第3章 日本の英語教育と言語態度の諸相
4.4 分析の焦点
4.4.3 再帰性(reflexivity)
それでは、協力者である語り手だけの自己概念やアイデンティティが分析の対象 となるのであろうか。ライフストーリー・インタビューにおける語り手の自己呈示 は、調査者に受け入れられる際に調査者自身の立場や知識、先入観や否認をともな って修正されながら構築されていく動的な過程であり、語られたストーリーの解釈 において、インタビューを行った調査者である自己をまったく無の存在として分析 を行うことはできない。インタビューは相互行為であり、語り手と調査者の間で相 互に影響し合う過程こそが分析の対象なのである。純粋な客観主義的にインタビュ ー・データを解釈することは不可能であり、調査者は「自己」というフィルターを 通じて、常に自分を参照しながら分析を行っているということを認識しなければな らない(Richardson, 1992, p. 118)。同一のものを認識しても、人によって捉え方が違 うのはそのためである。Sword(1999, p. 277)は以下のように述べている。
いかなる研究調査においても、調査者の偏見や前提、人格がまったく反映され ていないものはない。私たちは親密に関わっている活動から自身を分離するこ とはできないのである。〔日本語訳引用者〕
よって、ストーリーの解釈では調査者の立場や知識、経験、あるいは語り手との関 係等がいかにこのデータに影響を及ぼしているかを捉え、記述することが必要とさ れる。それは調査者による主観的バイアスや、調査者がその調査に対して抱く前提 を確認する手段のひとつであり、質的研究におけるデータ分析の妥当性に関わる重 要な事柄であるといえる。
このような質的研究における再帰性(reflexivity)16についてBerger(2013, p. 220)
は、Pillow(2003)、Guillemin and Gillam(2004)、Bradbury-Jones(2007)、Stronach et al.(2007)を参照し、協力者の語るストーリーを解釈するにあたり、調査者は自身 の立ち位置を批判的に捉え、それが分析に及ぼす影響についてまで認識することの
16 Giddensは近代社会は再帰的に構成される社会であるとして「再帰性」を自身の理論の鍵
概念として用い、Bourdieuも自らの研究を再帰的社会学とも称しており、「再帰性」というタ ームは社会学における最も重要な概念のひとつであるといえる。彼らが用いる「再帰性」の 解釈は多くの研究者によって議論がなされているところであり、本稿では質的研究法におい ての再帰性について言及するのみに留めたい。
必要性について述べている。協力者の自己概念の分析と同様に、調査者も自己の複 数性に対してカテゴリー化を行う必要がある。Reinhartz(1997)は調査者の自己に ついて、「調査に基礎をもつ自己」、「持ち込まれた自己」、「状況が生み出した自己」
の3つのカテゴリーに分類した。「調査に基礎を持つ自己」は、調査者の社会的役割 に基づくもので、どこに所属しているか、よい聞き手であること、一時的な訪問者 であること等を意味するという。調査者は一般的にこれを最も卓越した自己と捉え ているかもしれないが、協力者やそのコミュニティでは必ずしもそれだけで受け止 められているわけではないという。性別、年齢、人種、民族、社会的地位、既婚か 未婚かなどといったその人固有の属性である「持ち込まれた自己」や、調査フィー ルドの状況によって一時的に形成される「生み出された自己」などの存在も、調査 に影響を与えていることが指摘されている。本調査では、調査者が大学院で研究を 行っているといった「調査に基礎を持つ自己」が、後述する一人の協力者にとって 大きく作用し、自分のストーリーを語ることよりも調査者に知識や意見を求めると いった傾向が強くなってしまった例が挙げられる。また、調査者本人がもつ特性で あり、協力者たちとのそれまでの個人的関係の経緯を含む「持ち込まれた自己」に ついては、協力者と同じ英語教師であったり、または同性であったり、既婚で子ど もがいることなどから共通して理解・共感してもらえるといった協力者たちの前提 も観察することができる。
協力者と同じコミュニティに所属していたり、同じ職業に就いていたり、類似し た経験を持つような調査者は「インサイダー(insider)」と呼ばれ、そのことが調査 分析に及ぼす利点および問題点についてはいくつかの指摘がなされている(Daly, 1992; Gibson & Abrams, 2003; Berger, 2004; Kacen & Chaitin, 2006; Padgett, 2008; Drake, 2010)。インサイダーはそのコミュニティの言語や用語、慣習を含めた共通理解が多 く、何をどのように尋ねるか、どのようなことに注意が必要かを心得ている。また、
協力者によって語られた内容について、背景知識を十分理解しながら暗示された部 分まで洞察し、繊細な部分にも注意を払うことができるという。しかし、より深い 考察が可能になるという利点には大きな危険性も伴う。その共通性および共感でき る点を当然のものとして捉え、協力者の経験について、調査者自身の価値観や信念 からの解釈・分析を行い、協力者のストーリーの真意を見落としてミスリードして しまうことである。これを回避するためには、調査者自身がもつ解釈の枠組みであ
る価値観、信念、バイアスに対して認識すること、つまり再帰性が求められるので ある。
以上、本調査における分析の焦点について述べてきた。実際の分析に入る前に、
本調査のために調査協力依頼をしてライフストーリー・インタビューを実施した 7 人の日本人英語教師の協力者について触れておきたい。調査協力者の年齢、性別、
英語教師経験年数、勤務校の属性、およびインタビュー時間は、表4.1に示すとおり である。
表4.1 協力者の年齢・性別・教師歴・勤務校・インタビュー時間
年齢 性別 教師歴 勤務校 インタビュー 時間
A先生 49歳 女性 21年 私立高校A 90分
B先生 54歳 女性 10年 私立中高一貫校B 53分 C先生 39歳 女性 11年 私立中高一貫校C 100分 D先生 37歳 女性 6年 私立中高一貫校D 66分 E先生 53歳 男性 30年 私立中高一貫校D 68分 F先生 48歳 女性 12年 私立中高一貫校B 119分 G先生 45歳 男性 22年 私立中高一貫校E 74分
本稿で分析を行うのは、この7人のうちA先生、B先生、C先生の3人である。3 人を特に取り上げて分析をする理由については、自身と英語との関わりについての ストーリーが十分に語られていたことや、そのストーリーが自身の英語観に結びつ く一貫したものであったことなどが挙げられる。
一方で、本稿で取り上げることのできなかった 4人のうち 3 人の協力者の語りに は、インタビュアーである調査者との関係性においてある特徴が見られた。協力者 には一様に、英語の一学習者としての子ども時代から現在に至るまでの自身につい ての語りを依頼していた。しかし、インタビュアーである調査者自身も英語教師で あり、その研究を行っているという協力者たちの認識や、それぞれの協力者と調査 者との関係性から、協力者の現在の英語教師としての悩みを吐露したり、英語教育
に関わる努力や工夫を伝えたりする場になってしまったのである。よって、協力者 がどのように英語に興味を抱いていったか、英語学習について学生時代はどう思っ ていたのか等という過去の出来事やそれに対する自己評価などの振り返りの語りが 希薄になってしまい、協力者のライフストーリーが浮かび上がってこないという事 態に陥ってしまった。前述のように現在の日本の英語教育を取り巻く環境の急速な 変化に伴った教育改革が行われている中で、現場の教員はこれまでにない変革を求 められているといっても過言ではない。しかし、その変革要求に対して十分な勉強・
準備ができるような時間的余裕が必ずしも与えられているとはいえない。そのよう な状況下において、本調査の協力のために時間を割き、大学院で研究を行う調査者 から、自らの教育実践に役立つような情報を得ようとすることや、同様に英語教師 でもある調査者に授業における悩みを吐露する姿勢になることは自然な流れである といえる。
実際に、D 先生はインタビュー当時、新年度から高校 1 年生の英語を担当するこ とになり、それまでにその勤務校ではどの学年も行っていなかった全て英語で行う 授業を期待されていることに相当なプレッシャーを感じているところであった。生 徒が理解できるようにどのような授業を行っていくかを相談する同僚や準備時間が ないに等しく、混乱している中でのインタビュー協力であった。その状況はインタ ビューでの語りの中から明らかになったものだったが、D 先生がその時、自身につ いて悠長に振り返っている場合ではないこともまた明らかだった。
また、E先生は学生時代に特徴的な経験をしており、その経験からくる教育観が現 在の教育実践への強い動機となっていて、英語の授業における様々な工夫に繋がっ ていることが、語ってくれた様々なストーリーから看取できたのだが、国際語とし ての英語に対する見解や、自身の英語観が浮かび上がってこなかった。この要因と して、調査者は元の職場において E 先生の後輩であり、調査者にとって英語の授業 などで有益なものを提供してあげようという E 先生の配慮ともとれる意識が働いた ことが考えられる。
また、F先生は「国際語としての英語」自体に強い興味を示し、それをいかに自身 の授業で役立てることができるのかについて関心があり、大学院で研究する調査者 にその詳細を尋ねる姿勢が多く見られ、やはり同様に自身の振り返りのストーリー が少なくなってしまったため、本稿では分析を見送ることとした。ただ、本稿では