第5章 日本人英語教師の英語観と形成要因
5.6 RQ2 における考察
リサーチ・クエスチョン 2 の「日本人英語教師の英語観を構成する要素にはどの ようなものがあるのか」という問いに対して、本調査では 6 つの因子を検出するこ とができた。
まず、1つ目は本稿でこれまで議論してきた「規範主義的志向」である。この因子
には、教師自身が英語でコミュニケーションを行う際に重要なこととして、「正しい 文法」や「豊富な語彙」で話すことや「母語話者に近い発音」で「流暢に」話すこ とといった項目を含んでいた。また、生徒に教える際に重要なこととして、「書くと きも話すときも正しい文法・語彙を使えるようにすること」という項目も含み、母 語話者規範に準拠した正しい文法や発音に重点をおく規範主義的志向の存在が明ら かになった。
この因子内の5項目中4項目において、「教師自身が英語を話す際に」重視する点 が含まれている。そのような傾向が抽出されたのは、英語教師である自身の英語は、
母語話者規範にできるだけ近いモデルであるべきだとする教師たちの信条が表れて いると考えることができる。3章で述べたように、日本の英語教育における学習モデ ルは母語話者英語(特に現在ではアメリカ標準英語)とされており、教師たち自身 もそのように認識していることが先行研究から明らかにされている。言語教育では、
教える際に規範に従うことがある程度必要であり、EIL やELF といった国際語とし ての英語や、日本英語(Japanese English)(Hino, 2012)はその言語体系が確立してい るわけではないため、日本のような拡大円圏では母語話者英語にその規範を求める ことは当然の流れであるといえ、教師が教える際の指針として母語話者を意識して いることも説明がつく。
このような文脈に鑑みると、英語を教える教師であれば、教室において自らが母 語話者英語に近似したモデルを提供すべきであると考えることはごく自然である。
質問53の「日本人英語教師でも、英語の発音はなるべくネイティブ・スピーカーに 近いほうがよい」という項目では、平均値が4.01と高く、標準偏差も0.85(表5.19 参照)と分散の幅が比較的少ないことから、本調査協力者である多くの教師がその ような意識をしていることがわかる。さらに、質問54の「日本人英語教師が英語で 話す姿は生徒の手本になる」という項目では、平均値 4.39、標準偏差 0.71(表 5.19 参照)と、質問53と同様の回答傾向にあり、教師自らが学習モデルとして母語話者 に近い英語を話すべきだと捉えていることが確認できた。
このように、教師自身が英語および英語教育の専門家として、母語話者英語の習 得を目指して研鑽を積み、努力し続ける姿を生徒に見せることには、教育的な効果 があるであろうという点については異論がない。しかし、国際語としての英語とい う観点から考える時、教師が母語話者英語のみが正しいと考え、それを絶対的な規
範として追従し、その他の変種、特に日本語の影響を受けた英語に対して否定的な 態度を有することには弊害が伴う。書き言葉はともかく、話し言葉において、日本 人英語教師自らが話す英語を否定することにも繋がる可能性があるからである。「正 しい」母語話者英語を教師として話そうという規範主義的志向が強くなればなるほ ど、英語でのコミュニケーションを目的とした言語実践に対する情意フィルター
(affective filter3)が上がり、緊張や不安といった心理面でのマイナス要素が働くこ とが考えられる。3章で議論したように、非母語話者教師として重要なことは、母語 話者になることではなく、「国際語としての英語を話す非母語話者のモデル」を学習 者に提供することであり、その大きな役割が日本人教師に今、課せられているので はないだろうか。
また、英語を学ぶ生徒たちの学習の最終到達目標も当然のことながら母語話者に なることではない。国際語としての英語の観点からすると、学習の結果、英語でや りとりをする相手は母語話者だけではなく非母語話者をも含み、さらには非母語話 者とのやりとりが中心になるケースも大いに考えられる。そのような場合に、日本 人英語話者が完全な母語話者の発音で、母語話者が使用する独特の表現やイディオ ムを駆使して流暢に話す必要はかならずしもない。
さらに、母語話者英語に対する規範主義が過度に行き過ぎてしまうことにおける 最も大きな弊害は、学習モデルとしての母語話者英語の規範をできるだけ吸収しよ うとするあまりに、知識のみが先行し、相手との相互行為を前提としたコミュニケ ーションのためのことばという言語本来の意味を失ってしまうことである(行森,
2014b)。英語教師にとって、母語話者が用いる英語の表現や微妙なニュアンスの違 いなどについては、言語学的観点からの興味・関心が原動力となり、母語話者英語 にもかなりの多様性があり、それも日々変化していくことなどから、知識の吸収に は暇がない。この因子分析の結果でも、第 4 因子として「言語学的関心」が抽出さ れ、その中には「文法、語彙、表現、音声への関心」といった3項目と、「英語学習 をしていて日本語にはない面白い表現や興味深い文章に出会った経験」という項目 を含み、英語観を構成する一要因となっていることがわかる。そのような英語の言 語体系に魅力を感じ、それを学び、さらに生徒に教えることは英語教師の役割のひ
3 Krashen(1985)が第二言語習得の分野において提唱した仮説で、情意フィルター(心理的
障壁)が高く、不安な気持ちを持っている場合は、言語習得が効果的に行われないとした。
とつであるが、その知識を伝授するのみに留めてしまっては、ことばを教える教育 としては不十分であるといえる。コミュニケーションを目的として英語を用いるこ とは、非母語話者としての自分自身や相手、場面など様々な社会的文脈を踏まえて、
必要に応じて話し手として、または聞き手としてのコミュニケーション方略を用い ながら、知識として身につけてきた言語体系を活かすことである。このような言語 実践の認識を伴って初めて、言語体系における豊富な知識は意味をなすのではない だろうか。
第 1因子の「規範主義的志向」と相関のある第 2 因子「文化的関心」についても 同様のことがいえる。この因子には、教師自身の興味・関心としての「英語圏の文 化」や「英米文学」といった項目や、生徒に教える際に「世界各国の文化」や「英 語圏の文化」に興味をもたせることが重要であるといった項目が含まれている。教 師自身が英米文化に興味をもち、その知識を深め、教師となっているケースが大い に考えられ、生徒に教える際にも英語圏の文化に興味をもたせると同時に、その他 の世界各国の文化にも関心をもたせるという項目が入っているのが興味深い。
目標言語の習得のためには、その言語の話者の文化や思考方法を知り、肯定的か つ好意的な態度を有することが効果的であるとされてきた。Gardner & Lambert(1972)
は、第二言語文化に対して好意的、友好的な感情をもっていること、さらにその文 化の一員になりたいと思っていることが学習意欲を増加させる要因となり、結果的 に第二言語能力を上昇させると述べている。いまや英語は国際語としての地位を確 立してはいるものの、そのことばの成立ちには当然、英語圏(特にイギリス・アメ リカ)を取り巻く地域の歴史や文化が色濃く反映されていることには間違いがない。
英語を学習する際にはそういった歴史・文化的観点からのアプローチも少なからず 必要となる場合もある。
しかし、やはり留意したいのは、英語に関わる英米文化の知識のみを重要事項と して教えることである。それによって、英語は母語話者だけのものであり、そうで はない非母語話者にとってはその所有権がないことを暗に示してしまう可能性があ る。イギリスの言語であった英語が、北米や様々な植民地支配地域に拡散し、さら に世界中で使用され、学ばれるようになっている現在の状況を考えると、国際語と される英語はもはや母語話者たちの文化だけを反映するものではなくなっている。
ELF では、イギリス英語などの母語話者英語も多様な英語の変種のうちのひとつで