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住民向けのさるく――「ヒロスケさるく」を事例に

第3章 住民同士の「ホスト-ゲスト」としての役割分担

1 まち歩き観光の種類

1.3 住民向けのさるく――「ヒロスケさるく」を事例に

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基本的にしない11。そもそもガイドより知識が豊富であり、教えてもらうことがないと思 う人は参加しないはずである。また参加者同士で雑談をしないことや笑わない、真剣な姿 勢で応じる等の参加者のパフォーマンスは、観光や遊びとして参加していないことを示し ている。同時にガイドから参加者へと情報を伝達する構図は最後まで崩れずに維持されて いくため、参加者はガイドの話を聞くこと以外の平和学習とつながりのない話や行動はノ イズとして捉えられてしまう。

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しているガイドはどのような経歴を持った人物なのか、また現場においてどのような案内 を実践しているのかを示す事例である考えられる。

山口さんの本業は丸山町にある料亭青柳の2代目の経営者であり、2003年の長崎さるく を具体化した「ワーキングチーム」の一員でもあった。長崎さるく博’06を企画した元市民 プロデューサーが中心となったNPO長崎コンプラドールの一員でもある。2004年に「文人 墨客も思案した?~丸山巡遊~」という丸山町の歴史を中心としたコースを作り、そのコ ースは長崎さるく博’06の期間中に、通さるく参加者数の2位となる5,221人の参加者を集め るなど人気を博した。彼は長崎市丸山町生まれだが、大学と社会人時代は他地域で過ごし た。現在は丸山町自治会の会長として丸山華まつりを企画し、長崎くんちを仕切るなど地 域リーダー的存在である。さるくガイドとしての活動は、彼が関わっている多様な地域活 動の中の一部である。

通さるくで丸山町を案内してきた彼が、学さるくを始めたのは2010年頃であったと言う。

そして2011年からは「ヒロスケさるく」といった、本人の名前を全面に出したコースを月 1回程行っている。長崎さるく博’06以降、山口さんは地元ガイドとして有名となり、テレ ビ長崎の「ヨジマル」のコメンテーターとして出演しており、「バス停中継」という長崎市 内にあるバス停からまち歩きをしながら、バス停周辺の歴史・地形などを紹介するコーナ ーを行っている。テレビ番組の「ブラタモリ長崎編」(2015年4月12日放送)で案内役とし ても務め、地元で有名な歴史マニアとして紹介された。周りの仲間からは「長崎の芸能人」

と言われる程、長崎ではまち歩きの達人として有名であり、長崎の歴史に詳しい人として 非常に認知度が高い。以下の事例では、山口さんが案内する「ヒロスケさるく」の様子に ついて描く。

【事例3-1-3】ヒロスケさるく

JR長崎駅のかもめ広場で集合。出発時間20分程前に到着していたが、すでに参加者が 大勢集まっていた。他のさるくでも会ったことのある常連の方(60代女性)にも会っ た。彼女と目が合って私の方から一言挨拶をした。さるくは何年にもわたり何度も参 加しているという。今日はお一人の参加。隣に立っていた、初対面の方(50代女性)

にもさりげなく話をかけた。広助さんのさるくには2回目であると言い、友達と二人で 参加。友達は初めての参加だという。今回の参加者数は30名で、女性と男性の比率は 半々だが、女性の方が少し多いように見える。男性参加者は全員一人参加のように見

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えた。女性は一人あるいは二人で参加。ふみかさんにも遭遇。彼女はお土産屋さんで 勤務していて、今日のお土産のお菓子セットを持ってきた。ふみかさんのお店でふみ かさんが特別に詰めたお菓子だと言う。私は何度もさるくに参加しているが、なぜか ヒロスケさんのさるくは雨の日で中止されることが多かったので、なんだかんだで参 加したのは初めてだった。ヒロスケさんに「来ました!」と軽く挨拶をした。

広助さんは自己紹介や挨拶抜きで、「8時41分に南口で○○行きバスに乗ります!」と 参加者に向けて話した。すると、参加者たちは慣れた姿で各自バス停に向かう。旗を 持ったガイドの後ろについていくようなガイドツアーとは違う様子だった。ヒロスケ さんは「月一回やっているけど、毎回ほぼ同じ人が参加している。この人たちを満足 させるためには新しいコースを作っていかないといけない。私が色々喋らなくても、

みんなグループができたり、趣味も似ていて、お互い話をしたりする。一人で来る人 も多い。」とバス停に向かって歩きながら、私に説明をしてくれた。バス停までの移動 を案内したり、バス亭の位置等の案内を繰り返すこともなく、広助さんは一番後ろで 私と話ながら、バス停まで行った。

9:00 8時41分のバスに乗って、上戸町のバス停に着き、道路沿いを歩き始める。「左 に見える山が大久保山です」「くすの花が落ちてますね」「あそこに見えるのが○○教 会です」。歩きながらこうした短くて簡単な案内をしている。そして、ガイドの話なし で、10分ほど道路沿いを歩いた。しかし、ガイドの沈黙が気まずかったり、「何で何も しゃべらないの?」とは思えなかった。参加者たちは慣れた姿で、歩きながら(私に は初対面の)隣の人と話したり、道に咲いている花や木の実を見たりする。

9:17 歩く途中、ヨンさまのファンだったと言う参加者(60代女性)が私に声をかけ てきた。韓国に何回も旅行に行ったと言う。参加者たちは皆、かなり周りにアンテナ を張っているようで、私が韓国人であること、札幌からきたことを知っていた。出発 前に他の参加者と話したことを聞いたのか、私と話した人が他の参加者に話したのか。

ガイドは、歩きながらあそこが大浦中学校で、○○学校、○○山、まちの風景を遠く から展望しながら、どこに何があるのかを話す。黒田さんの案内と共通するところで あった。出発地点の上戸町は、名前通り山の上にある町で、歩く道路沿いから長崎市 を展望することができた。そして、公園と駐車所でトイレ休憩をした。

9:45 「この公園で歩いたら、何か黒いのがあって、熊かなと思ったら猪でした」「展 望がよくて、公園を作ったけど、やはりいい場所だったか、その前にマンションが建

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てられました。このベンチは人の家を見るベンチです」など、ガイドはある公園の前 でのエピソードを語った。以前はここが公園であったことを知り、その後マンション が建てられた変化にも気づいたのである。いつもアンテナを張って、まちの変化に注 意深く、変化に敏感な人だなと思った。ここを何回歩いたのだろう。

10:02 ここから速度制限が50kmから40kmに変わるという。ここから「水や雨の流 れを注意しながら見てください」とガイドは言った。地形に注目するとそこにまつわ る話がある。みんなガイドの話に集中していないようで、集中しているようにも見え る。そして、「テレビで見た」とその辺の住民に見えるおばあさんが、歩いている我々 を見ながら、面白そうにヒロスケさんに挨拶をした。

10:12 長距離を歩きながら、後ろのグループと距離が離れたら、「待ってあげよう。

離れすぎるとだめだから」と参加者の誰かが話す。ガイドが言わなくても自分たちで 他の参加者の世話をしたりする。

10:19 この地点は昔の国の境目であったという。そこで「ヒロスケさんは頭の中に 地図がある」とふみかさんが言う。

10:20 ちょうど半分を歩き、長崎病院前で休憩。「ここで30分まで休憩します」と ガイドが言ったら、みんな自由にトイレに行ったり、水を飲んだり、出発の時にもら ったお菓子を食べたりする。

10:57 長崎バスの全路線が通る道。今日は日曜日だからか、バスが1台も通らない。

ヒロスケさんはなぜこういうことを知っているのだろうか。

11:06 歩く途中たまたま「左側に30m・右側に30m」と両方書いてあるお店の看板 をある参加者が発見し、写真を撮りながら、これを見る人は必ず迷うだろうと笑う。

そこで知らない周りの人と話が生まれる。ガイドが言わなくても参加者たちが自ら 色々な発見をしている(写真3-1-5)。

11:26 横向き地蔵堂。正面ではなく、顔を斜めにして、横を向いている地蔵が立っ ており、非常に珍しいと言う。この辺を歩くさるくのときは、ガイドさんが必ず案内 をしてくれるところなので、私は知っていた。ほかの参加者たちも知っていた人がか なり多い様子。

11:38 新川町駅前のセブンイレブンの前で解散。ヒロスケさんは最後に10月開催予 定の丸山華祭り(丸山町で毎年行われるイベント)のポスターをみんなに配りながら、

宣伝をした。参加者たちはまた次回のツアーに参加しようと話しながら挨拶し各自帰

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る。携帯のアプリケーションを見たら、約7kmを歩いた。ヒロスケさんは「ただ歩い てきただけで、1,500円の価値があるのかどうかはわからない」と私に話した。(2017 年9月24日、「ヒロスケさるく」調査日誌のなかから)

【写真3-1-5】左側に30m・右側に30m両方書いている看板

住民向けのさるくの事例として挙げた「ヒロスケさるく」において、参加者は全員長崎 市民であり、ガイドの案内を受動的に待っている様子ではなかった。まず、観光客と違っ て地理的感覚があるため、詳細な位置案内は不要である。ガイドである山口さんと参加者 は、同じ長崎市民であり日常的にも関わる可能性があるが、参加者同士はほぼ毎月ヒロス ケさるくに参加し、顔は覚えているが名前は知らない程度の関係を保ちつつ、道端で発見 したものを題材にさりげなく会話をしている。そういったゆるい関係性でありながら、歩 く途中で他の参加者たちの歩く速度が遅かったりすると待ってあげたり、後ろから車が来 るときには参加者の誰かから声をかけるなど、参加者が他の参加者を配慮し、世話をしな がら行われている。

また、ガイドは参加者間の会話の生成を意識している。上記の事例ではさるくの途中参 加者同士がまちで偶然出会ったことを話題に会話をしている様子を述べているが、参加者 同士で盛り上げることをガイドは喜んでおり、その結果としてさるくの満足度も高まると 認識する。ガイドが何も話さずに歩くことは、ガイドとしての役割を放置しているのでは なく、参加者同士がその沈黙の時間にお互い話をするように隙間を与えることでもある。

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