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日本人英語教師の英語観の形成プロセス研究におけるライフストーリー法採用

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 84-87)

第3章 日本の英語教育と言語態度の諸相

4.2 日本人英語教師の英語観の形成プロセス研究におけるライフストーリー法採用

ここまで、ライフストーリー法のアプローチと理論的枠組み、さらには調査を行 う際に配慮が必要とされる点について論じてきた。前述のように、ライフストーリ ー法は仮説を検証する実証主義的アプローチではなく、その調査分野における新た なアイディアの提起や、問題の顕在化といった仮説を生成できる可能性をもった探 索的調査方法である。換言すれば、これまで看過されてきた事象を個に焦点を当て ることによって、ミクロの視点から拾い上げる作業なのである。これまで、「日本人 と英語」、「日本の英語教育」、および「日本人英語教師」についての言説では、その 多くが「日本人」、「日本」、「日本人英語教師」をそれぞれひとつの集合体、総体と して捉えてきた。そのように集団として大多数の傾向の特徴を捉え、他集団と比較 したり、それが生成されてきた社会構造の分析を行ったり、歴史的な検証などを行 うことには大きな意味がある。しかし、その集団内で大多数とされる成員間の微小 な差異や、大多数には含まれない少数派の状況を捨象してしまうことには問題があ

るといえる。世界のグローバル化やそれに付随した日本の社会の大きな変化に伴っ て、もはや「日本人」という総称自体もそれまでのものとは同義といいきれない現 状があるからだ。本論には日本人論を問い直すという壮大な目的はないが、この現 状に鑑みて、個々の日本人英語教師がもつ背景の多様性を前提とし、そこからそれ ぞれが認識する世界を解釈することで、これまで全体として研究されてきた「日本 人英語教師」について新たな問題提起の可能性を期待するものである。

また、個々の教師の英語観がいかに形成されたかについては、日本の英語教育の 歴史や社会的風潮に照らし合わせて推察する方法も有効であるが、それだけでは個 人が抱く英語観を説明するには不十分である。英語教師の英語に対する信条(ビリ ーフ)である英語観は、自身にとって特別である経験や体験を通して形成されるも のであり、結果として多くの英語教師に共通となる部分があったとしても、それが 形成されていくプロセスを辿って解釈しようとする試みは、英語教師の認識を捉え るために適当な手段であると考えられる。これまでの人生における多様な経験を教 師たちに語ってもらい、その認識世界を解釈できる可能性があるのはライフストー リー法以外にはないといえよう2

さらに、個を焦点化することには、もうひとつの利点がある。量的調査では、そ の集団的特徴が明示されることが最大のメリットであるが、そこには調査協力者が 人間として、教師として抱く様々な葛藤やドラマ、それに伴った感情のストーリー としての文脈が表れることがない。泥臭い言い方ではあるが、教師たちは日々生徒 と向き合い、人を相手に仕事をしている。そういった人間の研究でありながら、そ れが欠如してしまうことには矛盾を感じ、量的調査等のみの結果から彼らの英語観 を解釈するだけでは本論全体の研究目的を果たせるとは思えない。小倉(2011, p. 147)

は、ライフストーリー法のように個の語りを詳細に提示する最大の意義を、「読者が、

ひとつの社会過程たるライフストーリーの生成プロセスを追体験(追試)できる」

こととしている。一人の人間が体験した個のストーリーは、調査協力者、調査研究 者、読者という三者間で共有され、三者がその生成過程に参与することで新たな社 会的現実が構成されていくという。一人の人間のストーリーが、別の人間によって

2 ライフストーリー法を用いて明らかになった英語教師の英語観の結果をもとに、それが教 育実践においていかに表出しているのか等を検討する際には、実際の教室における授業の観 察といった学校でのフィールドワーク等も有効であると考えられる。

解釈され、対話的構築主義の特徴から、解釈を行ったこの人間の内省的記述にも触 れることで、読者はここで生起している社会的現実を追体験できる。この立場に拠 れば、ライフストーリー法は、語り手である日本人英語教師たちをそれぞれ一人の 人間として描き出すことができると同時に、彼らがいかなる英語観を抱き、それは どのような過程で形成されてきたのかを、聞き手との対話の中で構築されるストー リーによって読む側に伝えることができる可能性を持ったものなのである。

しかし、ライフストーリー法を採用する社会学、人類学、文化人類学の分野にお ける研究調査では、社会的少数派、いわゆるマイノリティとして扱われる人々を対 象とすることが多い(石黒,2012, p. 177)。これはこの調査法が持つ特徴が、それま で明らかにされてこなかった社会的少数派のコミュニティの声を聞き取り、社会へ 新たな問題提起をしようとする側面にあると考えられる。本研究が扱う「日本人英 語教師」という対象は、必ずしもマイノリティとは言えない。しかしながら、教師 研究という範疇においては、その研究目的によってライフストーリー法が有効に用 いられている例がある。グッドソン(2001)は、1960 年代のイギリスで大幅な教育 改革が行われ、カリキュラムが一新したものの、現場の教師たちがそれに適応でき ず、多くの学校が旧カリキュラムを採用したままであった現状を分析するため、新 カリキュラムが教師のアイデンティティの危機を引き起こす側面に着目し、教師個 人のインタビューを行った。この調査においてグッドソンは、教師の子供時代から 現在に至る自己形成過程を分析し、カリキュラム変動に即しての教師のアイデンテ ィティの揺れをリアルに描き出した3。グッドソン(2001,p. 38)は、「生活上の経験 と経歴は、明らかに人物を構成する重要な要素である。われわれは『自分』という ものをかなり授業に投影させる。したがって経験と経歴はわれわれの実践を形作る のである。」と述べ、教師研究における、個人のライフストーリー分析の重要性を主 張した。また、塚田(1998)は日本の受験体制という社会教育的問題の実態を明ら かにするため、高校教師を受験体制の産物および生産者として捉え、その体制が個 人に与える影響を調査するため高校教師へのライフストーリー・インタビューを実 施した。さらに、女性教師への調査(塚田,2002)、アメリカ人教師への調査(塚田,

2008a)を行い、量的分析のみではどうしても接近することができない、教師の意識・

3 グッドソンが用いた調査法は厳密に言えば、桜井が提唱する「ライフストーリー法」より も、より歴史や社会的事象と照合して分析を行う「ライフヒストリー法」である。

感情レベルの問題を捉えようとするのであれば、ライフストーリー法が最適な方法 であると述べた(塚田,2008b,pp. 11-12)。その他には、教員養成や研修プログラム など教師の自己啓発を目的として、現場の教師のライフストーリーを分析する研究 や、教師のある特定のライフステージに着目して現在に至るまでのストーリーを追 った研究などがある(高井良, 1994, 1996; 藤原・遠藤・松崎, 2006)。

本研究で描き出したいのは、現代の国際社会や経済において国際語とされる英語 をめぐって様々な議論がなされ、日本においても英語教育の大幅な変革が行われて いる中で、現在教鞭を取る現職の日本人英語教師たちが英語をいかに捉えているの か、またその英語観はどのようにして形成されてきたのかということである。今や 一般常識のように概念化されている「英語は国際語である」、「英語は便利なツール である」といったイデオロギーを彼らがいかに捉えているのかをあらためて検証す ると同時に、社会的現状の変化に対する教師の信条の揺れや不安、またはそのよう な変革に流されない自身の中の確固たる信念などについて、彼らのライフストーリ ーを解釈し、分析を試みたい。

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 84-87)