第 6 章 中国人日本語学習者のスピーチレベルとスピーチレベル・シフトの使用意識
6.3 アンケート調査の結果分析と考察
6.3.2 日本留学後のスピーチレベル・シフトに関する使用意識の変化
本節では、日本留学経験者(20名)に向けた質問11~14を分析する。質問11(日本留 学経験の有無)と12(日本留学期間)を表6-1と6-2に示したため、以下は自由記述の質 問13と14を分析する。
表6-12 質問13の結果
教科書の知識と実際の会話におけるスピーチレベル・シフトの相違点 1.口語体・
方言・略語の 多用
口 語体を多く使用する(CSF9)、日常会話ではよく方言と略語を使用する
(CSF5)、単にスピーチレベル・シフトの問題ではなく、日本語母語話者の使用 する日常的な略語ができないことが実際の問題である(CSF3)
2.スピーチ レベル・シフ
トの巧みさ
日本語母語話者は上下関係/親疎関係により巧みにスピーチレベル・シフトを使 用している。たとえ上下関係にしても公的場面では丁寧体、私的場面では普通体 の使用が見られる(CSF16)
教科書では簡単に(スピーチレベルの)区別だけを説明した。実際の会話では もっと巧みに使用する。日本語母語話者同士の会話を観察すると、場所/場面によ りスピーチレベルをシフトしていることが分かった。(しかし)日本語母語話者 との会話では、目上は私(目下)に対して「です・ます体」を使用し、逆に私は 目上に対してよく無意識的に普通体を使うことがある。もちろん書く時はできる だけ「です・ます体」を使う(CSF15)
教科書ではスピーチレベル・シフトがあまり見られず、実際のコミュニケーシ ョンでは気づいた(CSF18)
日本語母語話者と接触してから、スピーチレベル・シフトがよく使用されてい ることに気づいた。しかし、学習者にとって概ね場面/対象により(スピーチレベ ルを)区別するしかない(CSF20)
3.スピーチ レベルの維持
日本語母語話者は、外国人は日本語の変形がうまく身につかないと考慮した上 で、普通体を使う(CSM6)、日本で「です・ます体」を使用する機会が「だ・で ある体」より多いような気がする(CSF4)
日本語母語話者は一つのスピーチレベルを長く維持することができるから、突 然のシフトにより何かを強調しているのかもしれない、あるいは何らかの効果を 持ち出すのではないかと思う。こう考えたのは自分の研究と似ており、興味を持 っているからである。しかし、自分は会話する時、伝えようとする内容に集中し ているから、シフトの機能という問題を考える余裕がない(CSF11)
表6-12は質問13の結果を表している。表6-12によると、実際の会話における学習者の スピーチレベル・シフト使用の特徴として、1.口語体・方言・略語の多用、2.スピーチ レベル・シフトの巧みさ、3.スピーチレベルの維持の3点が挙げられる。
日本へ留学した後、日本語母語話者とコミュニケーションする機会が多くなるにつれ、
日本語母語話者の使用するスピーチレベル・シフトの複雑さに気づいてくる学習者が多く なることがわかる。その複雑さに関しては、具体的に語彙レベルにおける口語体・方言・
略語の多用(CSF3、CSF5、CSF9)と、談話レベルにおける参加者の属性とスピーチレベ ル・シフトの関係(CSF15、CSF16)により反映される。「単にスピーチレベル・シフトの 問題ではなく、日本語母語話者の使用する日常的な略語ができないことが問題である」
(CSF3)と述べているように、語彙レベルとスピーチレベル・シフトは切っても切れない 関係を有している。また、実際の会話は教科書での説明と異なり(CSF15、CSF18)、場面 や相手との関係(上下関係/親疎関係)などの社会的要素を考慮したうえでスピーチレベ ルを選択することの必要性が示される85。
さらに、スピーチレベルの維持について分析すると、例えば、「日本語母語話者は、外国 人は日本語の変形がうまく身につかないと考慮した上で、普通体を使う」(CSM6)のよう に、母語話者は外国人日本語学習者の日本語能力を知らないため、一概にフォリナートー クを用い、結果的に普通体を多用しシフトの生起が見られない可能性がある。この点は、
伊集院(2004: 21)の「会話相手が非母語話者であると認知した時点で、母語話者対日本語 学習者という構図が浮かび、日本語の敬語体系の複雑さや、非母語話者の話し方に対する ステレオタイプ的な見方から、「デス・マス体の話し方は非母語話者には難しいだろう」と 判断した」という結果と整合している。そして、「日本で「です・ます体」を使用する機会 が「だ・である体」より多いような気がする」(CSF4)という原因として、学習者は日本で は、大学の先生やアルバイト先のお客などの目上との接触が比較的に多いことが挙げられ る。そのほか、上級学習者であっても、スピーチレベルを意識し続けることの困難さとい うことを自由記述(CSF11)によっても観察できた。この点については、学習者個別に問題 点を発見し指導することが肝要であると三牧(2007)が指摘した。
85 第7章「スピーチレベルの使用に関する日中比較」における談話完成テストを参照のこと。
表6-13 質問14の結果
日本留学後のスピーチレベル・シフトの使用意識の変化 1.スピーチレベ
ル・シフトの練習
日本語母語話者の話し方に近づこうとするために、スピーチレベル・シフ トを流暢に使用することに努力する、あるいはシフトの練習をする(CSF9)
2.対話者の社会 的属性による判断
対話相手の年齢/上下関係を判断してから、スピーチレベルを選択するよ うになった(CSM6)、対話者との関係を判断してから、どのスピーチレベル を選択するかを決める(CSF16)、授業では丁寧体を使わなければならない
(CSF1)、先生に対して会話する時、敬語を使用する(CSF5)
二人は仲が良いにもかかわらず、(「です・ます体」を使い続けることは)
相手にストレスを与える。日本人の若者同士は普通体を使いこなしている が、(留学生の)私に気を遣い「です・ます体」の使用を維持する。その後、
「だ体」を使ってみたが、相手は依然として「です・ます体」を維持してい ることに気づいた。また、「だ体」は相手との距離が縮められるという教師 からの指導は正確だが、会話の対象/場面を考慮せずに普通体を使うことが できない。(例えば)アルバイト先の知り合いはお客に対して普通体を使っ たということは非常識だと思った(CSF11)
日本語におけるスピーチレベル・シフトによって、話し手と聞き手との関 係を反映することができる。例えば、普通体を使うことで、相手と親しくな りたいという心理を表出でき、「です・ます体」では逆に相手と一定の距離 を保つ(CSF20)
3.普通体の使用
普通体を多用するようになった(CSF2)、感嘆(例えば、「かわいい」、「す ごい」)の場合、たとえ正式場面/目上に対しても「です・ます体」を使わな い(CSF18)
4.学習者自身の 評価
目上の母語話者と会話する場合、目上の対話者は目下の私に「です・ます 体」を使用することがあるが、私はよく無意識的に普通体を使ってしまう。
(自分の)スピーチレベル・シフトの使用はあまり良くないと思う(CSF15)
5.その他 意識が変わったが、うまく説明できない。とにかく教科書から学んだ知識
はあまり使用しない(CSF3)
表6-13は質問14の結果を表している。表6-13からわかるように、中国人日本語学習者 は留学を契機に、日本語母語話者のスピーチレベル・シフトの複雑さに気づき、学習者自 身のスピーチレベル・シフトの使用意識に影響を受けている。
具体的には、日本語母語話者とうまくコミュニケーションを取るために、スピーチレベ ル・シフトに関する練習をしたり(CSF9)、スピーチレベル・シフトを使用する前に相手 との関係や場面などの社会的属性を判断するようになったり(CSM6、CSF16)、普通体の 使用範囲が明確になったりする(CSF18)などのことが見られた。また、母語話者との会 話を通して、学習者は内省しながら自身の問題点(6.3.3 節を参照)を見出した(CSF15)
ことが観察できた。つまり、CSF15は目上に対して無意識に普通体を使用したことが不適 切であることに気付いた。目上に普通体を使用する原因にについて、鈴木(1997: 71)は、
学習者の中には、「日本語の母語話者も、目上でも親しい相手には普通体を使っているでは ないか」という誤解を抱いている者が少なくないことを指摘している。そこで、目上に対 する社会言語学的規範を学習者に明示的に提示する必要がある。さらに、使用意識という 主観性を持つものを考えてもうまく説明できないという記述が見られ、結果的に教科書で のスピーチレベル・シフトに関する知識は、母語話者との会話であまり使用されていない
(CSF3)という食い違いが示された。
以上から、中国人日本語学習者は日本留学後、スピーチレベル・シフトの使用意識が高 まる傾向にあると言える。