第 7 章 スピーチレベルの使用に関する日中比較
7.3 談話完成テストの結果分析と考察
7.3.1 日中のスピーチレベルの使用傾向
図 7-1は、日本語母語話者と中国人日本語学習者が回答する発話文数の比較を示したも のである90。
図7-1 日中における発話文数の比較
図7-1によると、場面と対話相手を問わず、全体的に日本語母語話者は中国人学習者よ り発話文を非常に多く使用していることがわかる。また、母語話者は普通体と中途終了型 を多く使用している一方、学習者は丁寧体の使用が比較的に多いことが観察される。
次の表7-3と表7-4は、各場面において、日本語母語話者と中国人日本語学習者の発話 文末における丁寧体、普通体と中途終了型の使用回数を示したものである。
90 談話完成テストの結果、発話文と認定できないのは1文のみであった。具体的には、学習者CMA18 は、謝罪場面で、親・同の相手に対して「電車の事故で30分遅れてしまって、sorry!」のように、
文末に英語で完結していることが観察された。
348
521
30 0
918
473
138
10 1
622
0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
丁寧体 普通体 中途終了型 発話文ではない 総発話文数
発話文数
母語話者 学習者
表7-3 日本語母語話者の発話文末におけるスピーチレベルの使用回数91
相手と の関係
場面
謝罪 依頼 断り
丁寧体 普通体 中途
終了 丁寧体 普通体 中途
終了 丁寧体 普通体 中途 終了 親・上 59 0 0 32 0 2 55 0 0 疎・上 57 0 0 34 0 0 50 0 2 親・同 1 61 0 0 33 3 0 51 1 疎・同 18 39 4 4 28 4 9 42 1 親・下 4 58 0 1 38 4 0 55 0 疎・下 7 43 2 12 23 6 5 50 1
上下関係
(丁寧体/普通体)
目上 287/0 同等 32/254 目下 29/267
親疎関係
(丁寧体/普通体)
親 152/296 疎 196/225
表7-4 中国人日本語学習者の発話文末におけるスピーチレベルの使用回数
相手と の関係
場面
謝罪 依頼 断り
丁寧体 普通体 中途
終了 丁寧体 普通体 中途
終了 丁寧体 普通体 中途 終了 親・上 38 0 0 32 0 0 32 0 0 疎・上 38 0 0 33 0 0 33 0 0 親・同 21 15 0 6 24 0 13 19 3 疎・同 37 1 0 29 1 0 29 5 1 親・下 16 18 0 15 18 1 12 26 2 疎・下 31 4 1 31 1 1 27 6 1
上下関係
(丁寧体/普通体)
目上 206/0 同等 135/65 目下 132/73
親疎関係
(丁寧体/普通体)
親 185/120 疎 288/18
91 表7-3と7-4におけるスピーチレベルの使用回数は全て述べ回数のことを指す。
7.3.1.1 上下関係からみる日中のスピーチレベルの使用傾向
図 7-2は、上下関係からみる日本語母語話者と中国人日本語学習者の丁寧体と普通体の 使用割合92を示したものである。
図7-2 上下関係からみる日中の丁寧体と普通体の使用割合
図 7-2を参照すると、母語話者と中国人学習者は、全体的に目上に対して丁寧体のみを 使用している点で共通していることがわかる。また、対同等・目下の場合においては、日 中ともに丁寧体と普通体をほぼ同程度に使用していることが観察される。
また、母語話者は、目上に対して丁寧体を最も多く用いており(82.5%)、同等・目下に 対する丁寧体の使用率はわずか9.2%と8.3%に過ぎない。一方、中国人学習者は目上に対 して丁寧体の使用率が半分にも達しておらず、同等・目下に対する丁寧体の使用率がとも
に28%前後を占めている。このことから、日中における丁寧体の使用に大きな差異が見ら
れた。
すなわち、母語話者は中国人学習者と比較して、上下関係に関する意識が強いことが観 察できた。言い換えると、中国人学習者は母語話者のような整然とした上下関係の持つ社 会言語学的規範に関する知識が欠けていることが見て取れる。
92 本章では、目上・同等・目下に対する丁寧体が全ての丁寧体の発話文に占める割合を示した。普 通体の場合も同様である。
0 0
43.6
82.5
47.1 48.8
28.5
9.2
52.9 51.2
27.9 8.3
学習者/普通体 母語話者/普通体 学習者/丁寧体 母語話者/丁寧体
0 20 40 60 80 100%
目上 同等 目下
この点について、三牧(2013)は、「日本語のスピーチレベルを規定する種々の要因のう ち、上下関係や親疎関係などのうち、どの要因を優先すべきかについては、明確な基準は なく、各自がその都度判断しなければならない実態が、本研究の結果からも窺える」(pp.
133-134)のように指摘しており、本研究と異なる結論を示している。これは、日本語母語 話者の大学生の初対面会話を分析した三牧(2013)が同学年・異学年、初対面(疎)とい う上下・親疎関係に設定しただけで、親しい間柄同士に関する考察がされていないことに よると考えられる。
上記から、母語話者と中国人学習者は、対話相手との上下関係に応じたスピーチレベル の使用傾向が異なっていると言える。
7.3.1.2 親疎関係からみる日中のスピーチレベルの使用傾向
図 7-3は、親疎関係からみる日本語母語話者と中国人日本語学習者の丁寧体と普通体の 使用割合を示したものである。
図7-3 親疎関係からみる日中の丁寧体と普通体の使用割合
図7-3を参照すると、母語話者は、親しい相手と親しくない相手に対する丁寧体、普通 体の使用割合にばらつきが小さいことがわかった。一方、中国人学習者は、親しい相手と 親しくない相手に対する丁寧体と普通体の使用割合に大きなばらつきが見られた。具体的 に丁寧体の使用において、親しい相手に対して4割近く使用しており(39.1%)、あまり親
87.0 56.8
39.1 43.7
13.0 43.2
60.9 56.3
学習者/普通体 母語話者/普通体 学習者/丁寧体 母語話者/丁寧体
0 20 40 60 80 100%
親 疎
しくない相手に対して60%を超えている(60.9%)。また、普通体の使用において、親しい 相手に対しては8 割近く使用している(87.0%)のに対し、あまり親しくない相手に対し てはわずか13.0%に過ぎないことが観察された。
この点について、鈴木(1997)に示された「日本語の学習者は、親しくなった相手に対 して、普通体を使おうとする傾向がある」(p. 70)と同様な結果が得られた。上記のことか ら、中国人学習者は母語話者より親疎関係に関する意識が極めて強いことが観察できた。
また、上仲(2007)の「Cの場合は社会的上下関係や役割よりも心的距離の大小を優先さ せてスピーチレベルの選択を行う傾向があった」(p. 151)(C:調査した中国語母語話者)
という結果と整合している。さらに、今村(2014)に示された「中国語母語話者は、話が 盛り上がったり、相手に親しみを感じたりした場合に、規範に対して意識が薄くなり、自 分が感じる規範意識の運用ができなくなる」(p. 79)という結果とも一致している。
上記から、母語話者と中国人学習者は、親疎関係に応じたスピーチレベルの使用傾向が 異なっていると言える。
7.3.1.3 上下・親疎関係の組み合わせからみる日中のスピーチレベルの使用傾向
図 7-4は、上下・親疎関係の組み合わせからみる日本語母語話者と中国人日本語学習者 の丁寧体と普通体の使用割合を示したものである。
図7-4 上下・親疎関係の組み合わせからみる日中の丁寧体と普通体の使用割合 0
0
21.6 42.0
0 0
22.0
40.5
42.0 27.8
8.5
0.3
5.1 20.9
20.1
8.9
44.9 29.0
9.1
1.4
8.0 22.3
18.8 6.9
学習者/普通体 母語話者/普通体 学習者/丁寧体 母語話者/丁寧体
0 20 40 60 80 100%
親・上 疎・上 親・同
疎・同 親・下 疎・下
図7-4を参照すると、母語話者と中国人学習者は、親・上と疎・上に対して丁寧体のみ を使用している点で共通していることがわかった。すなわち、日中ともに目上に対する時、
相手と親しい間柄を持つか否かを問わず、普通体を避けるという目上への「丁寧」の意識 が表出されていることが見て取れる。
一方、対親・同、疎・同、親・下、疎・下の場合、日中に大きな相違が見られた。母語 話者は、親・同、疎・同、親・下、疎・下に対してほぼ同程度で普通体を使用している(対 親・同:27.8%、対疎・同:20.9%、対親・下:29.0%、対疎・下:22.3%)。一方、中国人 学習者は、親・同と親・下に対する普通体の使用率が合わせて80%を超えている(対親・
同:42.0%、対親・下:44.9%)のに対し、疎・同と疎・下に対する普通体の使用率はわず か5.1%と8.0%しか占めていない。これにより、母語話者は上下関係に関する意識がより 強いのに対し、中国人学習者は親疎関係に関する意識がより強いことが観察できた(7.3.1.1 節、7.3.1.2節と同様)。
また、母語話者と中国人学習者は、親・上、疎・上、疎・同、疎・下の相手に対して使 われる丁寧体の使用傾向が異なっていることがわかる。具体的には、母語話者は、親・上 と疎・上に対する丁寧体の使用率が合わせて全体の80%を超えている(対親・上43%、対 疎・上 41%)。次に、対疎・同、疎・下、親・下の順に、丁寧体の使用が少なくなり(対
疎・同9%、対疎・下6%、対親・下1%)、さらに、対親・同の場合の使用率はほぼ0%(わ
ずか1例)に至ったのである。それに対し、中国人学習者は、親・上、疎・上、疎・同、
疎・下に対して使用される丁寧体の割合は全て20%前後を占めており(対親・上22%、対 疎・上22%、対疎・同20%、対疎・下19%)、対親・同と親・下の場合、丁寧体の使用率 はそれぞれ8%と9%に過ぎないことが観察された。
以上のことから、日中ともに親・同と親・下に対して使用される丁寧体の割合は極めて 低いことがわかった。一方、母語話者は、対親・上と疎・上の場合、丁寧体の使用が集中 されているのに対し、中国人学習者は、対親・上、疎・上、疎・同、疎・下の場合を区別 せず、丁寧体を同程度に使用している。すなわち、中国人学習者は疎・同と疎・下に関す る認識が母語話者と異なることが観察できた。この点からも、中国人学習者は親疎関係に 関する意識がより強いという結果が裏付けられよう。
まとめると、母語話者と中国人学習者は、対話相手との上下・親疎関係の組み合わせに 応じたスピーチレベルの使用傾向が異なっていると言える。