3. 移動動詞における項の拡張
3.3. 移動のタイプと構文との重なり
移動動詞によって表される移動は、移動物に内的要因が認められる能動的・自律的 なものと、移動を引き起こす外的要因が存在する受動的・非自律的なものとに大別さ れる。以下本稿では、動詞によって表されうる移動の別を、それぞれ一貫して「自律 的移動」「非自律的移動」と呼ぶこととする。移動の原因(内的要因/外的要因)と、
移動動詞に含意されうる身体動作、移動手段、移動の方向などを含める移動様態との 重なりを示すと、以下の図3-2のようになる:
19 Roll 型動詞に対応する rollen(転がる)や kullern(ころころと転がる)などの一部の動
詞では他動詞用法が見られるものの、これらは例外的であるといえる。
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移動の原因 移動様態(身体動作、移動手段、
移動の方向20を含む)
内的要因 外的要因
自律的移動 + - +
非自律的移動 - + +
図3-2: 移動の原因および様態と自律的/非自律的移動の重なり
fliegen(飛ぶ)、laufen(走る・歩く)、fallen(落ちる)を例にすると、以下の(30)が自
律的移動を表すもの、(31)が非自律的移動を表すものである:
(30) 自律的移動
a. Der Vogel fliegt auf einen Baum.
the bird-NOM flies-3SG onto a tree 鳥が飛んで木の上にとまる。
b. Wir fliegen mit einer Chartermaschine von Berlin we-NOM fly-1PL by a charter.plane from Berlin
über Kopenhagen nach Stockholm. (Schröder (1993: 42)) via Copenhagen to Stockholm
私たちはチャーター機でベルリンを飛び立ち、コペンハーゲン経由でストック ホルムへ飛行する。
c. Das Passagierflugzeug fliegt von Berlin nach New York.
the passenger.airplane-NOM flies-3SG from Berlin to New York その旅客機はベルリンからニューヨークへ飛行する。
d. Das Kind lief aus dem Haus.
the child-NOM ran-3SG out.of the house 子どもが家から走り出る。
20 ここで挙げる「移動の方向」とは、例えばGerling/Orthen (1979)において/+horizontal/(水 平方向)、/−horizontal/(水平方向ではない)、/±horizontal/(水平方向か否かを問わない)
のような修飾子で示されるような、語彙に含まれる意味素性を指すものを想定している。
例えば、klettern(よじ登る)や steigen(登る)のような動詞では、「水平方向ではない 移動を表す(/−horizontal/)」という特徴が、語彙意味に含まれていると考えられる。
67 (31) 非自律的移動
a. Blätter fliegen durch die Luft. (Schröder (1993: 42)) leaves-NOM fly-3PL through the air
木の葉が空中を舞う。
b. Das Wasser läuft aus dem Hahn in die Wanne. (= (26)) the water-NOM runs-3SG out.of the tap into the bath
水が蛇口から浴槽に流れる。
c. Der Blumentopf fällt vom Fensterbrett. (Schröder (1993: 38)) the flowerpot-NOM falls-3SG from.the window.sill
植木鉢が窓台から落ちる。
d. Das Kind fällt ins Wasser. (Schröder (1993: 38)) the child-NOM falls-3SG into.the water
子どもが水の中へ落ちる。
移動を表す自動詞構文において、自律的移動が表されているか、あるいは非自律的 移動が表されているかという違いは、durchを伴う前置詞句において原因的な解釈が許 されるか否かで示されうる。(32)は自律的移動、(33)は非自律的移動を表す。(33)のよ うに非自律的移動が表される場合には、durch句に原因(Ursache; cause)の解釈を認め ることができる21:
(32) a. Das Kind lief durch den [starken] Wind ins Gebäude.
the child-NOM ran-3SG through the [strong] wind into.the building 子どもが(強い)風をきって建物の中へと走っていった。
= *Der [starke] Wind verursachte, dass das Kind ins Gebäude lief.
the [strong] wind-NOM caused-3SG that the child-NOM into.the building ran-3SG
21 (32), (33)はドイツ語ネイティブ1名のチェックを受けた。なお、インフォーマントから
は、(33)の文例は文法的には正しいが、人工的(künstlich)な印象を受けるということ、
並びにdurch句が前域に配置されると(例えば(33a)ならばDurch den Wind fiel die Vase
vom Tisch.)、だいぶ自然な表現になるというコメントが得られた。いずれにしも、(32)
のdurch句では原因の解釈ではなく、空間的な解釈(=hindurchの意味)しか得られず、
(33)のdurch句では原因の解釈が得られるという。
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*(強い)風が、子どもが建物の中へと走るという事態を引き起こした。
b. Der Mann schwamm durch die [starke] Strömung ans Ufer.
the man-NOM swam-3SG through the [strong] current onto.the bank 男性が(激しい)水流の中を泳いで岸まで着いた。
= *Die [starke] Strömung verursachte, dass der Mann ans Ufer schwamm.
the [strong] current-NOM caused-3SG that the man-NOM onto.the bank swam-3SG
*(激しい)水流が、男性が岸まで泳ぎ着くという事態を引き起こした。
(33) a. Die Vase fiel durch den Wind vom Tisch.
the vase-NOM fell-3SG through the wind from.the table 花瓶が風でテーブルから落ちた。
= Der Wind verursachte, dass die Vase vom Tisch fiel.
the wind-NOM caused-3SG that the vase-NOM from.the table fell-3SG
風が、花瓶がテーブルから落ちるという事態を引き起こした。
b. Die Papiere flogen durch den Wind vom Schreibtisch.
the papers-NOM flew-3PL through the wind from.the desk 書類が風で事務机から吹き飛んだ。
= Der Wind verursachte, dass die Papiere vom Schreibtisch flogen.
the wind-NOM caused-3SG that the papers-NOM from.the desk flew-3PL 風が、書類が事務机から吹き飛ぶという事態を引き起こした。
c. Der Ball rollte durch den Wind ins Aus.
the ball-NOM rolled-3SG through the wind into.the out ボールが風で場外に転がり出た。
= Der Wind verursachte, dass der Ball ins Aus rollte.
the wind-NOM caused-3SG that the ball-NOM into.the out rolled-3SG 風が、ボールが場外に転がり出るという事態を引き起こした。
d. Die Ziegel rutschten durch das Beben vom Dach.
the bricks-NOM slid-3PL through the quake from.the roof 煉瓦が地震で屋根から滑り落ちた。
= Das Beben verursachte, dass die Ziegel vom Dach rutschten.
the quake-NOM caused-3SG that the bricks-NOM from.the roof slid-3SG
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地震が、煉瓦が屋根から滑り落ちるという事態を引き起こした。
e. Das Seil sprang durch eine Windbö aus der Seilrolle.
the rope-NOM sprang-3SG through a blast out.of the pulley ロープが突風で滑車から弾けとんだ。
= Eine Windbö verursachte, dass das Seil aus der Seilrolle sprang.
a blast-NOM caused-3SG that the rope-NOM out.of the pulley sprang-3SG
突風が、ロープが滑車から弾けとぶという事態を引き起こした。
自律的移動/非自律的移動という、移動動詞によって表される移動のタイプの違い は、移動動詞が用いられる特定の構文の解釈にも影響を及ぼす。移動動詞が出現する
lassen構文では、「間接使役」「意図的使役」「非意図的使役」という3つの解釈が認め
られるが、以下の(34)のように補部で自律的移動が表される場合は「間接使役」の解釈 が、以下の(35)のように補部で非自律的移動が表される場合は「意図的使役」または「非 意図的使役」の解釈が得られる:
(34) a. Ich ließ meinen Hund im Park laufen.
I-NOM let-3SG my dog-ACC in.the park run-INF 私は飼い犬を公園で走らせた。(間接使役)
b. Ich ließ meinen Hund durch den Reifen springen I-NOM let-3SG my dog-ACC through the hoop jump-INF
私は飼い犬に輪をくぐってジャンプさせた。(間接使役)
(35) a. Ich ließ die Flasche auf den Boden fallen.
I-NOM let-3SG the bottle-ACC onto the floor fall-INF
私は瓶を床に落とした。(意図的使役)
/私は瓶を床に落としてしまった。(非意図的使役)
b. Ich ließ den Ball ins Aus rollen.
I-NOM let-3SG the ball-ACC into.the out roll-INF
私はボールを転がして場外に出した。(意図的使役)
/私はボールを転がして場外に出してしまった。(非意図的使役)
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(34)のlassen 構文の補部で表される「犬が公園で走る」「犬が輪をくぐってジャンプす
る」という事態は、その意味上の主語の「犬」による自律的移動として捉えられる。
(34)におけるlassen構文の主語の「私」は、補部で表される事態(=自律的移動)に対
し、放任や指示・命令などによって間接的に関与するのみである。他方、(35)のlassen 構文の主語の「私」は、その補部で表される「瓶が床に落ちる」「ボールが場外に転が り出る」という非自律的移動の直接原因として捉えられる。(35)のlassen構文では、補 部で表される事態(=非自律的移動)の生起に対する主語の意図性の有無に応じて、
「意図的使役」と「非意図的使役」のいずれかの解釈が可能となる。
また、移動動詞が現れる与格構文では、「被影響」「潜在的使役」という解釈が表さ れうるが、以下の(36)のように自律的移動の場合は「被影響」の解釈のみが認められる のに対して、以下の(37)のように非自律的移動の場合は「被影響」と並んで「潜在的使 役」の解釈が可能となる:
(36) a. Mir ist ein Hund ins Auto gelaufen.
me-DAT is-3SG a dog-NOM into.the car run 1匹の犬が私の車に走ってぶつかってきた。(被影響)
b. Der Hund ist mir an die Kehle gesprungen.
the dog-NOM is-3SG me-DAT at the throat jumped 犬が私の喉元に跳びかかってきた。(被影響)
(37) a. Mir fiel die Flasche auf den Boden.
me-DAT fell-3SG the bottle-NOM onto the floor
私にとって都合が悪いことに瓶が床に落ちた。(被影響)
/私は瓶を意図せず床に落としてしまった。(潜在的使役)
b. Mir rollte der Ball ins Aus.
me-DAT rolled-3SG the ball-NOM into.the out
私にとって都合が悪いことにボールが場外に転がり出た。(被影響)
/私はボールを転がして意図せず場外に出してしまった。(潜在的使役)
(36)では、与格の「私」は「犬が(自身の運転する)自動車にぶつかる」「犬が(自分
の)喉元に跳びかかる」という自律的移動から影響(ここでは被害)を受ける人物と
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して捉えられる。このように(36)の与格が一義的に表される事態(=自律的移動)の被 害者として解されるのに対し、(37)における与格の「私」は、「瓶が床に落ちる」「ボー ルが場外に転がり出る」という表される事態(=非自律的移動)から影響を被る人物 としての解釈のほか、その事態の責任を負う人物、すなわちその潜在的な使役主と解 されることが可能である。(37)の与格構文で表されうる「潜在的使役」の解釈は、(i)
外的要因が存在する非自律的移動が表される、(ii)表される事態の生起が基底動詞の 項構造の拡張によって新たに追加された項の意図しないものである、という点で、上 掲(35)のlassen構文で表される「非意図的使役」の解釈と共通しているといえる。