3. 移動動詞における項の拡張
3.1. lassen 使役と自由与格: 移動動詞の場合
3.1.1. lassen 使役: 「間接使役」か「直接使役」か
ドイツ語の多くの移動動詞では語彙的な使役交替が認められず1、使役的な状況を表
すためにlassen が用いられる。移動動詞のlassen 構文における補部の事態は、その意
味上の主語(統語的には対格の名詞句)に移動の要因が内的に存在する場合(=例(3))
と存在しない場合(=例(4))とがある:
(3) a. Der Hundebesitzer ließ den Hund im Park laufen. (= (1d)) the dog.owner-NOM let-3SG the dog-ACC in.the park run-INF
犬の飼い主が公園で犬を走らせた。
1 lassen 使役がかなり生産的であるのに対し、語彙的使役(自動詞と同形の他動詞用法)
は fahren(乗り物を運転する)や fliegen(飛行機を操縦する)などの「輸送・運搬」を
表しうる、ごく一部の移動動詞でしか認められないとされる(Oya (2005)参照。以下の 例(a, b)はOya (2005: 115)からの引用):
<fahrenなどの自動詞用法>
(a) Sie fuhr/flog/ruderte/segelte nach New York.
she-NOM drove/flew/rowed/sailed-3SG to New York
彼女は(列車・船などの)乗り物で/飛行機で/ボートで/帆船でニューヨークへ行った。
<fahrenなどの他動詞用法>
(b) Kapitän Mars fuhr/flog/ruderte/segelte sie nach New York.
captain Mars-NOM drove/flew/rowed/sailed-3SG she-ACC to New York
船長/機長/舵手/船長のマルスは船で/飛行機で/ボートで/帆船で彼女をニューヨーク
へ輸送した。
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b. Der Dompteur ließ den Hund durch den Reifen springen.
the tamer-NOM let-3SG the dog-ACC through the hoop jump-INF
調教師が犬に輪をくぐってジャンプさせた。
(4) a. Er ließ den Stein unsanft ins Wasser fallen. (= (1b)) he-NOM let-3SG the stone-ACC roughly into.the water fall-INF
彼は石を荒っぽく水の中に落とした。
b. Er ließ den Ball langsam ins Tor rollen.
he-NOM let-3SG the ball-ACC slowly into.the goal roll-INF
彼はボールをゆっくりと転がしてゴールに入れた。
(3)では、補部で表される事態「犬が走る」「犬が輪をくぐってジャンプする」はいずれ
も補部の意味上の主語である「犬」による自律的な移動を表す。(3a)のlassen構文の主 語の「飼い主」は犬が走るのをそのままほうっておく、その事態を妨げないものであ る(許可・放任の用法)。(3b)のlassen 構文の主語の「調教師」は、犬に輪をくぐって 跳ぶように指示する人物として捉えられる(指示・強制の用法)。これらの(3a, b)のlassen 構文で表されるのは、lassen 構文の主語が補部の事態に指示や放任などによって関わ る「間接使役」である。他方(4)では、lassen 構文の主語の「彼」が、その補部で表さ れる「石が水の中に落ちる」「ボールが転がってゴールに入る」という事態を引き起こ す直接原因(Ursache; cause)として捉えられる。(4a, b)のlassen構文で表されるのは、
英語においてはもっぱらmove(動かす)のような語彙的使役動詞で表される(例えば John moved the chair.「ジョンは椅子を動かした」)、主語が事態の原因として捉えられ る「直接使役」であるといえる。
移動動詞の lassen 構文ではさらに「直接使役」の下位分類として、補部の非自律的 な事態を「意図的に引き起こす」という意味と、補部の非自律的事態を「意図せずに 引き起こす」という意味が表されうる:
(5) a. Ich ließ die Flasche aus der Hand fallen.
I-NOM let-1SG the bottle-ACC out.of the hand fall-INF
私は瓶を手から落とした/手から落としてしまった。
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b. Sie ließ das Taschentuch aus der Hand gleiten.
she-NOM let-3SG the handkerchief-ACC out.of the hand slip-INF
彼女はハンカチを手から滑り落とした/滑り落としてしまった。
c. Er ließ den Ball durch die Beine rollen.
he-NOM let-3SG the ball-ACC through the legs roll-INF
彼はボールを脚の間を通して転がした/転がしてしまった。
(5)のlassen構文の補部ではいずれも、「瓶が手から落ちる」「ハンカチが手から滑り落
ちる」「ボールが脚の間を転がる」という、外的な要因によって引き起こされる非自律 的な事態が表されている。(5a)のfallen(落ちる)のlassen構文では、コンテクスト次 第で、「瓶を意図的に手から落とした」という意味と、「瓶を意図せず手から落として しまった」という意味が表されうる。同様に(5b, c)のgleiten(滑る)およびrollen(転
がる)の lassen 構文においても文脈に応じて「意図的に滑り落とした/転がした」と
いう意味、あるいは「意図せず滑り落としてしまった/転がしてしまった」という意 味が表される。ここでは、前者のような「補部の事態を意図的に引き起こす」場合を
「意図的使役」、後者のような「補部の事態を意図せず引き起こす」場合を「非意図的 使役」と呼ぶこととする。(5a)を例に挙げると、対格で示される「瓶」は、主語の「私」
が手にしていたという意味で、その制御下にあったものと考えられる。主語の「私」
が「瓶」を手にしたままならば、「瓶が手から落ちる」という事態は起こりえず、その ような事態は「私」の意のままに操ることができると考えられる。そのような状況下
で、(5a)が「瓶を意図せず手から落としてしまった」という「非意図的使役」の解釈で
ある場合、その主語の「私」は自らの制御下にあったはずの事態の生起を意のままに することができなかったといえる。このように、lassen 構文が「非意図的使役」を表 す場合、主語は事態を引き起こした使役主でもあり、同時に本来であれば自身の制御 下にあるはずの、(往々にして)望ましくない事態の生起を防ぐことができなかった、
その事態の受け手的な人物としても捉えられるといえる。
以上のような、移動動詞が用いられる lassen 構文の解釈は、次の図のとおりにまと められる:
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間接使役・・・ 補部の自律的な事態に関与する
文脈に応じて「指示・強制」「許可・放任」(例(3))
直接使役 意図的使役・・・補部の事態を意図的に引き起こす(例(4))
非意図的使役・・・補部の事態を意図せず引き起こす(例(5))
図3-1: 移動動詞のlassen構文の解釈
このように、移動動詞における lassen 構文の解釈には、まず、その主語が補部の自律 的な事態に間接的に関与する「間接使役」(文脈に応じて指示・強制、許容・放任)と、
主語が補部で表される事態の直接原因である「直接使役」とがある。「直接使役」には さらに、補部の事態を意図的に引き起こす「意図的使役」あるいは補部の事態を意図 せず引き起こす「非意図的使役」が認められる。直接使役の下位分類である「意図的 使役」「非意図的使役」については、上掲(5)のようなどちらの解釈も可能な例があり、
その場合に当該文がどちらの解釈であるか、すなわち主語に意図性が認められるか否 かは、具体的な文脈に応じて判断される。