第 2 章 先行研究の概観および研究課題
2.5 母語話者と学習者の比較研究
本節では、日本語母語話者と学習者の比較研究を概観する。主に母語場面と接触場面(母 語話者と中国人または台湾の日本語学習者)の初対面会話に関する比較研究(伊集院2004、
陳2004a、林2005、佐藤2000)と、母語話者と学習者の発話末表現の認識に関する比較研
究(佐藤・福島1998)が挙げられる。
2.5.1 母語場面と接触場面の初対面会話に関する比較研究
伊集院(2004)は、ポライトネス理論を用い、母語話者(大学生)は会話相手が同じ母 語話者の時と日本語学習者の時(初対面母語場面と接触場面)、スピーチスタイルの選択と スピーチスタイルシフトのメカニズムがどう違うかについて分析した。その結果、母語場 面と接触場面ともにダ体が無標のスピーチスタイルとなっていることが示された。この点 は、社会人同士の初対面会話では丁寧体が無標スピーチレベルとなった宇佐美の一連の研 究(宇佐美2001a、2001b、Usami 2002)と異なる傾向を見せている。これは、両者の分析 対象と分類基準が異なっていることと関連があると考えられる。分析対象に関して、伊集 院(2004)は同性同世代の大学生を対象としたのに対し、宇佐美の一連の研究は上下差、
性差のある社会人を対象とした。また、分類基準に関して、一語文、名詞や形容動詞の語 幹で終了している文などに関する分類について、伊集院(2004)は、「Ⅲ型 ダ体の言い切 り」に属すの対し、宇佐美の一連の研究は「丁寧度を示すマーカーのない発話」に属す、
40 輿水(1977: 298)の「おそらく、そこでは、声の出し方、抑揚、表情、身ぶりなども重要なはた らきをするのであろう」という記述と関連している。
としている。
また、伊集院(2004)によると、母語話者は母語場面において、初対面の最初の段階で はいずれの話者もある程度ネガティブ・ポライトネスを保持したうえで、相互にフェイス の調整を行い共通話題や共感による距離の減少とともに、徐々にダ体へとシフトさせてい く共通点が提示されている。一方、母語話者は接触場面において、母語場面のような交渉 過程が見られず、「初対面では失礼にならないように基本的にデス・マス体を使う」(伊集
院, 2004: 21)という意識を持つ母語話者は、会話相手が非母語話者であるとわかってから
すぐにダ体にシフトし、母語場面で強かった「丁寧に話すこと」への意識が希薄になった と指摘している。さらに、接触場面に見られるダ体の出現について、ポジティブ・ポライ トネスであると言えるかという疑問が生じており、接触場面ではポライトネス理論の枠組 みだけでは説明し切れないシフトが生じていると結論付けている。
陳(2004a)は、初対面同士の16組の母語場面と接触場面におけるスピーチレベル・シ
フトを比較した。その結果を、以下の4点に示している。
①シフトしたままの「ダ体発話」の比率が母語会話より高い。
②母語会話で「ダ体発話」ヘシフトしやすい8つの状況のうち「情報内容の自己訂正 を行う時」と「相手の発話内容に感嘆を示す時」の2つが、学習者に関してはそう とは認められない。
③学習者の「ダ体発話」へのシフトには日本語能力の不足も関わっている。
④母語会話と同じ状況での「ダ体発話」へのシフトでも学習者のシフトは必ずしも心 的距離の短縮になるとは限らない。 (陳, 2004a: 18)
上記の結果から、上級学習者でも対人関係の調節にスピーチレベル・シフトが十分に活 用できていないと指摘されており、その原因は、学習者はスピーチレベル・シフトを十分 に意識化していないためだとされている。
林(2005)は、母語場面と接触場面(台湾の日本語学習者と日本語母語話者)の初対面 会話を収集し、母語場面におけるベース話者と接触場面における学習者のベース話者の目 上・同等に対するスピーチレベルを比較した。分析の結果、両場面のベース話者は、対同 等より対目上のほうが丁寧体を比較的に多く使用している点で共通しているが、母語場面
(対目上)のベース話者のみ丁寧体の使用率が 50%を超えている(60.9%)ことを指摘し ている。すなわち、母語場面(対目上)のベース話者を除くと、「無標スピーチレベル」の
同定ができないということである。これは「丁寧度を示すマーカーのない発話」の使用が 非常に多い(20%~40%)点が考えられる。また、母語話者のベース話者は対話者の年齢 に応じた丁寧体と普通体の使用割合の変化の幅が、学習者のベース話者より大きいことが 示された。これにより、母語話者のベース話者は対話者の年齢という力関係により強く影 響され、それが文末スピーチレベルの選択に反映されていると強調している。
一方、初対面の非自由会話に関する研究として、佐藤(2000)が挙げられる。
佐藤(2000)は、母語話者と学習者(大学生)に、文化による習慣や考え方の違いにつ いての様々な話題を含んだテレビ番組の録画ビデオを見せたうえで、その内容についての 話し合い(母語場面と接触場面)を収集して分析した41。その結果、母語場面と違い、「適 語探索」42によるスピーチレベル・シフトは学習者にのみ認められたことを示している。ま た、学習者は母語話者に比べて、定型的省略、中途終了と独話の3要因が極めて低率であ ることを示し、その原因として、多くの学習者は「これらの要因による非丁寧体使用につ いての知識や訓練が欠落している」(佐藤, 2000: 25)ことが指摘されている。さらに、学習 者の会話に頻出する引用止めなどの発話末形式の使用によるシフトの大半は、シフトした 要因が不明であることが指摘され、これはスピーチレベル操作についての知識の欠如と言 語運用能力の不足によるということが提示されている。
41 佐藤(2000)によると、24名の日本語学習者の母語の内訳は、韓国語7人、中国語6人、バング ラ語1人、モンゴル語2人(1人は中国語・モンゴル語の両方を母語とする)、ドイツ語1人、ベラ ルーシ語1人、フィンランド語1人、フィリピン語1人(同時に英語母語話者)、英語5人、ポルト
ガル語1人、である。
42 「適語探索」とは、「自分の用いようとする語句が適切であるかどうかを確認する、語意を示して
適切な語句を問う、などの場合」(佐藤, 2000: 23)のことを指す。
2.5.2 母語話者と学習者の発話末表現の認識に関する比較研究
佐藤・福島(1998)43は、日本語母語話者と学習者はフォーマルな対談における発話末表 現の待遇レベル認識の違いに焦点を当て、発話末表現の自然さ評価を行った44。分析の結 果、終助詞「ね」「よ」を伴う発話末表現の待遇レベルについての認識が学習者と母語話者 とで大きく違っており、学習者は終助詞「ね」「よ」の用法が必ずしも正しく理解されてい ないことが指摘されている。すなわち、母語話者と比較して、学習者は改まった会話で丁 寧体に終助詞を付けて用いることを過度に不自然と見なす傾向がある一方、同じく改まっ た会話で普通体に終助詞を付けて用いることの不自然さについては十分に認識していない ことが示される。