第 2 章 先行研究の概観および研究課題
2.3 日本語母語話者のスピーチレベル(シフト)に関する先行研究
本節では、幼児・児童のスピーチレベルの習得に関する研究と、日本語母語話者同士の 初対面会話を資料とする研究を概観する。前者には、家庭での習得に関する研究(Fukuda 2005)と、学校での学習による実態調査(Cook 1996、岡本1997、岡崎他2015)がある。
後者には、社会人同士の初対面会話を代表する宇佐美の一連の研究(宇佐美 2001a、宇佐
美2001b、Usami 2002)と、大学生同士の初対面会話を代表する研究(三牧2002、三牧2013、
陳2003)がある。
は敬体であると認定できる。さらに、敬体の使用率が50%を超えているため、宇佐美(2001a)の定 義に従い、「無標スピーチレベル」も敬体であると同定できる。
31 本研究では、三牧(2013)を参照し、文末スピーチレベルが明示されている分布(すなわち、丁 寧体と普通体の2種類)のみに注目、そのうち、50%を超えるものを「無標スピーチレベル」とす る。詳しくは第3章3.2節を参照のこと。
2.3.1 幼児・児童のスピーチレベル習得に関する研究
Fukuda(2005)は、3歳の幼児が同年代の幼児との遊びの会話を分析した。その結果、3
歳の幼児は公的場面と私的場面を区別する社会言語学的能力を持っており、特定の社会的 役割を演じる際と公的場面で発言する際に丁寧体を用いていると示している。
一方、家庭での習得のほか、社会言語的能力を育成する学校での研究を概観する。
田所(2015)は、幼稚園における幼児の日常生活に注目し、丁寧体習得に関わる要因に ついて、保育者を対象として意識調査を行った。その結果、丁寧体を習得した要因として、
以下のような3点が挙げられている。
集団生活の中で、人前で話す機会が生じるために、改まりの場で話す経験が増えるこ と、社会的ルールが存在するため、慣習的な言動に従う/逸脱する場面が生じること、
遊びや役割を通して、自分のキャラクターが多様化すること
(田所, 2015: 23-24)
Cook(1996)は、小学校3年生のスタイル運用を調査した結果、児童は丁寧体と普通体
を使い分けることで、授業における「発表」を完成していることを報告している。また、
丁寧体は他者に対して何らかの社会的役割を担っていることを、普通体は話し手が本来の
「個人」であることをそれぞれ指標するとしている。
岡本(1997)は、小学校3年生の国語科の授業に現れる丁寧体と普通体を分析した。そ の結果、教師と児童は丁寧体と普通体を使い分けることで、現行場面がフォーマルかイン フォーマルか、発話相手がクラス全体か特定の児童か、教師/生徒として発話するか個人 として発話するか、対人関係で相手をソト扱いするかウチ扱いするかなどを、区別してい ることを示している。さらに、文体シフトには、「教師は丁寧体により生徒の発話を制御し、
普通体によって生徒の発話を引き出す」(岡本, 1997: 49)効果があると指摘している。
岡崎他(2015)は、対話型テストにおけるテスターと児童のやりとりをデータとし、複 数の学年の児童を対象としたスタイル運用の実態調査を行った。その結果、丁寧体の使用 は学年が上がるにつれて徐々に増えていくことを指摘している。また、児童のスタイル使 用は直前のテスターと同調していることを示している。つまり、テスターの丁寧体での質 問に対し、児童も丁寧体で答えることにより改まった態度を取っていることを指標する一 方、テスターが普通体を用いた場合には、児童も普通体を用いる傾向が見られた。
2.3.2 社会人同士の初対面会話に関する研究
宇佐美(2001a、2001b)、Usami(2002)は、対話相手の年齢、性別を条件統制して組み
合わせた72組32の社会人初対面会話のデータに基づき、ディスコース・ポライトネス理論 を用い、スピーチレベルとスピーチレベル・シフトを分析した。
その結果、宇佐美(2001b)は、全体的に各会話とも約 60~70%が尊敬語あるいは敬体 を含む発話であるため、社会人同士の初対面会話における「無標スピーチレベル」は敬体 であることが同定できると結論付けている。これによって、尊敬語と敬体の使用は無標ポ ライトネスとしてのディスコース・ポライトネスの一部を形成していると指摘している。
また、ベース話者33は目下に対して有意に多く常体を含む発話を使用していたことから、
有標ポライトネスとして相手への待遇をより顕著に反映しているのは、尊敬語などの使用 ではなく、常体であることが明らかになったと指摘している。さらに、丁寧度を示すマー カーのない発話は総発話文数の約25~30%を占めており、対目上と対目下という話者間の 年齢、社会的地位が非対称的な会話ではより多く使われていると指摘している。その機能 は上下関係を明示することを避けたいという現代日本人の、平等を重んじる価値観の反映 ではないかと解釈している。
一方、スピーチレベル・シフトの結果をみると、宇佐美(2001a)は、ダウンシフトは性 別による有意差が見られず年齢による差のみがあり、それは目上には使いにくく、目下に 使いやすいこととして示されている。それに対し、アップシフトに関しては、目下は対話 相手が一旦下げたスピーチレベルを基本状態に戻す割合が高いが、目上も一旦自分で下げ たスピーチレベルを元に戻そうとしていることなど、ディスコース・ポライトネスを構成 する要素の機能が明らかになったと結論付けている。
32 宇佐美(2001a、2001b)、Usami(2002)は、12名の35歳前後のベース話者のインフォーマント
(女性)に、それぞれ同性の「目上(45歳)」、「同等(35歳)」、「目下(25歳)」、異性の「目上(45 歳)」、「同等(35歳)」、「目下(25歳)」の計6通りの相手を割り振り、約15分ずつの会話、合計72 組の会話を採集した。
33 宇佐美まゆみ監修(2018)『BTSJ 日本語自然会話コーパス(トランスクリプト・音声)2018 年 版』における「2. 本コーパスに収録されているデータの情報一覧」にある「③話者情報の注(話者 記号の説明)」によると、「B: baseベース」を「同じ人がそれぞれ異なる条件で異なる相手と会話を する場合の元になる人」(エクセルの表にある、ページ数が無)と指す。
一方、宇佐美(2001a、2001b)は、「ベース」と「ベース話者」を統一せず使用している。本研究 では、初対面会話での重要な参加者として位置づけるため、「ベース話者」という用語を採用するこ ととした。なお、便宜のため、先行研究における用語を全て統一して「ベース話者」と表記する。
さらに、対話相手からのシフトか自分の発話からのシフトかという観点から分析した
Usami(2002)は、どちらのシフトを問わず、ダウンシフトでは年齢による有意差が見られ
たと提示している。だが、ベース話者は同等・目下に対してダウンシフトが多いのに対し、
対話相手は目下に対してのみダウンシフトが多いという相違点を指摘している。この相違 点に関して、Usami(2002)は話者が対話相手の年齢をどのように予測するかによると結論 付けている34。
2.3.3 大学生同士の初対面会話に関する研究
三牧(2002)は、日本語母語話者の大学生同士の初対面会話をデータに、ポライトネス 研究における「社会的規範」と「個人のストラテジー」の2側面から基本的待遇レベル35の 設定を分析した。その結果、社会的に同等の相手との会話では、参加者双方が同一の基本 的待遇レベルを選択したことがわかった。また、参加者双方は類似した各待遇レベルの比 率を示すことにより、強力な「社会的規範」として作用していることを指摘している。一 方、基本的待遇レベル設定と待遇レベルのシフトによって接近や改まりなどが表示されて いる点が「個人のストラテジー」として挙げられる。
三牧(2013)は、三牧(2002)と同様、「社会的規範」と「個人のストラテジー」の2側 面に注目し、日本語母語話者の大学生同士の初対面会話データを中心に、基本的スピーチ レベルの選択とスピーチレベル表示回避形式を分析した。その結果、同学年ペアで初対面 会話するとき、丁寧体基調も見られたが普通体基調のほうが多いことを指摘している。こ の点について、同等の相手との初対面会話が全て丁寧体基調であった宇佐美の一連の研究
(宇佐美2001a、2001b、Usami 2002)と異なっている。しかし、同等の相手との会話で普
通体基調が多く用いられても、会話双方は同一の基本的スピーチレベルを設定したという
「社会的規範」が同時に指摘されている。また、基本的スピーチレベルの明確さに関して、
34 英語の原文は、“The difference in the results between bases and interlocutors seems to depend on how the subjects perceived their interlocutor’s age . ”(Usami , 2002: 198)である。すなわち、ベース話者は、対 話相手の年齢をより若く予測するため、対同等と対目下の場合は同様にダウンシフトを多く使用す ることになったのである。
35 三牧(2002)では、用語「待遇レベル」を採用したが、2007以降は「スピーチレベル」を用いる。
詳しくは2.1.2.3節(「待遇レベル」)を参照のこと。また、「基本的待遇レベル」は「基本的スピーチ
レベル」を示す意味とほぼ同様であり、三牧(2002: 59)によると、「発話ごとに待遇レベルを判定 し、談話全体で集計した結果、どちらか半数以上を占める待遇レベルを基本的スピーチレベルと判 定する」のように規定している。