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NPO 法人「長崎の風」の事例

第 2 章 長崎市におけるガイド事業の経緯とガイドにとってのガイド活動の

3 ガイド活動の精神的報酬について

3.3 ガイド活動を軸にした新たな出会いへの展開

3.3.1 NPO 法人「長崎の風」の事例

NPO法人「長崎の風」は、学さるくの企画や長崎の観光名所である「オランダ坂」沿い にある洋風住宅「東山手甲十三番館」の活用を主な活動としている。まず、長崎の風につ いて概観する前に、代表であるさるくガイドの黒田雄彦さん(70代男性)について紹介す る。長崎さるくのベテランガイドである黒田さんは、東京生まれである。長崎に来たのは、

40年ほど前に「三菱関連」の仕事のため移住したことによる。長崎さるくに関わった経緯 については、NPO長崎コンプラドールが長崎さるく博’06の企画や運営に携わった元市民 プロデューサーを中心とした組織であるのに対し、黒田さんは長崎さるく博’06が開催され ていた当時は参加者としてまち歩きに参加し、まち歩きに魅力を感じたという。その翌年 定年退職した黒田さんは長崎市主催で今後の長崎さるくの方針を策定する委員会の委員の 公募に申し込み、市民代表として選出されたことから長崎さるくの運営側と関わることに なった。「長崎市さるく推進委員」(2007-2009年)、「長崎市さるく観光幕末編推進委員会 ワーキング委員」(2009-2011年)を務めてきた黒田さんは、2008年から「学さるく」に取 り組み始めた。そして長崎市からNPOの組織づくりを勧められたことから、2008年9月に C氏を代表とした任意団体として設立し、2009年3月NPO法人として登記した。

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長崎さるくの運営方針や方向性を考えていく立場として、各ガイドの個性を活かせるこ とができる学さるくの方が、今後需要があると初期の段階から捉えたのだろうと思われる。

長崎の風のこれまでの活動経歴については、「土佐~長崎 龍馬伝バトンタッチウェーク

500キロ」(2009年10月)、「長崎~鹿児島 新・薩長(さつなが)同盟ウォーク」(2011年

4月)、「平戸~長崎 出島和蘭商館370年ウォーク」等のウォーキングイベントを企画実施 してきた。2011年10月からは長崎市の許可を得て、旧居留地地区にある文化財の「東山手 甲十三番館」の協働運用(洋館活用)を実施している。2018年度基準で34名のさるくガイ ドと13名の一般スタッフ、合わせて47名のメンバーで構成されている。

東山手甲十三番館をカフェ兼イベント空間として活用しており、休館日である月曜日を 除き、朝10時から午後5時までさるくガイドやカフェ運営を担当する長崎の風のメンバー が常駐している。そのため、長崎の風が企画した学さるくの集合場所あるいは解散場所に なることが多く、自然とさるくガイドたちが集まり、交流をする場にもなっている。たと えば、季節ごとに東山手甲十三番館に集まって水彩画を描く会があり、そのメンバーが書 いた絵を展示したりする。活水女子大学の授業に関わることもあり、黒田さんが学生たち に東山手甲十三番館や東山手について解説をしたり、周辺のまち歩きをすることもある。

また、東山手甲十三番館は、長崎の風の活動を通じて近年長崎の観光名所にもなったた め、メディアに映されることも多く、国内外からの観光客が訪れている。そこでさるくガ イドたちと観光客間の交流が生まれたりもする。当番で常駐しているさるくガイドや遊び にきたさるくガイドは、東山手甲十三番館に訪れた観光客に声をかけて、会話をする。そ の時に関心を強く見せる観光客に対しては、東山手甲十三番館の歴史や建築物としての価 値などについても詳細に案内をしてあげる。さるくガイドたちは、まち歩きツアーでのみ ガイドをするのではなく、東山手甲十三番館に訪れた観光客に対しても、要望があったり 関心があるように見えたら、積極的にガイドをする。黒田さんは「どのような時にも話せ るようになるのがガイドである」と言い、常にガイドとしての態勢を整えている。

一方で、観光客との交流もあるが、ガイド同士の交流も行われている。以下の事例では、

東山手甲十三番館に集まったさるくガイド同士が一緒に食事をしながら、ガイド活動を含 めた様々な出会いを中心に会話を進めている様子が伺える。

【事例2-3-7】さるくガイドの交流の場として機能する「東山手甲十三番館」

14時頃について、小腹もすいたので、カステラセットを注文。吉岡さん(60代女性)

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はお昼でトーストセットを頼んでいた。「私も一緒でいいですか」と聞いて、吉岡さん の座っていた4人席のテーブルに座った。今日は朝当番だったらしい。しばらくした ら、田崎さんと秋山さんが来て、「一緒に食べる方が美味しいよね」と言いながら、う ちのテーブルに座った。

長崎の風の最年長のガイドである田崎さんは、英語通訳案内士の資格を持っており、

学さるくでは「英語でさるく」を行っている。秋山さんは今日はじめてお会いした。

田崎さんは「名刺あるよ」と言い、「さるくガイド」「通訳案内士長崎市1号」と書いて ある名刺を私にくれた。秋山さんは中国語通訳案内士で、田崎さんが通訳案内士協会 の会長だった6-7年前に会ったという。田崎さんは、秋山さんを「50過ぎてから中国語 を勉強して資格をとったんだよ。すごいでしょう?」と誉めた。「あなたなら3か月く らいでとれると思うよ。」と、私には韓国語の通訳案内士の資格取得を勧めた。

「今日スペインの人が来たよ」と吉岡さんが話し出した。私も以前韓国人が来て(27 歳の男性の観光客)が来て話したことを思い出した。すると、田崎さんはここで会っ た中国人観光客の話をした。「名刺をもらったけどね。どれだったけな。船で来る人は ここには来ない。ここに来る人は、個人旅行ができて、富裕層でしょうね。だから英 語でたくさんしゃべれた。」と、中国人の観光客が来た時の話をしながら、名刺を探し た。見せてくれたのは銀色の硬い紙の名刺で確かに地位が高そうな名刺だった。

田崎さん ここにいるとね、色んな人に出会えて楽しいよ。だから今日のあなたみた いに、ここにふらっときていると色んな出会いと交流ができるわけ。(…)この年にな って、(ガイドするのは)新鮮な経験。いままでの人生で、いまが一番楽しい。もう子 どもも育って、ひ孫もいるからね。

午後5時に13番館は閉まるため、16時半頃に私と田崎さん、秋山さんは13番館を出て 築町の近くにある行きつけの店に向かった。湊公園を通る時に15-20人くらいのおじ いさんたちが集まって将棋をやっていた。「(あの中に)さるくガイドさんもいますか?」

と聞いたら、「そういうのはしない。ガイドは勉強しないといけないから」と田崎さん は答える。

長崎バスターミナルホテルの一階にある庄屋(大衆食堂)に入った。田崎さんは、「Be our guest。今日は奢るから、値段気にしないで頼んで」と。私はヘルシーランチとビ

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ールを頼んで、田崎さんはビールのみ、秋山さんはフライドポテトと玉子焼きとビー ル。田崎さんは早稲田大学、秋山さんは慶応義塾大学を卒業しており、二人とも商科 大学出身だという。そういうのもあって、二人は話がもっと通じるし、「ここにねばっ て5時間も話をする」という。いつ食事をするのかは決まってないけど、最近は10日に 一回くらいは会っていると。

9割は田崎さんが話をして、私と秋山さんは聞き役。田崎さんは27歳くらいの時に、ア メリカに行って、アメリカのホテルで半年間研修を受けたという。大学はその後入学 することになった。英語は若い時に学んだからそのあと、50年は関係ない仕事をして きたけど、忘れなかったと。秋山さんも色々事情があって、田崎さんと同じく大学の 入学が遅かったという。4-5年くらい。そういうのもあって、二人はよく話があって一 度会ったら、5-6時間もしゃべると。

17時前に入ったお店で、会話は続き時間は夜9時半になって、私は目がガサガサして きたが、二人は普段は最終バスに乗って、帰るという。ここの店は安くて広いし、お 客さんでいっぱいにはならないから、長くいてもいいと。今日は私が疲れそうに見え たからか、21時半で解散した(2018年3月14日、「東山手甲十三番館でさるくガイドと 交流」調査日誌の中から)。

東山手甲十三番館には、その時に集まった観光客やガイド同士の交流が生まれている。

そのため、さるくガイドたちは当番ではない日にも、新しい出会いを期待して訪れること も多くある。上記の事例で述べているように、筆者は事前に約束をして東山手甲十三番館 に訪れたわけではないが、たまたま出会ったさるくガイドたちと7時間以上会話を継続し た。その際には長崎さるくに関わったきっかけや個人的な経歴について話し、親睦を図っ ていく。またそのような出会いを機に、筆者は田崎さんが案内する学さるくにも参加をす るようになり(事例2-3-6)、そこでまた新しいさるくガイドに出会うようになった。

このように、長崎の風が活用運営している東山手甲十三番館は、さるくガイドと観光客が 入り交じった交流の場として機能している。しかし、彼らが集まって活動を継続する名目 は、さるくガイドであることであり、ガイド活動をより充実させることである。

3.3.2 「29の会」の事例

筆者は長崎での住み込み調査を始めた2017年8月に「平成29年度長崎さるくガイド新規

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