第 7 章 スピーチレベルの使用に関する日中比較
7.3 談話完成テストの結果分析と考察
7.3.2 日中のスピーチレベルの使用状況
7.3.2.3 断り場面における日中のスピーチレベルの使用状況
表 7-6を参照すると、日本語母語話者は中国人学習者より語彙と表現の使用が比較的豊 富であることが観察される。上記の回答から、目上に対する場合、母語話者は依頼表現の ほか、数多い且つ豊富な付加表現を使用しているのに対し、学習者は「書いていただけま せんか」形を中心とする依頼表現を使用していることがわかる。これには、日本語教育で 依頼の文型を暗記してそのまま定着している可能性があると考えられる。
また、母語話者は親・同に対して、依頼の慣用表現「~てくれない?」、「いいかな?」
や「~てもいい?」などの表現類型を頻繁に多く使用している。その他、「見せて欲しいん だけど」(JF1)、「見せてほしいんやけど」(JF6)、「風邪で休んどったんよ。あと、宿題と かあった?ありがとう。」(JF20)などのような付加表現が観察された。その中で、縮約形
(「やけど」、「やってん」)、終助詞の使用(「休んどったんよ」)などのような口語的特徴を 持つくだけた表現を多く用いていることも見られた。それに対し、学習者は「~てもらえ る?」、「~てくれない?」や「~ていい?」などの表現類型を中心に使用しているが、く だけた表現の使用は非常に少ないことが観察された。
さらに、母語話者は目下に対して、「代わって貰えると嬉しいんだけど」(JF1)、「急で悪 いんだけど、用事が入ってしまったんだよね。」(JF2)、「シフト入れる余裕ある?めっちゃ 急な連絡でごめん!どうしてもはずせない用事があって…○○にしかたのめなくて…」
(JF6)などのような付加表現が多く見られた。そのうち、縮約形(「やけど」、「めっちゃ」、
「てくれん」)、終助詞の使用などの口語的特徴の持たれるくだけた表現を多く用いている。
それに対し、学習者は「交代してもらう?」(CFA28)、「シフト相談です。明日用事があり ますので交代することとかできるの?」(CFA22)のような依頼表現のみを使用しているこ とが観察された。
以上から、母語話者と学習者は同じ発話末スピーチレベルを使用したにもかかわらず、
依頼表現以外の付加表現、親しい相手に対するくだけた表現などの使用においては相違し ていることが観察された。
表7-7 断り場面における日中の回答例
母語話者 学習者
親・上
・先生、その日は用事があってどうし てもできそうにありません。すみませ ん。(JF1)
・先生、その日は用事があってアルバ イトはできません。他の人にアルバイ トをお願いできませんか?(JF2)
・先生、その日は用事があって実験補 助に参加することができません。すい ません。別日であれば参加できると思 います。(JF6)
親・上
・先生、その日は用事があって本当に すみませんが、ほかの日は大丈夫で す。(CMA8)
・先生、その日は用事があって行けな くなって、申し訳ありません。(CFA9)
・先生、その日は用事があって、とっ ても残念ですが、今回は行けません。
(CFA28)
疎・上
・先生、その日は用事があってアルバ イトはできません。他の人にアルバイ トをお願いできませんか?(JF2)
・先生、その日は用事があって参加で きません。申し訳ありません。別日で あれば参加できると思います。(JF6)
・先生、その日は用事があって参加が 難しいです。すいません。(JM17)
・先生、その日は用事があってどうし ても参加することができません。せっ かく声を掛けて頂いたのに、申し訳あ りません。(JF20)
疎・上
・先生、その日は用事があって参加で きないようです。また機会があったら 呼んでください。(CFA6)
・先生、その日は用事があって行けな くなって、先生に大変ご迷惑をおかけ しまして、申し訳ありません。(CFA9)
・先生、その日は用事があって、とっ ても残念ですが、お頼まれたアルバイ トの件はできません。お役に立てずに 申し訳けございませんが、また次回か らもよろしくお願いいたします。
(CFA28)
親・同
・その日は用事があって行けんわ。申 し訳ない。(JM4)
・その日は用事があってどうしても 行けない。ごめん。またさそって!!
(JF6)
・その日は用事があって行けんわ、ご めん。他の人にあたってみてくれる?
親・同
・その日は用事があって行けないの。
ごめん。(CFA6)
・その日は用事があって明後日はい い?(CMA8)
・その日は用事があってごめん!大 丈夫、代わりに○○にお願いした。
(CFA20)
(JM11)
・その日は用事があって行けんわ。す まん。(JM15)
・その日は用事があって、ちょっと難 しいね。(CFA23)
・その日は用事があってダメなんだ。
また今度ね。(CFA28)
疎・同
・その日は用事があって受付はでき ないなあ。他の友達に頼めないかな。
(JF2)
・その日は用事があって行けそうに ないんだよね…ごめんね。(JF3)
・その日は用事があって難しいんだ よね。本当申し訳ないけど、ごめん。
(JM4)
・その日は用事があって行けない。ご めん。でも、声掛けてくれてありがと う。(JF20)
疎・同
・その日は用事があって行けない。ま た何かあったら呼んでね。今度はごめ んなさい。(CFA6)
・その日は用事があって行くことが ちょっとむずかしいと思いますけど。
(CFA17)
・その日は用事があって行けない…
ごめん。(CMA18)
・その日は用事があって研究会の参 加は難しくて、申し訳ありません。
(CFA27)
親・下
・その日は用事があって交代できな い…交代したいのはやまやまなんだ けど、ごめんね。(JF3)
・その日は用事があって交代できな い!ごめん!!他に交代のあてあ る?(JF6)
・その日は用事があってできそうに ない~(泣)ごめん~」(JF7)
・その日は用事があってかわれない
…すまん。(JM13)
親・下
・その日は用事があってすみません、
ほかの日なら大丈夫です。(CMA8)
・その日は用事があって行けないの よ。ごめんね。(CFA10)
・その日は用事があって、ごめんなさ い。他の人に聞けば?(CFA15)
・その日は用事があってむずしなな ぁ…(CMA18)
疎・下
・その日は用事があって交代できな い。ごめんね。他の人に聞いてみて。
(JF2)
・その日は用事があって交代は難し そうなんよね、本当にごめんね。(JF3)
・その日は用事があって代われん…
疎・下
・その日は用事があってこられない。
本当にごめん。(CFA6)
・その日は用事があって行けないで すよ。ごめんね。(CFA10)
・その日は用事があってバイトに行 くことがちょっとむずかしいと思い
申し訳ない。(JF5) ますけど。(CFA17)
・その日は用事があってシフトの交 代が難しくて、申し訳ありません。
(CFA27)
表 7-7を参照すると、日本語母語話者は中国人学習者より語彙と表現の使用が比較的豊 富であることが観察された。
母語話者は親しい目上に対して、謝罪の慣用表現「すいません」、「すみません」、「申し 訳ありません」や「ごめんなさい」などの表現類型を非常に多く使用しているとともに、
「他の人にアルバイトをお願いできませんか?」(JF2)、「別日であれば参加できると思い ます。」(JF6)のように断りの後、目上の面子を潰さないような付加表現も観察された。一 方、学習者は親しい目上に対して、謝罪の慣用表現「申し訳ありません」と「すみません」
のみを中心に断りを行っている。すなわち、母語話者は学習者より親・上に対する謝罪表 現が比較的に豊富且つカジュアルであると言える。
また、母語話者は親しい同等に対して、「ごめん」、「申し訳ない」や「すまん」などの表 現類型を使用しているとともに、「またさそって!!」(JF6)、「他の人にあたってみてくれ る?」(JM11)のような付加表現、さらに、「行けんわ」(JM15)のようなくだけた表現が 数多く観察された。一方、学習者は親しい同等に対して、慣用表現「ごめん」という表現 類型を中心に使用しているほか、「その日は用事があってダメなんだ。また今度ね。」
(CFA28)、「明後日はいい?」(CMA8)、「大丈夫、代わりに○○にお願いした。」(CFA20)
などの付加表現が見られた。
さらに、母語話者は目下に対して、慣用表現「ごめん」、「すまん」や「申し訳ない」な どの表現類型を使用しているとともに、「他に交代のあてある?」(JF6)のような付加表現 を使用している。その他、終助詞の使用(「や」、「ね」など)、「できそうにない~(泣)ご めん~」(JF7)に見られるカッコ文字「(泣)」の使用を通して、カジュアルな雰囲気を作 り、親しい目下に対する待遇度を示している。このような記号について、佐竹(2002)は、
自分の気持ちに誤解を招かずに相手に伝えようとしたとき、感覚的に伝えることができる 便利な文字(記号)であると説明している。一方、学習者は目下に対して、慣用表現「ご めん」と「すまん」という表現類型のみを使用している。また、「その日は用事があって、
ごめんなさい。他の人に聞けば?」(CFA15)が示したように、丁寧体と普通体の混用が見 られた。この現象は、親しい同等に対する回答と同様、中国人学習者の回答でのみ観察さ
れた。今後の日本語教育では、スピーチレベル・シフトに関する指導が必要である。
以上から、母語話者と学習者は同じ発話末スピーチレベルを使用したにもかかわらず、
断り表現以外の付加表現、親しい相手に対するくだけた表現、丁寧体と普通体の切り替え などの使用において相違していることが見られた。