2. 新たな項の追加―lassen 使役と自由与格
2.4. 本章のまとめと問題提起
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瓶が私にとって都合の悪いことに床の上に落ちてしまった(「私」はその事態を 防ぐことができなかった)。
b. Der Ball rollte mir ins Aus.
the ball-NOM rolled-3SG me-DAT into.the out
ボールが私にとって都合の悪いことに場外に転がり出てしまった(「私」はその 事態を防ぐことができなかった)。
(38)の移動動詞のlassen構文では、主語の「私」が、補部で表される「瓶が床に落ちる」
「ボールが場外に転がり出る」という事態の直接原因であるといえる。これらのlassen 構文ではさらに、文脈次第で、「私は意図的に瓶を床に落とす」「私は意図的にボール を転がして場外に出す」という解釈と並び、その事態の生起が主語の「私」の意図し ないものであるという解釈が可能である。(39)の移動動詞の与格構文では、「瓶が床に 落ちる」「ボールが場外に転がり出る」という事態から与格が何らかの影響(ここでは 不利益)を受けるという解釈のほか、文脈に応じて、与格がその事態の生起に責任を 負う、事態を意図せず引き起こした人物として見なされるという解釈が得られる。こ のように、(38)のlassen構文で表されうる、事態の生起がその使役主の意図によらない ものであるという意味、および(39)の与格構文で表されうる、事態の生起の責任が与格 に帰せられるという意味は、どちらも新たに追加された項、すなわち主語あるいは与 格の「私」による意図しない出来事を表すという点で共通している。
以上のように、lassen 構文と与格構文は、一部の状態変化動詞や特定のタイプの移 動動詞が出現する環境で、動詞本来の項構造に対して新たに追加された項の「意図し ない出来事」が表されるという、意味的な接点を持つといえる。
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のほか、直接原因とその結果から構成される「直接使役」という、質的に異なる 使役のあり方が認められる。
(ii)自由与格
ドイツ語の自由与格でそもそも表されるのは、人と表される事態との間に認めら れる影響関係であり、そのような影響関係を基底として、項同士の意味関係や語 用論的要因に応じ、所有、利益・不利益といった与格の具体的な意味が読み込ま れることが可能になる。
(iii)lassen使役と自由与格との重なり
「表される事態の生起に(間接的あるいは直接的に)関与する」ことを表すlassen 使役と、「表される事態から何らかの影響を受ける」ことを表す自由与格では、項 拡張により追加された項(新たな主語または与格)が、述語動詞によって表され る事態のある種の参与者と見なされるといえる。しかも、両者は一部の状態変化 動詞(例えばverwelken(しおれる)やverderben(腐る)など)や特定のタイプの 移動動詞(例えばfallen(落ちる)やrollen(転がる)など)が出現する環境で、
新たに追加された項(主語/与格)の「意図しない出来事」を表すという解釈が 可能となる点で、意味的な接点を持つ。
lassen 使役では従来、大きく分けて指示的意味と許可的意味とが区別され、意味用
法の記述や分類にあたっては、補部の意味上の主語による何らかの行為や動作が表さ れる場合が分析の対象として中心的に扱われてきた。自由与格については、何らかの 変化を内在するような動詞が主要な例として取り上げられ、自由与格の認可を規定す る意味的な条件が論じられてきた。lassen 使役と自由与格は、いずれも動詞の語彙的 意味に基づく本来の項構造を拡張させる働きを持つが、これまで個別的に記述・分析 されてきており、さらにはそれぞれの分析で主要な例として取り上げられる動詞に偏 りがあったために、(iii)で挙げたような、新たに追加された項(主語または与格)に よる「意図しない出来事」を表すという意味的な接点は、ほとんど注目されることが なかったといえる。このような両者の接点を探ることは、一見するとそれぞれに異な る項拡張の現象のようにも思われる、lassen 使役と自由与格を並行的に捉え、これま でに明らかにされなかった項の拡張に関わる仕組みを明らかにすることにつながると 考えられる。このような問題意識のもと、本研究では、移動動詞を対象とし、lassen
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構文と与格構文の分析を行う。本研究の分析・考察において、主要な問題として取り 組むものは、次の(iv)のとおりである:
(iv)本研究の具体的な問題提起
Ⅰ 移動動詞が用いられる lassen 構文、与格構文の具体的な解釈は何か。また、各構 文で可能となる意味解釈と移動動詞の特定のタイプとの間に相関性は認められる のか。さらに、両構文で特定の解釈が得られるための、統語的・意味的条件とし ては、どのようなものがあるのか。
Ⅱ 基底の動詞の語彙的意味による項構造を拡張させる働きを持つ、lassen 構文と与 格構文は、移動動詞を対象とし、どのように定式化されることが可能か。
Ⅰについては、第3章「移動動詞における項の拡張」および第4章「事例調査―移動
動詞の lassen 構文と与格構文」で主要な問題として取り上げる。Ⅱについては、第 5
章「理論的背景―語の意味と文意味の対応関係」で本研究の理論的な背景を導入し、
第6 章「移動動詞の意味構造」で(項拡張の基底となる)ドイツ語の移動動詞の意味 構造について議論したのち、具体的には第 7 章「事象の「所有」: 与格構文と lassen 構文の意味構造」で扱うことになる。
以上本章では、動詞本来の項構造に対して新たな項を追加する、lassen による使役 と自由与格について、先行研究における議論を踏まえたうえで、両者が特定の環境下
(一部の状態変化動詞や移動動詞)で新たに追加された項の「意図しない出来事」を 表すという共通した意味解釈を持ちうることを示し、本研究で明らかにしようとする 具体的な問題を提示した。次章では、本研究が分析の対象とする、移動動詞が lassen による使役の構文および自由与格を伴う構文で出現する場合に観察される、それぞれ の構文の具体的な解釈を示す。さらに、lassen による使役と自由与格による項拡張の 基底となる、ドイツ語の移動動詞の分析・分類を扱う。
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