第 4 章 結果と考察―日本語専攻学習者―
4.4 各学習者の学習軌跡―A03 と A05 を除く―
4.4.12 学習者 A14
高校時代理系だったA14は、日本語学科に配属され、他の日本語学科に配属された学習 者と同様に、合格通知書受領後、「虚しかった。無力感を覚えた」とがっかりした気持ち であった。ショックを感じていたが、当時は転専攻という制度の存在を知らなかったため、
日本語学習に備えるために、教科書『標準日本語』にしたがって、独学で少し勉強してい た。教師の指導がなかったため、効果については「全然分からなかった」と答えているが、
A14が日本語学習に前向きな姿勢を取っていたことが伝わってくる。
大学入学後、転専攻制度を知った時の心境を次のように記していた。
とても転専攻したい。転専攻しなければならない。自分は理工学が得意だから。ロジック 的分析が長所なので。高校も理系だった。一番行きたい専攻はコンピュターサイエンスで、
140 その次に電気工学や材料工学もいいかな。
(很想,一定要转,因为自己特长在理工科,比较擅长逻辑分析方面,高中也是理科生,最想转去 计算机,其次呢,电器、材料也行。)
(質問紙調査/20111006)
上の内容からA14が自分の長所を分析し、理工学への転専攻の決意と、転入したい専攻 まで考えていたことが感じられるだろう。中国の大学の場合、9月が一学期の始めであり、
大学新入生がよりよく集団生活に適応できるように、三週間ほどの軍事訓練の授業がある。
軍事訓練が終了し、正式な授業に突入するという形式である。A14の場合、大学入学直後、
転専攻についての情報を収集し、転専攻するための条件(転専攻試験に合格することと、
元の専攻である日本語専攻の授業の試験に合格すること)を把握した。その後、転専攻試 験のための教科書(微分積分、英語、プログラミング)を購入し、軍事訓練に入る前から 学習していた。軍事訓練終了後、正式に日本語の授業が開始し、50音の学習が終了した際、
A14は日本語学習を次のように考えていた。
現在勉強中の日本語専攻もいい。だんだん興味を持つようになった。(私の考えでは)、ま ずは日本語の勉強を怠らないこと。転入する専攻の学習はこれからの仕事だと思う。それ に、日本語学習は他の専攻(ソフトウェア専攻などの日本語関連の専攻)にとっても良い ことだ。
(现在学的日语也挺好,自己也逐渐很感兴趣,首先得学好日语,转的专业是以后再努力的事,而 且学好日语对其他专业也很有好处。) (質問紙調査/20111006)
一見して、上にある転専攻を決意した時のA14とは大きく異なる考えであるが、ここで A14の当時の様子を考えると、転専攻の決意は偽りのないことであると思われる。それで は、日本語に「だんだん興味を持つようになった」とは何だろう。転専攻制度を知ってか ら、A14の絶対転専攻するという決意に変化はなかった。それと同時に、日本語を一つの 技能として認識し、転専攻試験の受験勉強の次に日本語専攻での学習を位置付けていたの である。独学で転専攻試験の受験勉強をしなければならず、暗記などに大量の時間が必要 な日本語学習も行う予定であるが、K大学の日本語学科のカリキュラム(一年生上半期)
はほとんど毎日8コマの授業で埋まっている。このような状況の中で、A14はどのように 転専攻試験の受験勉強と日本語学習に時間を割くことができたのだろうか。A14は授業以 外、部活などに参加せず、日常の雑事以外は全て勉強時間に費やしていた。それだけでな く、当時、他の学習者との接触でも、A14の話になると、あまり副科目の授業に出ておら ず、その時間を学習時間に充てていたことが複数の学生の証言から明らかになった。中国 の大学では、専門科目以外に、教養科目として、政治や歴史、文学、軍事理論などの様々
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な授業(通称「副科目」)が設けられている。A14は日本語の授業に参加していたが、そ れ以外の副科目の授業にほとんど参加していなかった。A14の日常調査票からも副科目に 出ておらず、転専攻試験の勉強や日本語の勉強をしていたことが分かる。下記の表で灰色 にマークされた部分は日本語授業以外の副科目であり、学習者A14はこれらの授業に出席 せずに、転専攻試験の受験勉強か日本語の勉強をしていた。副科目に出なかった理由はそ れらの授業に有益性を見出せず、時間の無駄であり、時間をより有効に活用したいと考え たからである。このように、大学入学後、A14は転専攻試験の受験準備を主として行い、
日本語学習を同時進行で行っていたことが分かった。
2011年度日本語専攻学生日常調査票 姓名 A14 2011-11-21
(月)
2011-11-22
(火)
2011-11-16
(水)
2011-11-17
(木)
2011-11-18
(金)
学習 内容
精神 状態
学習 内容
精神 状態
学習 内容
精神 状態
学習 内容
精神 状態
学習 内容
精神 状態 朝
練 風 邪
( 病 了)
気 分 が 悪 か っ た(不 舒服)
日 本 語 の 暗 記
(背日 语)
良 か っ た
( 很 好)
日本語 の単語 の暗記
( 记 单 词)
良 か っ た
( 很 好)
日本 語 の朗 読
( 读 日 语)
良 か っ た
( 很 好)
ラ ジ オ 体 操(早 操)
ま あ ま あ
( 还 行)
1 -2
風 邪
( 病 了)
欠 席 し た
( 不 舒 服)
総 合 日 本 語(综 日)
真 面 目 に 聞 い て い た
( 认 真 听 讲)
総合日 本 語
( 综 合 日语)
真 面 目 に 聞 い て い た(认 真 听 讲)
英語 の 授業 に 出な か っ た が、 プ ログ ラ ミン グ を勉 強 し た
( 英 语 课没去,
在 寝 室 学 习 计 算机)
欠 落
( 空 白)
教 室 で 休 ん で い た
( 在 教 室 里 休 息)
ち ょ っ と 疲 れ た(有 点困)
3 -4
風 邪
( 病 了)
欠 席 し た
( 点 滴 を 打 っ た 後 ち ょ っ と 良 く な っ た)(打 针 后 好 点了)
政 治 の 授 業 に 出 な か っ た。自 習 し に 行 っ た
(思修 课 没 去,去 自 习 了)
良 か っ た
( 很 好)
寝室で 日本語 と転専 攻試験 の英語 とプロ グラミ ン グ
( 在 寝 室 复 习 日 语 , 学 习 英 语 和 计 算机)
効 率 的 で 、 良 か っ た
( 很 好,很 有 效 率)
総合 日 本 語
( 综 合 日语)
先 生 の 話 を 聞 い て い た
( 听 讲)
構 内 の ア ル バ イ ト
( 值 班)
楽 だ っ た
( 很 轻松)
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A14は副科目の時間のほとんど(出席を取る科目以外)を日本語と転専攻試験の受験勉 強に充てていた。最初から日本語の学習時間と転専攻試験の受験勉強の時間配分は1:1で あった。
A14の授業外での日本語の学習時間は、平均で毎日2時間もあった(50音を習う時は1 時間であった)。A14とルームメートのA15は、「A14はいつも勉強している。」という
(相互)評価をしていた。また、A14は言語学習に覚悟を持っており、速く単語を覚える 良い方法という普遍的な課題に対して、「近道なんかないのだ。繰り返し練習することこ そ王道だ」と強調している。
授業中の精神状態は「日常調査票」から「効率的」または「まじめ」の記述が大多数で あった。分らないことがあったら、直ちに教師に教えてもらっていたという担当教師から のコメントもあった。筆者が教室で授業観察をした時、A14が積極的に教師の質問に答え ようとしていたことは非常に印象深かった。授業の合間に、疑問に思っているところを担 当教師に尋ねる姿を何度も見かけた。教わったことはできる限り授業中に吸収しようとし ていた。「A14は何でもできる。日本語も、受験勉強も」というクラスメートからのコメ ントもある。日本語は先ほど示したように、いい成績を取っていた。最終的には、A14は 転専攻試験に合格し、ソフトウェア学部に転入した。日本語の成績もクラスで上のほうで あった。
A14は「日本語専攻がいいと思うようになった。でも、自分に一番合っているとは限ら ない。自分にぴったりの専攻に入りたい(觉得日语更好了,但好的并不一定适合自己,想找个适合 自己的。)(質問紙調査/20111121)」と強調したように、日本語に興味を持つようになった が、専攻として勉強するつもりはなかった。A14の転専攻への考えは一学期にわたり一貫 して変わったことはなかった。日本語学習より転専攻試験の受験準備を優先にしていたが、
日本語学習でも、一般教養科目の時間を削ってまで、大量の時間をかけて学習していた。
その最も根本的な原因は日本語が当面の専攻だから学習する義務があるということだろう。
転専攻に成功するのに、期末試験では日本語の授業に全て合格しなければならないからで ある。また、A14が転入したいソフトウェア専攻では、日本語が教えられているところが あり、将来には役に立つ可能性があると思い、日本語をよく学習しようと頑張っていたの であろう。
A14 の日本語学習動機を分析すると、図4-14で表示することができる。
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日本語専攻学習開始
無味乾燥だが、日本語専攻だからという義務感
時間経過 学習者の心理状態 学習動機 日本語専攻に配属され
たが、強い抵抗感
転専攻するには元の専攻の試験に合格しなければならない
日本語学習は将来の専攻に良い可能性がある
一年生上半期終了
図4-14 大学一年生上半期における学習者A14の日本語の学習動機のモデル
A14は最初、日本語専攻に入学する前、理系であった自分が文系専攻に配属されたこと に強い不満を持っていた。日本語学習開始後のA14は、当面の専攻は日本語で、その勉強 が義務づけられていること、転専攻できる条件の一つは日本語の授業の試験に合格する必 要があること、日本語は技能として将来に有益であると考えられること、という三つのこ とによるものであると思われる。しかしながら、もし日本語専攻に配属されていなかった ら、A14が日本語学習をこれまで行っているか否かの問題を先に考えよう。理工学しか考 えていなかったA14はおそらく日本語を勉強していなかっただろう。したがって、A14の 日本語の学習動機は日本語専攻だからという義務感によるものが最も大きいと思われる。
そして、日本語学習は将来の専攻に有利なことや、転専攻のために日本語の試験に合格す る必要があるということが、A14が日本語をよく学習することの動機になったのである。