第3章 日本の英語教育と言語態度の諸相
3.1 学習モデルと英語変種に対する言語態度
3.1.1 日本の英語教育における学習モデルの変遷:学習指導要領から
日本における英語学習が始められたのはイギリスという当時の強国の脅威から国 を防衛することが目的であったことは前述のとおりだが、その後、イギリスの軍事 力、アメリカの国際政治力および経済力等によって英語が国際語としての地位を確 立していったように、日本でも英語はイギリス、アメリカの言葉として強く認識が なされていた。それを裏付けるのは、戦後の学習指導要領に、イギリス語・アメリ カ英語の習得が公然と謳われていたことである。
学習指導要領は、戦後、全国で一定水準の教育を実施することを目的とし、学校 教育法等に基づいて、各学校で教育課程を編成する際の基準を定めたものであり、
文部科学省が10年ごとに改定している。そこには、全般的な学校教育の指針が示さ れると同時に、各教科の学習について、目標や内容等のガイドラインが記されてい る。
昭和 22 年度版には、モデルとすべき発音について、「アメリカの発音に習熟され たい」(文部省,1947,p. 25)、とあり、昭和44年度版までは「現代のイギリスまた はアメリカの標準的な発音」と明記されている。昭和52年度版からは「現代の標準 的な発音」となり、具体的な国名が消えたのだが、これは国際語としての英語を包 括したものではなく、仲(2006, p. 19)は「現代の」という言葉が意味するのは実質 的に「アメリカの」ということであり、イギリスが英語学習のモデルから排除され ただけであると指摘している。つまり、この時点で、一般アメリカ英語(General American)を単一モデルとすることが推進されていたのであった。
さらに、そのような英語の習得を目指すために、「われわれの心を、生まれてこの かた英語を話す人々の心と同じように働かせること」(文部省,1947,p. 1)、「英語 を常用語としている人々、特にその生活様式・風俗および習慣について、理解・鑑 賞および好ましい態度を発達させること」(文部省,1951,p. 37)と明記されていた。
その言語の背景にある文化に対して肯定的および好意的な態度を有することは、目 標言語の習得に効果的であるとされているが、学習指導要領におけるこのような記 述は、言語観を画一的に規定する可能性をもっていたことについて言及しなければ ならない。アメリカの標準語を言語モデルとし、その学習を通じて、彼らの生活様
式や習慣について知識を得、彼らと同じように心を働かすようにすべきだという指 示は、英語を話す際には、いわばアメリカ人のようになることを推奨していること と同等である。これは前章で議論した国際語としての英語の概念とは正反対のもの であり、母語話者規範からの解放、多様性の重視とは逆方向の英語観であったとい える。
さらに、「英語を話す人々」や、「英語を常用語としている人々」にあたる集団の 概念についても掘り下げてみたい。教科書などの内容によっては、アメリカ以外の 国の文化や生活の紹介もあるとは思われるが、アメリカの標準英語をモデルとし、
彼らに同化してそれを習得するという目標が定められている状況下では、英語話者 が本来もつ多様性を単純化して捉え、自分たちの解釈する「英語」、およびそれを話 す標準化された「英語を常用語とする人々」を狭い枠組みで規定してしまう可能性 があったことは想像しやすい。前章でも述べたとおり、標準化された言語を学ぶと いうことには、言語観の標準化という危険性が伴う。ある権威を持って標準化が行 われると、それに対するイデオロギーが生起し、その規範への忠実な態度も生じる。
独自に形成された「英語」や「英語話者」に対する概念は、そこから逸脱するもの を受容しないという排他的態度にも繋がる。ここに日本人の英語観を解釈する上で 重要な要因のひとつがあるといえるのではないだろうか。これについては、さらな る別の根拠を含めて後述したい。
このように、学習指導要領の文言では明記されないまでも、アメリカの標準英語 がモデルとされ、表記法や音声モデルにいたるほとんどにおいて、一般アメリカ英 語が採用されてきた。その後、平成元年度版の学習指導要領からは英語の多様性へ の寛容な態度を謳う記述が見られるようになり、以下のような文言が明記された。
現在、英語は国際語と呼ばれるほど世界の人々に使用され、多様性に富んだ 言葉である。その多様性に富んだ現在の英語の発音の中で、文語的過ぎたり、
あるいは口語的過ぎたり、また特定の地域やグループの人々の発音に偏した りしないいわゆる標準的な発音を指導することが大切である。(文部省,1989,
pp. 47-48)
「国際語」、「多様性」という言葉の使用、「文語」「口語」という言語使用の区別へ
の言及、さらには特定の地域変種および言語コミュニティの発音の偏重を否定する 言語態度が述べられていたことは革新的であったといえる。しかし、この「標準的 な発音」というのが意味するものは具体的に何なのかは依然として不明確であった。
この点について、日本で教鞭を取る英語教師はどのように捉えていたのだろうか。
Mimatsu(2011, p. 256)は、日本人英語教師に学習指導要領のこの「現代の標準的な 英語」をどのように認識しているか(複数回答可)について調査を行ったところ、
92.5%がアメリカ英語と回答し、次いでイギリス英語が64.2%、アイルランド・カナ
ダ・オーストラリア・ニュージーランドが41.5%、シンガポール・インド・ケニアな
どが 11.3%、日本・中国・スペイン・ブラジルなどが 5.7%であったとしている。つ
まり、半数以上の英語教師が「現代の標準的な英語」の中に、母語話者英語の中で もアメリカ英語、イギリス英語以外の英語変種を含めて考えておらず、母語話者英 語以外の英語に関しては英語を公用語としている国の英語は 1 割、それ以外の日本 を含めた非母語話者英語は 1 割にも満たないという状況で、絶対的ともいえる英米 語に対する支持が検証された。このことから、学習指導要領ではもはや直接的に言 及されていないものの、日本の英語教師は、指導する英語については英米語(特に アメリカ英語)を想定していることが明らかになった。
前章の学習モデルについての考察でも述べたとおり、拡大円圏において母語話者 英語が学習モデルとなるのは否めないことであるが、本名(1999, p. 136)は、ここ で重要となるのは、その母語話者英語モデルへの規範主義的態度を強化せず、また、
その完全な習得を学習の最終到達目標としないことであると述べている。教師も学 習者も自分がいかに母語話者英語にこだわり、その規範に忠実であろうとしている かを認識することが、母語話者規範の解放からの第一歩であるとしている。また、
目標とされる学習モデルを、学習の最終到達目標としないことについて言及し、ど のような言語においても一般的な多くの非母語話者が、母語話者と全く同等の言語 使用をするのは不可能に近いことを考え、母語話者水準の捉え方自体の意識の変革 を主張している。そして、英米語などをモデルに学習し、その結果として獲得した 英語のパターンを有効に使えばよいとしている。自らが獲得した英語をも多様性の ひとつとして肯定的にとらえ、過度な規範へのこだわりを否定することこそが、日 本人が国際語としての英語を実践することに繋がると述べている。
同様に小池(1994,pp. 30-31)も、民族英語と区別し、特定の文化を排除した純粋
にコミュニケーションに役立つ世界共通の英語の創造には限界があるとした上で、
互いの文化の相違を認めながら、「外国語を学ぶときにはできるだけ民族言語として の外国語を学習するのが望ましい。それでも、到達の結果としては、日本式の英語 になってしまうのは、多くの人々が発音や表現などで経験している。」とし、学習モ デルを到達目標にしないことを奨励している。
実際に、非母語話者が母語話者とまったく同等の言語運用ができるなどというこ とは(特殊な場合を除いて)非現実的であるといえる。アメリカ英語をモデルとし て学習し、運用する際には日本語の影響を大きく受けた英語になり、母語話者と比 較して流暢さや表現に制限がある等ということについては、日本人の多くの人が実 感していると考えられる。しかし、問題となるのはそれをよしとするかどうかの意 識である。「母語話者とは異なる日本人の英語話者として目標があること」と、「母 語話者英語を絶対的な規範としてそれを最終目標とすること」とは意味合いが異な る。前者は実現の可能性が高く、またその中でも多様な目標設定ができる柔軟なも のであるが、それに比べて後者は達成の難易度が高く、母語話者標準英語への規範 主義的態度がいっそう強化されることが懸念される。
では、非母語話者として十分な英語運用力を身につけるためにはどのようなこと が重要なのであろうか。本名(1999)らの立場に拠ると、母語話者英語をモデルと して学習し、結果として習得したそれとは異なる(かもしれない)英語を肯定的に 受容する態度が鍵となるとされている。それを英語の多様性のひとつとして受け入 れることによって、英語の話者になりうるという。これには母語話者変種、日本に おいては特にアメリカやイギリスの標準英語以外の様々な変種も肯定的に捉えるよ うな態度が求められる。そのような多様性を受容できなければ、自らの英語も受け 入れることが難しいというのがその理由である。それでは次に、様々な英語変種に 対する日本人の言語態度はどのようなものであるのかという点についてみていきた い。