第 2 章 先行研究の概観および研究課題
2.1 用語の整理
2.1.2 類似用語
本節では、「スピーチレベル」と類似する用語として、「スピーチスタイル」、「スタイル」、
「待遇レベル」と「文体」を順に取り上げ検討する。
2.1.2.1 「スピーチスタイル」
伊集院(2004)では、「スピーチスタイル」に関する定義が明示的にされていないが、ス ピーチスタイルの扱う範囲からみると、スピーチスタイルを、発話末の言語形式と見なし ており、大きく「デス・マス体」、「ダ体」と「中途終了型」の3種に分けた。さらに「デ ス・マス体」と「ダ体」をそれぞれ3種ずつに下位分類を行い、以下の計7種に分類した。
Ⅰ 型 デス・マス体の言い切り
Ⅱ 型 デス・マス体+「ね」「よ」以外の終助詞
Ⅱ’型 デス・マス体+終助詞「ね」「よ」
Ⅲ 型 ダ体の言い切り(一語文や、名詞や形容動詞の語幹で終了している文を含む。)
Ⅳ 型 ダ体+「ね」「よ」以外の終助詞
Ⅳ’型 ダ体+終助詞「ね」「よ」
* 型 中途終了型 (伊集院, 2004: 14)
すなわち、伊集院(2004)の使用する「スピーチスタイル」は、発話末の言語形式を扱 うという点において「スピーチレベル」と同義であることが分かる。また、「スピーチスタ イル・シフト」についても明示的な定義は見られないが、主にデス・マス体からダ体への シフトを中心に論じた。
岡野(2000)は、「スピーチスタイル」とは、「デス・マス体やダ体/くだけた話体」(p.
1)であると定義し、さらに「くだけた話体」とは終助詞を含むものを指すと規定している。
このことから、岡野(2000)の使用する「スピーチスタイル」は、1.3.1節で挙げた「スピ ーチレベル」とはほぼ同義であると言える。
また、岡野(2000)は、留学生の待遇使用に関する面接調査の設定の際、「学生のバック グラウンド(学習歴、環境、母語など)と敬語の使用、スピーチレベルの選択はどのくら い関わりがあるのか」(p. 2)と、「国際部の場合、留学生のバックグラウンドはさまざまで あり、それがどの程度待遇意識、敬語使用、スピーチスタイルの選択に関わっていそうか 関心があった」(p. 3)という記述が見られる。このことから、「スピーチレベル」と「スピ ーチスタイル」の2つの用語を区別せず使用していることが見られる。なお、「スピーチス タイル・シフト」については言及されていない。
一方、変異理論研究25の流れを汲んだ今村(2014)は、「スピーチスタイル」が話し言葉 のスタイル、具体的に、「音声レベルの縮約形、拡張系、音韻変化、語彙のバリエーション、
丁寧体と普通体、狭義の敬語、接続助詞など文法項目」(p. 14)のような幅広い言語形式を 含む項目を指している。すなわち、スピーチレベル(丁寧体と普通体)はスピーチスタイ ルを構成する要素の1つとして扱われている。それに対し、伊集院(2004)と岡野(2000)
で使用される「スピーチスタイル」は、スピーチレベルとほぼ同義であることから、「スピ ーチスタイル」の定義に関する点で今村(2014)と異なっている。なお、「スピーチスタイ ル・シフト」については言及されていない。
まとめると、今村(2014)は、伊集院(2004)、岡野(2000)と同様な用語「スピーチス タイル」を採用したにもかかわらず、扱う範囲と定義が全く異なっていることが伺える。
25 話し言葉のスタイルを扱う変異理論研究として、渋谷(2002)から行われている一連の研究(渋
谷2002、2003、2007、2011など)が挙げられる。
2.1.2.2 「スタイル」
李(2003)は、「スタイル」を言語形式上から、発話末のデスマス形式と非デスマス形式
(体言終了型、用言終了型、接続助詞終了型と中途終了型の4種の下位分類)とに分け、
デスマス形式をフォーマルスタイル、非デスマス形式をカジュアルスタイルと称するよう に、特定の言語形式を提示している。また、「スタイル・シフト」(原文では、「スタイル切 換え」)に関する明示的な定義がされていないが、丁寧体基調のデスマス形式から非デスマ ス形式への単一方向の変換をスタイル切換えという意味で使われている。すなわち、李
(2003)で使用された用語「スタイル」は、特定の言語形式(文末形式)の変種を意味す るのであり、さらに、日本語方言話者と日本語中間言語話者のスタイル切換えの実態を把 握し、方言という個人的変異の要素を取り入れた点から、単純な丁寧体・普通体とは異な る次元を意味している。
一方、松村・因(2001)は、「スタイル」について、「日本語には、丁寧体(又はデス・
マス体)・普通体という形態的に区別される2種のスタイルがあり」(p. 5)と述べているよ うに、特定の文末の言語形式を指している。一方、「丁寧なスタイル」、「くだけたスタイル」
(俗語表現や内言葉、強調語・擬声語など)のように文末形式以外の要素を含め、文中で 現れる様々な言語表現にも注目している。このように、「スタイル」を特定の文末形式と文 中の言語表現の両方を使用する研究も見られる。また、松村・因(2001)によると、ある 程度改まった状況で、上下関係があるが親しい間柄で行われた会話で、目下は親しみを表 すために、「丁寧なスタイルからくだけたスタイルへの交替をしばしば行なう」(p. 6)とい うスタイル交替が予想されている。この点では、李(2003)と同様、「スタイル交替」は単 一方向の性格を持つとされているようである。
2.1.2.3 「待遇レベル」
1.3.1節でも触れたように、研究の深化に伴い用語の選択に変化を生じた研究(三牧の一
連の研究)が見られる。三牧(1989、1993、1996、1997、2002など)は、会話相手や話題 の人物をどのように待遇するかという待遇機能の面を重視することから、「待遇レベル」と いう用語を採用していた。だが、言語形式の儀礼的用法に相当せず、会話相手に対する待 遇意識の面のみを反映しているという問題点を考慮したうえで、三牧は2007年以降、言語 形式をよりニュートラルに示す用語「スピーチレベル」を使用することになったのである。
以下、三牧の一連の研究における用語「待遇レベル」と「スピーチレベル」に関する定
義を整理する。
まず、「待遇レベル」とは、「敬語、方言、音便、終助詞などの使用・不使用、文末文体 などに表現される」(三牧, 1993: 39)と「選択された待遇表現の待遇度」(三牧, 1996: 437) のことであると定義している。また、三牧(2007)は、「スピーチレベル」について、「日 本語の文体には、丁寧体(です・ます体、敬体、フォーマルスタイル)、普通体(だ体、常 体、インフォーマルスタイル)、である体、のようなバリエーションがある」(p. 58)こと を提示している。さらに、「文末文体を中心に語のレベルも含め、談話における文体をダイ ナミックに管理することを『スピーチレベル(以降、SL)管理』」(三牧, 2007: 59)と述べ ているように、「スピーチレベル」を文末レベルと語彙レベルの2面からより包括的な扱い をしている。すなわち、スピーチレベルを談話レベルから語レベルと文末レベルとに分け て分析する点で、以前の研究と異なっている。
さらに、シフトについて、三牧(2002)は、「待遇レベル・シフト」を「基本的待遇レベ ルから他の待遇レベルへの一時的シフト」(p. 59)であると規定している。一方、三牧(2007)
は、「スピーチレベル・シフト」を「同一談話の中で観察される同一話者の基本的SLから 他のSLへの一時的な変化」(p. 59)であると定義している。これにより、用語「待遇レベ ル・シフト」から「スピーチレベル・シフト」に変更したにもかかわらず、「基本的レベル から他のレベルへの一時的なシフト」という意味内容であることはほぼ一定であることが 伺える。
一方、1つの研究では、2つ(あるいは2つ以上)の用語を採用したものも見られる。
佐藤・福島(1998)は、用語「待遇レベル」と「スピーチレベル」の両方を使用してい る。発話末表現の自然な度合いと適切さに関する印象調査の際に、「丁寧度」よりは「認識」
を強調するものとして、用語「待遇レベル」を使用している。それに対し、「スピーチレベ ル」を「丁寧体を用いるか普通体を用いるか、また、敬語や終助詞を使用するかしないか などによって決定される会話の待遇レベルを指す」(佐藤・福島, 1998: 37)と定義している。
また、「レベルシフト」26を「文体の切り替え、敬語や終助詞の用い方の変化などによっ て生じる、会話の中での待遇レベルの移動を指す」(佐藤・福島, 1998: 37)と定義している。
以上のように、佐藤・福島(1998)は、2つの用語を使用しているにもかかわらず、1つ の用語に比較的に重要な意味内容を付与していることが見て取れる。
26 佐藤・福島(1998)は、「スピーチレベル・シフト」と「待遇レベル・シフト」のどちらの用語も 採用していない。「レベルシフト」の定義をみると、「待遇レベル・シフト」を指すことがわかった。
なお、「スピーチレベル・シフト」については言及されていない。
2.1.2.4 「文体」
「文体」は、特定の個人(例えば、作家)の文章上の特徴を意味することがある一方、
丁寧体と普通体のような特定の言語形式を指すものもある。本研究の研究対象と深く関連 付けている後者を検討し、その代表的なものとして、岡本(1997)が挙げられる。
岡本(1997)は、小学校三年生の国語科の授業における文体を、丁寧体(です・ます体)
と普通体(常体・ダ体)に分けている。すなわち、ここでの「文体」は、「スピーチレベル」
という文末の言語形式と同様に扱われている。また、「文体シフト」の効果として、「教師 は丁寧体により生徒の発話を制御し、普通体によって生徒の発話を引き出す」(岡本, 1997:
49)と述べられているように、同一話者(教師)の文体シフトを双方向に扱っていること が見て取れる。
2.1.2.5 類似用語のまとめ
「スピーチレベル」と関連する全ての用語の整理を、以下にまとめる。
1)「スピーチレベル」:研究者間では明示的な定義があるか否かは別として、丁寧体と普 通体の2種を指すという点では一致している。各研究における相違点は、敬語や文末の終 助詞などの要素に対する取り扱いによるものである。また、「スピーチレベル・シフト」は 大きく単一方向と双方向の性格とに分けられる。
2)「スピーチスタイル」:「スピーチレベル」とほぼ同義で扱われるものと、「スピーチレ ベル」を含む数多くの話者内変異としての話し言葉のスタイル(音声レベルの縮約形、拡 張系、音韻変化、語彙のバリエーション、丁寧体と普通体、狭義の敬語、接続助詞など文 法項目)が扱われるものとがある。また、「スピーチスタイル・シフト」は、スピーチレベ ル・シフトと同義であるものと、話者内の多くの文法項目のシフトとがある。
3)「スタイル」:個人的変異の要素の1つとして文末形式に焦点を当てたものと、特定の 文末の言語形式と文中の言語表現(俗語表現や内言葉、強調語・擬声語など)を全て扱う ものとに分けられる。また、「スタイル・シフト」は、「スピーチレベル・シフト」より比 較的に広範囲に扱われるものである。
4)「待遇レベル」:会話相手や話題の人物をどのように待遇するかという待遇機能の面を 重視するため、「待遇レベル」と「待遇レベル・シフト」という用語を採用する。ただし、
丁寧体と普通体を示す儀礼度が表示しにくい点に注目したい。
5)「文体」:丁寧体と普通体のような特定の言語形式を指すものとして、「スピーチレベ