• 検索結果がありません。

ELF (English as a Lingua Franca):国際共通語としての実証研究

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 30-33)

第2章 国際語としての英語と規範主義

2.2 英語の多様性と共通性

2.2.3 ELF (English as a Lingua Franca):国際共通語としての実証研究

EILにおける、国内語ではなく国際語としての英語の機能への着目や、英語の脱英 米化の観点は、ヨーロッパで研究が始まったEnglish as a Lingua Franca(ELF)の概 念にも共通しているものである。ELF は、イギリス・キングズカレッジに所属して いた(現在はサウサンプトン大学)Jennifer Jenkinsと、オーストリア・ウィーン大学

のBarbara Seidlhoferによって牽引されてきた比較的新しい研究である。ELFは国際

共通語としての英語を特徴づけるのは非母語話者同士の英語であるとして多様性を 重視し、母語話者規範にとらわれることなく、実際の非母語話者間のやりとりの中 での相互理解度(intelligibility)等に焦点をおいた一連の研究分野である。それはこ れまでの非母語話者英語研究や第二言語習得研究が母語話者英語との比較分析を主 とし、学習者としてのエラー分析の性質を保持してきた点と一線を画すものである。

Jenkins(2009,p. 42)は、いわゆる拡大円圏における英語使用であるEFLとELFと

が決定的に異なるのは以下の点においてであるとして表2.1にまとめている。

表2.1 EFLとELFの相違点(Jenkins, 2009, p. 42)[日本語訳引用者]

EFL(外国語としての英語) ELF(国際共通語としての英語)

現代の外国語の一部 世界諸英語の一部9 母語話者英語からの逸脱は、話者の母語

からの転移や干渉、化石化といった欠陥

母語話者英語からの逸脱は、言語接触と 進化で説明される正当な相違

コード・スウィッチングは、英語の知識 不足を補うものとして否定的に評価

コード・スウィッチングは話者のアイデ ンティティや相手との連帯感などを強 める二言語の資源として積極的に評価

EFL では、母語話者の英語からの逸脱は英語運用能力の不足と見なされるのに対し

9 原文ではpart of World Englishesとなっており、この場合のWorld Englishesは、世界のあら ゆる英語変種を包摂する包括的用語として用いられていると考えられる。

て、ELF では正当な相違と捉えられ、EFL で母語からの転移や干渉、それが定着し てしまった化石化と呼ばれるものに対しては、ELF では言語接触と進化であるとさ れる。また、非母語話者が英語から自分の母語にコード・スウィッチングをするこ とについて、EFL では英語知識不足を埋めようとする試みであるとマイナスに評価 されるのに対して、ELF では話者のアイデンティティや、相手との連帯感等を生み 出す資源として積極的な評価をされる。つまり、母語の影響を受けた非母語話者に よる英語、母語話者とは異なる英語、または母語自体を活用した話者の方略がこれ までマイナスの扱いを受けてきたことを完全に覆す概念がELFであると主張してい るのである。

Jenkins(2007, p. 2)はEILとELFの違いについて、前者は母語話者および非母語

話者全てを包括した概念であり、後者は母語話者を除外したものであるとしていた が、ELFでもやりとりの相手として母語話者を含むことがあることから(Seidlhofer,

2004, pp. 211-212)、現在は同様のタームとして使用されることもあり、その見解は研

究者によって分かれている。

また、ELFは多様性の中での相互理解達成への関心という点についても、EILと共 通している。

まず、音声においてはJenkins(2000)が、非母語話者間のやりとりにおいて理解 度を阻害する音声要因となる共通語としてのコア(Lingua Franca Core)を分析した。

それには4つの領域があるとされ、(1)th音などを除いた個々の子音音素(individual consonant sounds)、( 2 ) 適 切 な 子 音 束 の 簡 略 化 (appropriate consonant cluster simplification)、(3)長母音と短母音の区別(vowel length distinctions)、(4)核強勢 の位置(placement of nuclear stress)が挙げられた。これらは実際に非母語話者のやり とりから抽出、分析がなされたものであり、母語話者を中心としない音声研究とし て大きな反響を呼んだ。

さらに、文法においてはSeidlhofer(2001,2004)が、多種多様な第一言語話者の データを収集し、コーパスを使って文法上の非母語話者の特徴の共通性の抽出をし ようと試みた。対象地域はオーストリアを中心としたヨーロッパ諸国の拡大円圏で、

その研究成果はVienna Oxford International Corpus of English(VOICE)としてまとめ られている。また、Mauranen(2003)によるEnglish as a Lingua Franca in Academic setting

(ELFA)コーパスや、Kirkpatrick(2010)によるアジア版ELFコーパスであるThe Asian

Corpus of English(ACE)等、使用地域や使用場面の異なるコーパス研究も行われて いる。

しかしながら、ELF におけるこのような共通性に関心をおいた研究には、多様性 を重視しているとしながらも、統一性により重点をおいているのではないかという 指摘がなされている(Berns, 2008)。「共通語(a lingua franca)」という用語自体が共 通性、統一性を示しているとする立場もある。Murata & Jenkins(2009, p. 3)は、ELF はWEやEIL と同様に、母語話者規範に囚われず、多様性を重視した概念であるの にもかかわらず、異なる第一言語を持ち、多様な英語を話す話者同士のやりとりで 用いられる英語という観点から、より統一性を重視していると誤解されると述べて

いる。Jenkinsの音韻研究も、Seidlhoferの文法研究も、非母語話者の英語の特徴にお

ける共通性の抽出を試みていることからこのような批判が挙がったとみられる。ま た、対象となる話者は全ての英語話者であるとしながらも、扱うデータは主に非母 語話者であることから、母語話者を極端に排除した研究であるという指摘もある。

SeidlhoferのVOICEでは、母語話者データは10%しか含まれていない上に、他の90%

はヨーロッパの非母語話者を中心とした数値の偏りがその根拠となっている(藤原,

2012)。

しかしながら、統一性を重視しているという批判はELFにおいては的を射ていな いように思われる。国際語としての英語には多様性が当然として存在しながらも、

その多様な英語が互いに理解可能になるためには、共通性も必然として存在しなけ ればならないからである。そうでなければ英語は国際語としての機能を果たしてい るとはいえない。問題となるのは、その共通性を守るべき規範として規定してしま うことであろう。国際語としての英語を話す際には、このような音声面におけるル ールを遵守すべきであるとし、英語教育でその規範に権限を持たせるとなると、そ れは統一性の主張にあたるといえる。しかし、Jenkins(2000)が検証したLingua Franca Core は異なる母語を持つ話者たちが英語を使って意思疎通を図った際に実際に見ら れた言語の現象であり、その研究は記述的(descriptive)であって規範的(prescriptive)

なものではないということに注目しなければならない。現在の英語という言語のあ りのままの姿の一部を捉えたものであって、そうあるべきだという規範ではないの だ。

これまで、現代の英語の諸相を示す研究であるWorld Englishes(WE)、English as an

International Language(EIL)、English as a Lingua Franca(ELF)についてみてきた。

WEはインド等の第二言語としての英語を中心に研究が始まり、その意味を拡大させ て様々な英語変種に研究の関心を置くものとなり、ELF は主にヨーロッパの非母語 話者間で共通語となっている英語の特徴を探求しようとした研究が広がりを見せた もの、EILは国際語としての全体的な概念といえるものである。それぞれに差異があ るが、多様性の重視、母語話者規範からの解放という点では共通している。いずれ か一つが今日の国際語としての英語を完全に表す用語とは言えないかもしれないが

10、逆にそのこと自体が国際語としての英語の特徴を表しているといえる。この3つ の用語が提唱された経緯や批判は、現代の英語を考える上で重要な要素をもってい るからである。英語がある特定地域の共通語となる際には、その地域固有の特徴を 帯びた英語が生じ、地域の共通語ではなくても、非母語話者が英語を習得する際に は母語等から何らかの影響を受けた新たな英語が生じる可能性があり、英語の多様 性には際限がない。しかし、国際的な共通語として英語が機能を果たすためにはど こかに共通性が存在することが前提となる。「多様性への理解」と「共通性の保持」、 これこそが英語が世界的な共通語として、これまでに類を見ない役割を担おうとし ていることからくる大きな課題であるといえよう。

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 30-33)