• 検索結果がありません。

自由与格の意味論

ドキュメント内 ― ドイツ語の移動動詞を例に ― (ページ 35-39)

2. 新たな項の追加―lassen 使役と自由与格

2.2. 自由与格

2.2.3. 自由与格の意味論

28 の意味的な背景を示す。

29

このように、Rosengren (1978)の分析によれば、自由与格の意味役割15は一貫して事 態の「被動者(Patiens; P)」であり、この被動者役割は、項(x)と命題(Proposition; Prop)

からなる以下の図式で捉えられる((25)はRosengren (1978: 393)からの引用):

(25) P (x, Prop)

(25)の図式で示されるように、自由与格((25)における項 x)は一義的に文の命題・事

態(Prop)から何らかの影響を被る項であるとされる。所有や不利益・利益といった 与格の具体的な解釈は、命題に含まれる個体項と与格項との間の意味関係や、語用論 的条件によって読み込まれるものであると、Rosengren (1978)は論じている。

次に、Wegener (1985, 1991)では、与格項の認可が許容される条件として、動詞にあ る種の「結果性(Resultativität)」(Wegener (1985: 69ff.))ないしは「被動性(Betroffenheit)」

(Wegener (1991: 85f.))が含意されることが挙げられている。例えば、「(ある人が)上 司のために同僚を観察する」「スパイが(その所属する)秘密情報機関のために秘書か ら話を聞き出す」「(ある人が)同僚のために事態の成り行きを見守る」などは、起こ りうる状況として想定することが可能であると思われる。しかし、beobachten(~を観 察する)、aushorchen(~から話を聞き出す)、verfolgen(~を追う、見守る)などの動 詞を用いた、以下の(26)の例は非文となる。これに対し(27)は自由与格が問題なく許容 される例である((26), (27)はWegener (1991: 85f.)からの引用):

(26) a. *Otto beobachtet seinem Chef die Kollegen Otto-NOM watches-3SG his chief-DAT the colleagues-ACC

オットーは上司(のため)に同僚を観察する

b. *der Agent horcht dem Geheimdienst die Sekretärin aus the agent-NOM sounds.out-3SG the secret.service-DAT the female.secretary-ACC PRT

スパイは秘密情報機関(のため)に秘書から話を聞き出す c. *er verfolgt seinem Kollegen die Sache

he-NOM sees-3SG his colleague-DAT the thing-ACC

彼は同僚(のため)に事態を見守る

15 Rosengren (1978)では「格関係(Kasusrelation)」という用語が使われている。

30

(27) a. er tritt dem Kollegen ans Bein he-NOM steps-3SG the colleague-DAT on.the leg 彼は同僚の足を蹴る

b. er rennt ihm ins Auto he-NOM runs-3SG him-DAT into.the car 彼は(別人の)彼の車に走ってとびだす

(26)の文において自由与格の認可が認められない理由としては、これらの動詞で表され る行為(「観察する」「話を聞き出す」「(注意深く)見守る」)が、対象物に対して、あ る種の結果状態をもたらすものではないことが挙げられる。言い換えれば、(26)の

beobachten、aushorchen、verfolgenでは、目的語で示される対象物の物理的・性質的な

変化が含意されない。一方、(27a)では文中の前置詞句で示される対象が、treten(蹴る)

という身体動作の目標となるような与格の人物の身体部位(足)である。また、(27b) でも、文中の前置詞句で示されるものは、動詞 rennen(走る)によって表される場所 の変化の目標・到達点であり、与格の人物が運転している対象物である。このように (27)では、動詞に含意される行為の結果として、前置詞句で示される対象への接触や影 響があり、かつ、その対象と与格の人物との間には緊密な関係性が認められる。他方、

上述の(26)では、そのような動詞に含意される結果性・被動性が乏しいために、自由与 格が許容されないとされる。

また、そのほかの意味的条件として、Wegener (1985)では、動詞が表す行為を直接的 に受ける対象と与格の人物との間に認められる「所有の関係(Haben-Relation)」の度 合いが挙げられている。以下の(28)における非文の例では、対象物であるder Tisch(机)

と与格の人との間にこの関係が十分認められないために、与格項の追加が認められな いとされる((28)はWegener (1985:76)からの引用):

(28) a. er klopft ihm auf die Schulter he-NOM taps-3SG him-DAT on the shoulder 彼は(別人の)彼の肩を叩く

*er klopft ihm auf den Tisch he-NOM taps-3SG him-DAT on the table

31 彼は(別人の)彼の机を叩く

b. das liegt mir auf der Seele that-NOM weighs-3SG me-DAT on the mind それは私の心に重くのしかかっている

*das liegt mir auf dem Tisch that-NOM weighs-3SG me-DAT on the table それは私の机に重くのしかかっている

最後に、Ogawa (2003)による自由与格の意味的分析を取り上げる。Ogawa (2003)では、

与格の実現が、述語に含まれる「影響性(Affiziertheit)」と、述語と与格項との間に認 められる「関係性(Relation)」との相互作用によって規定されるという分析が示され ている16。Ogawa (2003)による「影響性」という与格の実現を規定する意味的条件は、

Wegener (1985)において「結果性(Resultativität)」として挙げられている意味素性に相

当するとされる(Ogawa (2003: 13f.)参照)。「関係性」という意味的条件については、

Ogawa (2003)において具体的な記述はないものの、Wegener (1985: 76)が「所有の関係

(Haben-Relation)」として挙げた意味素性に概ね相当すると考えられる。例えば、以 下の(29)は述語に含まれる「影響性」によって、(30)は述語と与格で具現されている項 との「関係性」によって与格の実現が規定されるものである((29), (30)はOgawa (2003:

6)からの引用):

(29) a. Otto repariert Karl das Auto.

Otto-NOM repairs-3SG Karl-DAT the car-ACC

オットーはカールのために車を修理する。

b. Otto sieht (*Karl) das Auto.

Otto-NOM sees-3SG (*Karl-DAT) the car-ACC

16 Ogawa (2003: 13)による説明は次のとおりである:

Die Dativrealisation wird gesteuert durch die Interaktion von i) „Affiziertheit“, die das Basisprädikat beinhaltet, und ii) „Relation“, die zwischen diesem Basisprädikat und dem durch den Dativ zu kodierenden Argument besteht. (Ogawa (2003: 13))

与格の実現は、基礎となる述語に含まれる「影響性」と、この述語と与格で具現 される項との間の「関係性」との相互作用によって規定される。

32 オットーはカール(のため)に車を見る。

(30) a. Seit gestern wackelt mir der Zahn.

since yesterday wiggles-3SG me-DAT the tooth-NOM 昨日から私の歯がぐらぐらしている。

b. Seit getern wackelt (*mir) der Schreibtisch.

since yesterday wiggles-3SG (me-DAT) the desk-NOM

昨日から私の机がぐらぐらしている。

「影響性」によって与格の認可が規定される(29)について、(29a)における述語動詞の

reparieren(修理する)は、(29b)におけるsehen(見る)よりも高い「影響性」を示し、

(29a)では自由与格が問題なく許容される。その一方で、十分な「影響性」が示されな い(29b)では、自由与格は認められない。また、与格の認可が「関係性」によって規定 される(30)については、(30a)における主語の項der Zahn(歯)は与格の人物の身体の一 部であり、(30b)におけるder Tisch(机)と比べて、与格とのより緊密な「関係性」が 示される。(30a)とは異なり、(30b)では与格と述語との十分な「関係性」が認められず、

自由与格の付加が許されないとされる。

ドキュメント内 ― ドイツ語の移動動詞を例に ― (ページ 35-39)