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第 3 章 研究方法

3.3 分析方法

3.3.3 調査方法の信頼性・妥当性

質的研究論文の評価基準については、研究者の間で様々な見解が提案されているが、本 研究では関口(2013)の評価基準を使用する。関口(2013)は質的研究法について多くの すぐれた著書のある英国 Open University の教育社会研究学科教授 Hammersley の論文

Hammersley(1998) を参考にして、質的研究の評価基準について下記のように提案している。

(1)トライアンギュレーション

質的研究は多面性のある、多元的方法である。マルチメソッド、あるいは、トライアン ギュレーション(三角測量的方法)は、多様な手法、経験的資料、視点、観察者を組み合わ せて利用する研究手法である。厳密さ、広がり、精緻さ、豊潤さ、深みを研究に付加する 研究戦術だと考えるのが最も適切である(Flick 1998/2002:231)。より端的に言えば、トラ イアンギュレーションは現象を真意から理解しようとする努力のことである。

研究報告書においては、重要な結論を下す際、複数のルートからのデータを提示して、

トライアンギュレーションを経た分析結果であることを明示すると、非常に説得力が出て くる(関口 2013:216)。Denzin(1978)はトライアンギュレーションには下記のような四 つの基本形があると主張している。本研究の実情に合わせながら、本研究におけるトライ アンギュレーションを述べる。

① データ・トライアンギュレーション

研究においてさまざまなデータ源を使うことである。日本語教育分野におけるデー タ・トライアンギュレーションは多く見られなかった(最も多用されているのは一回 限りのインタビューである)が、本研究では、インタビューだけではなく、自由記述 式質問紙調査や授業観察、日常調査票、学習日記なども使用した。これらのデータ源 を使用することでデータの妥当性を確保でき、対象者が真実の内容を提供しているか どうかをチェックすることができる。具体的に例を挙げると、学習者A15は質問紙の 中で、「転専攻したい、日本語に興味ないから。(想转专业,对日语不感兴趣。)(質問 紙調査/20111012)」と表明し、その後に行われた日常調査票では、授業外で日本語学 習を行っていなかったことが窺えた。さらに、授業観察では、A15の受講態度も以前 とは変わって消極的な態度を取るようになっていたことが観察された。日常調査票と 授業観察で得られたA15の学習行動は一致しており、A15の自己申告(記述式質問紙 調査、学習日記、日常調査票)がA15の当時の真の姿を反映していることが分かる。

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②研究者トライアンギュレーション

複数の研究者や評価者を使うことである。本研究は博士学位取得のため提出する学 位論文であり、複数の研究者による調査は困難である。本研究で大量の時間を調査に 費やすことができたのは大学院生という学生の身分のおかげである。日本語教育分野 において、質的調査というとインタビューというイメージがあるのは、教育に携わっ ている教師が長期間にわたって大量の時間が必要である研究を行う時間的余裕があま りないのではないかと推測できる。したがって、大学院生一人という一匹狼の身分で は研究者によるトライアンギュレーションができないという面がある一方で、研究に かける大量の時間を確保することができる。

③理論トライアンギュレーション

1 組のデータを解釈するのに複数の枠組みを使うことである。本研究の研究テーマ である学習動機はさまざまな側面から研究できる理論があるため、収集されたデータ と関連のある理論(自己決定理論の一部、自己効力感理論、原因帰属理論)をデータ 解釈の際に使用した。

④方法的トライアンギュレーション

一つの問題を研究するのに複数の方法を使うことである。本研究では分析方法に該 当する。本研究においては、対象者を二種類に分け、研究課題を四つ設定した。それ ぞれの研究課題を解決する際、一つの分析方法だけではデータ分析をする上で不十分 であると思われるため、複数の分析方法を使用した。本研究では、2 つの分析方法を 採用した。対象者が所属する大学を一事例(多数の大学の内の一大学)として、そし て、個別の学習者(多数の学習者の内の優れた学習者)を一事例として、本研究を事 例研究として行った。具体的に、これらの事例をどのように分析していったかという と、日本語専攻学習者一人一人の日本語学習軌跡を描写する際に、質的記述的研究法 を使用した。また、日本語双学位では、収集したデータが学習者一人一人の日本語の 学習軌跡を記述するのに不足しており、かつ対象者数が多かったため、学習者の学習 動機の変化のプロセスを捉えることができるM-GTAを使用することにした。

(2)長期にわたるデータ収集

この評価基準を設けた主な理由は、対象者の短期的な良し悪しに左右された、バイアス のあるデータを防止するためである。質的研究者は事物を自然な状態で研究し、人々が事 物に付与する意味の観点から現象を理解ないし解釈しようとする(Denzin &Lincoln 2000/2006:3)。つまり、自然な状態における対象者が求められる。対象者の普段の活動

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の様子の研究が必要だが、研究者の介入(授業観察など)により普段とは違った振る舞い をした様子をデータとして収集してもあまり役立たないであろう。この問題に対処するに は、長期にわたってデータを収集することが必要である。対象者が長期にわたって普段と 違う行動をとり続けることは難しいので、長期間観察をしていると普段に最も近い様子に 段々と収斂してくるはずである。南(1991)は対象主体と長期的な関わりを持つことが望ま しく、対象の経験してきた文脈を研究者がどれだけ把握しているかが、質的研究の命とも 言われる「記述の『厚み』」を決定すると述べている。本研究における調査期間は、日本 語専攻学習者では四年、日本語双学位学習者では二年であり、長期間におけるデータ収集 は学習者の一時の状態ではなく、自然の状態におかれた学習者のデータ収集に繋がった。

とりわけ、日本語専攻学習者では、曜日は不定で毎週1-2回の頻度で授業観察を行ってい た。日本語双学位学習者では、大人数のクラスのため、学習者に気づかれないように授業 に潜入して授業観察を行った。この二種類とも学習者への介入はなく、影響も考えられに くく、自然の状態にいた学習者のデータの収集が出来ていたと考えてよかろう。

(3)継続的データ収集

この評価基準はある程度、(2)の長期にわたるデータ収集と重なるところがある。関口

(2013)では、時間の経過に伴う対象者の自然な内的な変化は、かなりの程度、対象者へ の継続的な観察・インタビューによって明らかにすることが可能であると指摘されている。

予め対象者に何らかの変化が発生すると予想しておき、継続的にデータを収集していくこ とが必要である。これも本研究の核心に関わっている。本研究は学習動機が変化するもの であるという前提に立ち、日本語学習の特徴(節目)に合わせて、その都度学習動機を調 査し、最終的にその変化の軌跡を明らかにした。具体的には、日本語専攻では、日本語学 習開始前、五十音学習後、中間試験後、学期前、学期末といった節目、日本語双学位では、

日本語学習開始前、学期中、第一学年前半終了時、第一学年終了時、双学位課程終了前と いった節目で調査を行った。

(4)事例選出の基準のチェック

研究上重要な現象を理解できるか否かは、事例の適切な選択に依存している(Patton 1990、

Yin 2003)。関口(2013:217)は、「妥当性を高めるには、フィールドや対象の選出方法 や特徴について、詳細に報告することが重要」と主張している。結論の一般化を追求する ランダムサンプリング(無作為抽出)を行う量的研究とは違い、質的研究では、研究目的 に相応しい対象者を集めることによって有用な情報を効率的に集めることができる合目的 サンプリングの手法が使用されている。この点について、Denzin &Lincoln (2000/2006:

115-116)では、「事例の選択は必ずしも代表性にこだわることなく、多様性を確保するよ うになされたとしよう。しかし、典型性という点について十分な議論がなされていないな

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らば、接触のしやすさや、協力的姿勢さえもが、考慮すべき事項として重い意味をもち始 めることがある。」と指摘されている。つまり、接近可能で代表性があり、時間をかけて 研究のできる研究事例があれば、それは最も理想的なことではあるが、これらの条件が同 時に揃わない場合、接近可能で時間をかけて研究できる研究事例のほうがより重視される ということであろう。代表性にこだわることなく、対象者から質の良いデータを獲得する ことができるかがより重要な問題であるため、質のよいデータが保証される対象者との接 触のしやすさや対象者の協力的姿勢が重要視されるのである。中国のどの大学の学習者が 代表性のある日本語専攻学習者、日本語双学位学習者であるかは、知るすべがない。本研 究では、筆者の母校で日本語を学習する学習者を対象とした。これらの学習者は筆者にと って、最も接近可能かつ協力を得ることができる、時間をかけて研究ができる対象者であ ったからである。

(5)「負事例や変異事例の積極的探索」

研究者は、自分の報告で自分の仮説に合う事例だけを例挙するのではなく、負事例や変 異事例も挙げて、それらを論点の分析において、どのように考慮したのかを明確に論じる 必要がある。これにより、論文の妥当性を上げることができ、読者への説得力も高くなる のである。本研究では、学習者をそれぞれの特徴によりグループ分けしたが、同じ特徴は 一つもなかった。研究対象とした学習者の特徴を説明する際、負事例や変異事例、たとえ 事例ではなくても、そのグループの特徴と少しでも違うところがあれば、それを記述する ことを心がけた。

その他、「「データ収集の道具」としての研究者自身のチェック」と「信頼性を高める 記述と記録」がある。前者では、研究道具である研究者は対象者への影響を避けようとし ても困難であるが、研究者は自分自身が調査活動においてどのような働きをしたかを報告 の中で明記することにより、読者にその影響を判断してもらえる。この点については、前 記の「3.3.2 質的研究における再帰性」で、述べたように、本研究では、筆者の位置づけや 対象者との関係性などを「6.4.2」で説明する。後者では、質的研究の評価基準によく使用 される「厚い記述」のことであろう。「厚い記述」については、西條(2007:26)は「厚い 記述において重要なことは、意味を浮かび上がらせる(了解してもらう)ために必要な記 述をすることであって、やたらと記述を積み重ねればいいってもんじゃないのだ。記述量 というのは、意味を浮かび上がらせるために二次的なものに過ぎない」と述べている。具 体的には、「意味を浮かび上がらせる(了解してもらう)ために必要な記述」とは、「あ る行為や出来事の断片を、それがおかれた具体的な状況・文脈やそこに至った経緯(短時 間のエピソードも含む)を総合的に記述し、内包された意味構造を読み取る」(南1991:47)

ということである。つまり、「厚い記述」は意味を浮かび上がらせるためであり、それに まつわる文脈なども総合的に考慮し、記述するものである。本研究、特に日本語専攻学習