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B 先生のストーリー

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 122-130)

第3章 日本の英語教育と言語態度の諸相

4.5 分析

4.5.5 B 先生のストーリー

B 先生と英語との関わりは小学生時代に遡る。以前に外資系企業に勤務していた 英語が堪能な母親が自宅で個人英会話教室を開いており、B 先生は時折いっしょに 参加して英語に慣れ親しんでいたという。また、英語の母語話者が自宅に頻繁に来 客として来ている環境も当然のこととして捉えていた。同級生にも外国人の友人が いたりなどして、英語は身近なものであったが、中学校に入って文法を習い始めて から、英語の文法に対して苦手意識が芽生えてしまったという。そんな中、B 先生 と英語との関わりを語る上で重要な出来事となったのは、中学 2年次の 1年間をア メリカで過ごしたことであった。以下はそれについてのストーリーである。((B)

はB先生、(*)は調査者)

(B)私、中学2年のときにアメリカに行ったんですけど、いきなり現地校に入れ られまして、

(*)え、それ、家族で?

(B)はい。父の仕事の関係でー、中2のー8月に渡米したんですけど、

(*)へー。

(B)まーほとんどわからない状態で行って、現地校に入れられて1年過ごしまし た。(笑)

(*)えー、どうでした?

(B)すごい大変でした。

(*)(笑)

(B)(笑)

(*)日本人とかもいない?

(B)うん、いたんですけど学年違って、同じクラスとか同じところにはいなかっ たですね。だから、家を出たら全部英語。ほんと英語漬けの生活でした。

(*)へー。

(B)だから初日は、例えばトイレ行きたいとかー何食べたいとか、そういうのを 母に書いてもらってそれを見せて用を済ませてました。

(*)うわー、えー、どうやって慣れていったんですか?

(B)やっぱり耳から入ってくるのでー、

(*)やっぱり。

(B)お友達とかと会話したりー、それでむこうの人とかけっこう親切な人とかっ ているので。特に中学生だったんでー助けてくれたりとかー、

(*)あー、でー、だんだん仲いい子ができてきてー、

(B)そうです、そうですー。ずっと英語でー。

(*)えー、じゃあ、もう1年いたらけっこう、

(B)そうですねー。だいたいわかるように。

…でもー、1年間文法全然やらなかったのね。中2から中3にかけての文法

をやらなかったので、それはもう帰ってきてから大変でした。

(*)えー、そうなんですか。でも中 2 中3ぐらいの文法ってしゃべってれば身 についちゃわないんですかねー?

(B)うーん、でも正しい文法っていうのは…動詞、不定詞、動名詞…あたりはち ゃんとやっぱりちゃんとやっとかないと、

(*)なるほどー。で、帰ってきて勉強してっていうかんじで?

(B)そうです。で、帰ってきて母が家庭教師を、外国人の家庭教師を、その話し 相手をつけてくれたことが、週に1回…2時間くらいの会話の時間をとって くれたので会話力を維持できたと思います。

(*)へー。じゃあ、その後も英語を忘れずにっていうかんじで?

(B)そうですねー。1年のわりにはしゃべれるみたい、ではあります。

家を出たらすべて英語というアメリカでの生活は、最初こそ戸惑いがあったものの、

良い友人たちにも恵まれ、1年間だけの滞在としては英語をさらに話せるようになっ たという実感を伴っていた。ストーリー中、最後に述べられている「1年間しかアメ リカに滞在していない帰国生のわりには英語が話せる」という部分は、比較的ゆっ くりとした速度で言葉を選ぶように語り、その語尾はほとんど消え入るような大き さであった。これは内容に関する謙遜であることが容易に推測できるが、B 先生は インタビューの語り全般において、自分の話したいことというよりも、必要とされ ていることを調査者の質問に答えていくような形で過不足なく話そうという姿勢が みてとれる協力者である。前述のA先生のインタビューでは語りの主導権はほとん

どA先生が握っており、調査者は大きなトピックチェンジを数回するだけで、A先 生が自発的に選択したストーリーがA先生のさじ加減で語られ、その重要度を解釈 することが比較的容易にできた。B 先生も質問に対して自分の選んだストーリーを 語っていることは同じであるが、ひとつひとつのストーリーに関してそれほど長く 語ることはなく、次のストーリーへの促しも調査者が担当することが多く見られた。

また、調査者がB 先生の語りを補足するようなかたちでストーリーが進められてい る部分もあり、B 先生のストーリーを解釈する際には、協力者と調査者の相互作用 性、調査者自身の再帰性を十分に考慮しなければならない。

このストーリーでは、母親の影響やアメリカ滞在の経験から英語が話せるように なったことが語られているが、この「アメリカ滞在経験」がB 先生のライフストー リー全体において重要な位置を占めていること、また、ここで語られた「英文法の 学習で苦労したこと」がその後のストーリーの中でも複数回挙げられ、一貫した重 要性を示していることに言及しておきたい。

次に、帰国後の日本での学校生活、英語の授業などについて語ったストーリーを みてみたい。

(*)帰ってきてからは何かありました?

(B)英語についてですか?

(*)あーなんでもいいです。

(B)うんとー、そ…んなにはなかったですけど、1年とにかくどの科目も勉強し なかったので勉強ついていくのが大変でした。(笑)

(*)あー。(笑)でも英語は抜群だったでしょ?

(B)あ、はい。そうですね。そこでしか点数取れないので、

(*)いやいやいや。高校入ってからの英語ってどうだったんですか?つまらな かったとか。(笑)

(B)そんなことはないです(笑)

(*)そうなんだー。

(B)高校ってリーダーと文法に分かれてて、わたし文法ができなかったのですご い頑張って文法をやったらそのうちそっちが得意になっちゃって、

(*)へー、すごい。そうなんですねー。

(B)中学のときは英語の授業で毎回読まされたりとかもありましたねー。

(*)発音がいいから。

(B)うーん。

(*)みんなからもけっこう「おーっ」みたいな。

(B)「おーっ」みたいな、はいはい。【少し顔をしかめて】

(*)え、でもそれはなんか嫌だったんですか?

(B)嫌です、嫌です。中学3年のときはやっぱり同じ学校にいたので嫌でした。

(*)あー、なるほど、ずっと昔から知ってる子たちだから、

(B)そうそうそうそうそうそう。

(*)でも憧れられてたりして。

(B)いやー、そこまで…。当時帰国子女ってそんないないですし、今みたいにい ないし、言葉もないし、「アメリカ帰り」「アメリカ帰り」って言われてな んかどうなんですかねー。ちょっと居心地はよくなかった。

(*)あー、そうなんですか。じゃあ、高校では?

(B)高校では、みんなスタートラインが同じなので、英語が出来る人っていうか んじで思われてたみたいです。

調査者はこのストーリーの冒頭の質問で、帰国後のストーリーを自由に話してほし いということを意図していたが、B 先生はどのようなことについて具体的に話せば よいか確認をしている。その後、学習の話になったので、調査者は英語について話 を絞るような質問をしていった。さらに、帰国生たちが抱くと思われる日本の英語 教育におけるギャップなどを、帰国生ではない調査者が一般的ステレオタイプの観 点から質問している。「英語の授業が物足りない」、「英語の発音がよい帰国生は 周囲の生徒からも一目置かれる」などという点であるが、B 先生はまず、日本の英 語の授業が物足りなかったとは感じておらず、文法を学習して得意になったという、

調査者の想定とは逆のことを語った。また、周囲の生徒から一目置かれることに関 しては同意したものの、B 先生本人は「嫌だった」という否定的な評価を下してい た。さらに、帰国後の中学・高校時代についてこれ以上の内容を語っていないこと からも、中学・高校時代の自己と周囲との関係において、B 先生にとって自分が帰 国生であることに対する肯定的な意味での重要度はそれほど高くはなかったと考え

られる。または、このストーリーを語る今の自分からみて、帰国生であることが当 時の社会的自己の形成に肯定的な影響を及ぼすものではなかったと捉えているのか もしれない。それよりもむしろ、アメリカ滞在経験そのものが B 先生にとって重要 な事柄であったことが、職業についての次のストーリーに表出している。

B 先生は学生時代、どうしても国際線を就航している航空会社のフライトアテン ダントになりたかったと語った。このストーリーの中では、「他の道もあったんで しょうけど、自分がその夢を実現させたいなってすごく思ってて」、「自分でこう したいって思ったんですね」とそれまでと比較してやや強い語気を伴った語りをみ せた。以下は、その理由を尋ねた後のストーリーである。

(B)私、中学でその、アメリカに行った時に帰りたくなくってー、留まりたかっ たんですけどー、やっぱりどうしても帰らざるをえなくってー、で、どう したらもう一回来れるかなっていろいろ考えてー、(笑)

(*)えー。(笑)

(B)それで通訳になるかスチュワーデスさんになるかもうどっちかだなって思っ て、どっちになってもいいようにいちおう勉強はしてました。あの頃は、は ーい。

(*)あー、そうだったんですねー。

(B)そーう、そうなんです。だから教員とかなるなんて全然考えてなくてその頃 は。

中学2年次のアメリカ滞在は最初こそ苦労をしたものの、1年を過ぎた頃には帰国を したくなくなるほど楽しいものに変化していたことがわかる。この経験が職業を決 定する上での第一要因になっていたことからもわかるように、B 先生の人生におけ る最重要事項のひとつだったのである。ただし、フライトアテンダントの仕事に就 いてから、学生時代の当初の希望がかなったかどうかについては笑い話として、そ の後のストーリーで語っている。

(B)でも(笑)住むのと、仕事でちょこっと行くだけとは全然違うっていうのが、

よくわかりました。(笑)

ドキュメント内 2016 年度 博 士 学 位 申 請 論 文 (ページ 122-130)