は「日本語の漢語と 同じ漢字語が中国語に存在しないもの」である。例えば、「安心」、「安全」のような日中両言語で同じ意 味の「S」、「意見」のように中国語でも日本語と同じ意味(考え)を持ちつつ、異なる意味(違った考え 方、批判)も持つ「O、「外人」のように日本語(外国人)と中国語(他人、家族以外の人)の意味が異 なる「D」、「映画」と「電影」のように日中で語彙が異なり、日本語の漢字語彙は中国語では存在しない

N」となる(文化庁, 1978)。

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げるような処理方略を確立しようとする傾向があるのではないか」(玉岡, 1997: 76)と述 べている。

さらに大和・玉岡(2011)は、中国大陸出身の日本語学習者に日本語テキストの読みで、

漢字表記語と片仮名表記語の処理を日本語語彙力上位群と下位群で黙読の速度を比較した 結果、漢字表記語を多く含むテキストの場合は語彙力や語の難易度による差はないことが 明らかになった。つまり、「語彙の処理に母語の書字の影響がみられること」は先行研究で 指摘されているが、「その影響は語彙のみにとどまらず、読みの処理においても母語の書字 が影響を与えること」(大和他, 2011: 83)を実証した。その一方で片仮名表記語に関して は、語彙力の違いによる差が見られ、下位群の学習者にとって未習で、親密度が低いと思わ れる語は特に処理時間が長く、「視覚呈示された文字を1文字ずつ音韻転換する必要がある ことが考えられ」、「母語の書字の影響のみならず、語彙知識の豊富さも影響を与えている」

(大和他, 2011: 83)と考察している。

上記の先行研究から、中国語母語話者において、日本の漢字は形態を通して意味処理され、

黙読では音韻化を経ずして理解がなされていると言える。日本の漢字の音韻処理について は、茅本(2000, 2002)がある。茅本(2000)は、バイリンガル研究の成果をもとに、同形 漢字の場合、心的辞書の見出しが単一であり、そこから各言語の音韻情報や意味情報などが 検索されるのではないかという仮説を検証した。中国語母語の日本語学習者に日本語の漢 字一字を呈示し、できるだけ早く且つ正確に読み上げる実験を行い、その反応時間と正確さ をもとに、音読み・訓読みについて分析をした。その結果、母語の音韻情報と日本語の音読 みは密接な関係があり、日本語漢字の音韻を求められたとき、母語の音韻情報が活性化した ことが明らかになったとする。そして、中国語音から派生した音読みを出力するほうが、全 く外国語である訓読みを出力するより速かったこと、訓読みのエラーの例から、訓読みが音 読みに比べて困難であると考察している。さらに、茅本(2002)では、中国語母語日本語学 習者が漢字を読む時、その目的が意味を取ることであれ、音読であれ、意味情報が活性化し ていることが示唆され、音韻情報は最終出力で音読する命名課題34で重要であることが明ら かにされている。

邱(2010)によれば、中国語母語話者の日本語の漢字語彙の形態・音韻・意味処理におい て、母語の漢字知識が大きく関与し、2言語間の類似性は処理を促進するものもあれば、逆 に干渉をもたらすものもある。しかし、このような促進効果や干渉効果は、「日本語習熟度 の向上に伴って消失する傾向も示されて」おり、「漢字語彙の処理経験は、単語の形態・音 韻・意味の結びつきを強化できるため、心内辞書で新しく構築された日本語の語彙表象が処 理経験の積み重ねによって定着していくと考えられる」と指摘している(邱, 2010: 57)。

一方で、逆に同根語による負の影響、すなわち母語の影響により習得すべき言語を正確に習

34 絵を見てその絵が示しているものを音韻化したり、文字を見て読み上げて音韻化したりする音韻処理 の実験方法の一つである。文字の場合、「音読課題」、「読み上げ課題」とも呼ばれる。

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得できないことを不安視する立場からは、同根語の扱いを慎重にすべきであるという意見 もある(蔡・松見, 2009)。

加藤(2005)は、豪州に住む中国人日本語学習者に対し、前出の文化庁(1978)の分類 をもとに、「S」語、「O」語、「D」語、「N」語を含む文章の正誤判断テストを行った結果、

「S」は正の転移により未知の語であっても意味を推測できること、「N」にも正の転移が起 こり易い語と、転移自体が起こりにくい語があること、「O」は初中級では負の転移の影響 が強いが、上級では殆ど負の転移が見られなくなることを報告している。

小森・玉岡・斉藤・宮岡(2014)は、加藤(2005)では調査対象語が少ないこと、正誤 判断課題というテストの妥当性に問題があることを指摘し、同じく文化庁(1978)の漢語 分類をもとに一文呈示の穴埋め選択問題を作成、日本語独自義の「N」語課題の選択肢には 中国語相当語も含めた。中国の日本語専攻の大学生 238 名にテストを実施、上級者ほど正 答率は高くなるが、中国語独自義による誤りが上級者でも多く、加藤(2005)と同様の結果 を得た。「日本語独自義は肯定証拠として繰り返しインプットがあり、徐々に習得される一 方で、中国語独自義が日本語では使用されないというのは否定証拠でなかなか気づきにく く、中国語独自義の過剰な転移を抑制するのは容易ではないことが再確認された」(小森他, 2014:1)。

このように、中国語を母語とする成人日本語学習者の日本語の漢字習得において、同根語 による言語間転移は負の部分も孕みつつ、全体としては習得の促進作用として働いている と言える。こうした成人学習者はすでに母語習得が完成され、日本語と中国語の表記の違い を除けば、日本語で使用されている漢字の殆どを既に知っているとされる(菱沼,1984)35。 しかしながら、母語或いはL1の習得途上、認知の発達途上の年少者の場合は事情が異なる と思われる。

2.3.2 年少中国語母語話者

中国語母語話者が、中国語の知識を利用して日本語の漢字習得を促進するということは 教育現場でも周知の了解であるが、しかしながら、そのためのカリキュラムが組まれている ことはなく、個々の学習者の学習ストラテジーに任されている。

このような状況に対して、松下(2002)は、「中国語の知識は日本語漢字語彙習得の面で 転移する。そして語彙面での転移は、日本語習得の全体に影響する」(松下, 2002: 50)と いう立場から、中国語母語の日本語学習者のための語彙学習先行モジュールを提案した。す なわち、「日本語の語彙学習をモジュール化(言語学習を構成する一部分として独立して学 習を進めること)し」、「中国人学習者に学習しやすい語彙で、幅広い場面で使用できる語彙 であれば初級段階で学習するようにする」(松下, 2002: 51)のである。松下(2005)はこ

35 『常用漢字表』の漢字のうち、中国の常用漢字四千余字のなかに含まれないものとして町、扉、寮、

曜、祉、塚、濯など28字を挙げている(菱沼, 1984: 35)。

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