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国際語としての英語の学習モデル

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 33-36)

第2章 国際語としての英語と規範主義

2.3 国際語としての英語の学習モデル

International Language(EIL)、English as a Lingua Franca(ELF)についてみてきた。

WEはインド等の第二言語としての英語を中心に研究が始まり、その意味を拡大させ て様々な英語変種に研究の関心を置くものとなり、ELF は主にヨーロッパの非母語 話者間で共通語となっている英語の特徴を探求しようとした研究が広がりを見せた もの、EILは国際語としての全体的な概念といえるものである。それぞれに差異があ るが、多様性の重視、母語話者規範からの解放という点では共通している。いずれ か一つが今日の国際語としての英語を完全に表す用語とは言えないかもしれないが

10、逆にそのこと自体が国際語としての英語の特徴を表しているといえる。この3つ の用語が提唱された経緯や批判は、現代の英語を考える上で重要な要素をもってい るからである。英語がある特定地域の共通語となる際には、その地域固有の特徴を 帯びた英語が生じ、地域の共通語ではなくても、非母語話者が英語を習得する際に は母語等から何らかの影響を受けた新たな英語が生じる可能性があり、英語の多様 性には際限がない。しかし、国際的な共通語として英語が機能を果たすためにはど こかに共通性が存在することが前提となる。「多様性への理解」と「共通性の保持」、 これこそが英語が世界的な共通語として、これまでに類を見ない役割を担おうとし ていることからくる大きな課題であるといえよう。

していることから同様に国内基準的モデルの採用が通常となっている。そして、国 内における英語の公的使用がない場合(第二公用語の制度などが与えられていない 場合)、英語変種が十分に発達するほどの英語使用域、および言語機能を獲得できな い 拡 大 円 圏 で は 、 言 語 と し て の 規 範 を 地 域 外 に 求 め る 国 外 基 準 的 モ デ ル

(Exonormative model)、特に母語話者モデルが妥当であるとされている(Kachru,

2005)。Quirk(1981)も同様に母語話者モデルが適当であると主張しているが、Kachru

と異なるのは英語が世界的に通じることを最優先とし、1つの標準モデルを規範に すべきであると述べ、多様性に配慮した複数モデルを容認しない立場であったこと である。Quirk(1990, pp. 6-10)はさらに、アメリカ・イギリス、加えてオーストラ リア英語等以外は標準変種として容認せず、その他のどのような変種も標準変種に なりうる可能性を排除する立場をとり、外国語としての英語の教育においては、母 語話者のサポートを必要とし、非母語話者教師は常に母語話者英語に接触している べきだと主張している。

これに対して、Smith(1983)は外円圏、拡大円圏の両方において、どのような変 種も問わない教養のある英語話者モデルが妥当であるとした。この観点から拡大円 圏である日本を例に考えてみたい。教養のある日本人が話す「日本英語」(Japanese

English)(Hino, 2012)は、日本で学習モデルになりうるのであろうか。日本人とし

てのアイデンティティを保持し、無理なく習得できる可能性のあるモデルであるこ とは間違いない。しかし、「日本英語」の問題点は言語としての不確定性である。「日 本英語」が指す変種が、日本語の音声の影響を強く受け、語彙や文法においてもそ の転用がみられるものを指すのかが明確ではない。その変種に体系化した言語機能 が存在し、その変種の実際の使用が十分でない場合は、それがモデルとなる可能性 は低いといえる。

それでは、言語として体系が確立し、使用域も十分なインド英語などの ESLは、

拡大円圏で学習モデルとなるのであろうか。実際に、インド英語は近隣の中東諸国 等において、インド人英語教師によって教えられている例がある。しかし、日本に おいては地理的な要因や地域・国家間の結びつきなどを考えても、わざわざ英語の 学習モデルにする必要性が見当たらないのが現状である。また、Timmis(2002, p. 249)

は、母語話者基準の押しつけは好ましくないが、学習者が学ぶ目的が見当たらない、

あるいは学びたいと思わないモデルを提供するのでは効果が上がらないとしている。

さらに、EILを提唱したSmith(2014, p. 133)は、EILは国際的な多言語社会とい うコンテクストにおいて英語が果たす機能(function)であって、言語変種としての 形式(form)ではないとしている。同様にEILを支持する立場で研究を行うMatsuda

(2012, p. 7)は、何かひとつの変種がどのような国際的コンテクストでのやりとり にも万能に機能することはありえないと述べ、英語教育においては、あらゆる変種 に対応して相互理解が図れるように努力できる方略の重要性を主張し、EILが学習モ デルになるということを否定している。

また、Jenkins(2007)もELFが拡大円圏における学習モデルとなりうるのかとい う点について、ELF研究で得られた知見を英語教師に実証することが必要だが、ELF が言語として完全に体系化しない限りはモデルとしての実践は難しいと述べた11

Seidlhofer(2006)も、学習モデルとしてELFの研究結果を提示しているのではなく、

あくまで社会言語学的実証研究であると述べており、教師に今までの信念をすべて 捨て去ってELFを教えるべきだと言っているわけではないとし、ELFのモデルとし ての可能性を否定した。Jenkins(2007)もSeidlhofer(2006)もどのような英語を学 ぶかはその地域の教師に委ねるか、もしくは学習者の選択の問題であるとしている。

つまり、拡大円圏における英語の学習モデルについて、ELF は言語体系の不確実性 からモデルとはなりえず、EILも英語が果たす機能・概念であることから言語として の具体性を欠き、やはり同様にモデルとしての役割を担うことはできないことが明 らかとなった。

それでは、なにかひとつの単数モデルではなく、複数モデルの提示はどうなので あろうか。Canagarajah(2005)、McKay & Bokhorst-Heng(2008)は、絶対的な単一 モデルの危険性を認識したうえで、世界の英語の多様性を鑑みた複数モデルの受容 の必要性を主張している。これは、学習者が英語の多様性を理解するきっかけとな る可能性を含んだ良策であるかもしれない。シンガポールのように英語の国内使用 と国際的使用の区別を必要とするのであれば、その両方のモデルの提示は有用であ

11 その代わりとして、Jenkins(2009)、House(2012)は、相互理解を達成するための機能で ある調整方略(accommodation strategies)を推奨するようなガイドラインを提案している。母 語話者の発音や語用に近づけば通じるという考え方ではなく、非母語話者としての方略の認 識の重要性を強調している。例としては、繰り返し(repetition)、言い換え(paraphrase)、多 言語を活用したコード・スウィッチング(code-switching)、互いに非母語話者であることを 認識して相手に助けを求めること(request for help)、独自のイディオムの使用(creative use of idioms)やアイデンティティの提示(showing identity)があげられている。

ろう。しかしながら、拡大円圏というコンテクスト、特に日本においてはその複数 なるものについてどの変種をいくつ採用するのかという問題が生じる。また、実際 問題として教室で複数の学習モデルを扱うことについては、学習者に混乱が生じる ことも避けられないであろう。複数の英語変種にさらされるという経験が、学習者 のあらゆる変種への寛容度を高めるのに有効であるとしたら、それは複数変種をモ デルとして提示するのではなく、英語の多様性を紹介する目的での変種の提示とい うかたちが適切であろう。

これらの議論から、日本のような拡大円圏の英語教育において母語話者英語が学 習モデルであることは、現状として避けられないことが明らかになった。そしてこ れこそが、国際語としての英語と英語教育の抱える問題の根底にあるものなのであ る。

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 33-36)