第3章 日本の英語教育と言語態度の諸相
3.2 日本人と英語
3.2.4 日本人にとっての英語の真正性
Yano(2011, p. 131)はこの状況を端的に説明している。
日本では文部科学省の担当官らをはじめ、英語学習者から英語教育の専門家 に至るまで、日本人の多くが母語話者の英語だけが本物であり(real)、自然 であり(natural)、真正である(authentic)がゆえに学ぶ価値があると考えて いる。そのような人は母語話者のような、あるいは母語話者に近い英語の運 用能力の獲得という不可能な夢を抱いている。新聞や雑誌記事でよく目にす るのは、日本では英語教師のほとんどが日本人なので、母語話者教師をもっ と雇用する必要があり、そうすることによって本物の(genuine)英語が使 えるようになるという意見である。この考え方によれば、英語の非母語話者 は本物でも自然でも真正でもないということになる。[日本語訳引用者]
日本人にとっての「生きた英語」および「本物の英語」、「英語の真正性(authenticity)」
というのはまさにここに言及されているような、母語話者の語学補助教師たちが話 す英語のイメージであるといえる。そして、ここで重要となるのは、「彼らが話す英 語」そのものではなく、「彼らが話す英語のイメージ」なのである。
高度経済成長期が訪れ、日本はアメリカの政治戦略に沿って、経済復興と国際舞台 への復帰を果たした。それに伴い、日本の財界は経済のさらなる発展に適した人材 教育を求めるようになり、そのような意向をもった財界と教育界が、1952年に発足 した文部大臣の諮問機関である中央教育審議会を橋渡しとして結びつき、経済力の 向上と国力の充実を図ることを目的として教育施策の決定が行われていったとされ ている。さらに、旧ソ連が人口衛星打ち上げに成功し、アメリカに衝撃を与えた1957 年の「スプートニック・ショック」と同じ年に、中央教育審議会は「科学技術教育 の振興方策について」を発表したが、これも財界の要求に応えたものであったとい う。こうした経済復興と科学技術振興の流れを受けて、英語教育は語彙統制や読解 重視といった教養主義的傾向に向かっていった。会話重視の親しみやすい大衆文化 の英語会話に対して、学校教育ではより教養的な要素が強くなり、教育制度が整備 されていく過程の中で、全国で教える標準的な規範や学年ごとの詳細な教育内容や 最低授業時数が規定され、より画一的な方向に向かっていった。
その後1960年代には、経済成長の結果として訪れた産業構造の変革が、教育にお いても変化をもたらすこととなった。農業、林業、水産業といった第一次産業より、
鉱業、建設業といった第二次産業、および金融、運輸通信、サービス業といった第 三次産業の割合が増加し、ホワイトカラー、いわゆるサラリーマン志向が高まった とされている(汐見, 1994, p. 307)。それによって教育においては、学歴獲得のため に進学率が上昇し、受験競争が激化していった。
その一方で、1964 年の東京オリンピックの開催、および海外渡航の自由化などが 要因となり、「第二次英語ブーム」が起こる。1969年に世界同時中継されたアポロ月 面着陸や、1970 年に大阪で開かれた日本万国博覧会なども、国際意識の高揚の要因 となり、人々が国際的な世界をより実感することによって、音声や会話を基調とし た「生きた英語」という概念が一般国民に浸透していったという(綾部,2009, p. 119)。
英語ブームの波に乗って、1970 年代後半には英会話学校が乱立し、英語を母語とす る講師たちによる「英会話」が、画一的な学校教育の中の語学教育とは一線を画し たものとしてその地位を確立していった。
この「英会話」についてラミス(1976, pp. 17-27)は、日本における「英会話(English
conversation)」という表現は、単に英語の言語で話すという意味以上のものを含んで
いるとし、特殊なイデオロギーを有するものであると述べている。英会話の世界で
は、理想的話し相手は常に中産階級のアメリカ人である白人とされ、アメリカこそ が「外国らしさ」そのものであると捉えられていた傾向について指摘している。
1980年代後半からは、IT革命によって世界の急速なグローバル化が進み、英語の 国際語としての実利性の認識がさらに強化されていった時代に入る。一般社会で「英 会話」がもてはやされたように、学校教育においても会話指導を念頭においた改革 が行われた。前述のように、学習指導要領はコミュニケーション力育成重視の方向 性を示し、JET プログラムも開始された。1989 年の高校の学習指導要領では「オー ラル・コミュニケーションA、B、C」という科目が、それを引き継いで1998年には
「オーラル・コミュニケーションⅠ、Ⅱ」が設定され、口語重視の傾向が形として 前面に押し出された。2005 年度からは大学入試センター試験にリスニング・テスト も導入された。また、2000 年代には公立小学校で、国際理解教育の一環として英語 活動が実施されることになり、音声や口頭でのやりとりを重視した早期英語教育へ の注目も高まっている。
以上、日本における「本物の英語」観、英語の真正性について、戦後から現代ま で概観した。戦後の親和性の高い英語会話と対照的に、経済復興、国力強化のため に、教養的要素、および画一性が高まっていった学校英語は、様々な国際的イベン トやグローバル化といった社会変化を経て「本物の英語」という認識とは乖離した 独自のものとなっていった。国際的な場面において使用される「本物の英語」への 希求は、英会話学校の隆盛の要因ともなった。しかし、この「英会話」もまた独自 のイデオロギーを含んでいた。財界からの要請を元に学校英語教育においても、コ ミュニケーションのための英語力育成重視の方向に舵を切り、現在に至っている。
Seargeant(2009)は、日本社会におけるこの「英語の真正性」について、それは 母語話者モデルを想定しているが、実際の母語話者の英語使用を正確に反映してい るわけではないという点での両者の乖離を指摘し、その特異性に言及している。実 際に母語話者といっても、英語の母語話者は英米の標準英語を話す人々だけでなく、
それらの国々における非標準英語話者、さらには英米国以外の母語話者、アジア、
アフリカ地域における母語話者やクレオール英語を母語とする話者もいる。ラミス
(1976)が指摘した、日本の「英会話」イデオロギーにおける「本物の英語」を話 す人々は、アメリカ人中産階級の白人だけではないことは明白である。
また、「母語話者11」という用語についても、「非母語話者」との二項対立的なその 使用が所与の前提となっていることに対する懐疑的な見方もある。母語話者と対照 的な存在として非母語話者が存在するのだが、それは固定的に存在する規則や慣習、
社会的アイデンティティではなく、相互行為の中でそれぞれのアイデンティティを 互いに構築しているとする立場である。大平(2001, p. 106)は、このような協働的 構築の二分法を無条件に受け入れた結果として、「ネイティブ・スピーカー=標準」、
「ノンネイティブ・スピーカー=逸脱」という一般的な固定観念が強化される可能 性について言及している。ただし、ここで標準とされる母語話者は当該言語の理想 的な話者のように捉えられているが、実際には母語話者が言語使用能力の全ての側 面で誰もが同じように適切に振る舞えるわけでも、誰もが同じように非母語話者よ りよく振る舞えるわけでもないことも指摘されている(Bachman, 1990, pp. 248-249)。
さらに Seargeant(2009)に拠れば、日本社会には英語という言語が担う独特のイ
メージ「英語=英語国=西洋」があり、そのイメージとの距離に応じてそれが真正 か否かということが測られているという。この立場に依拠すると、そのイメージか ら離れることで英語は「本物」ではなくなってしまうことになる。つまり、教室で 日本人英語教師が内容伝達のために英語で話をしていても、それは本物ではないと いう認識になり、学習者自身が実際に(教室外で)英語で意思疎通を図っていたと しても、それもやはり本物の英語ではないということになってしまう。
このような日本の英語教育現場における現象は、標準語イデオロギーから生起す る規範主義的態度の表出が要因となっていることが考えられる。母語話者の標準英 語が「言語モデルとして標準の正しい英語である」と規定され、そのモデルを目標 に学習が行われるが、それは定められた規範であり、必ずしも実際の言語使用と一 致するものではない。しかし、それがいったん「標準」とされると、それに従おう とするイデオロギーが作用する。さらには、それによって「標準」以外のもの、「標 準」とは異なると判断されるものは容認しないという態度さえ呼び起こすことにな る。教室において、教師、教科書、音声教材によって規範が提示され、さらにそれ を具体化したイメージの象徴となる語学補助教師の存在などによって、独自の標準
11「母語話者」には、パイクデー(1990, pp. 23-24)の2つの定義がある。第一の定義は、「あ る言語を母語または第一習得言語として身につけている人」であり、第二の定義は「ある言 語の有能な話者であって、その言語を慣用に則って使う人」である。