第 1 章 行政主導の「住民主体」観光の形成
2 成功事例としての長崎さるく博’06 に対する評価
2.2 観光まちづくりのあるべき姿として
第2節第1項で長崎さるく博’06 の元市民プロデューサーたちは、まち歩き観光につい
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て既存の観光プログラムを代替できるものであり、観光振興が注目されている社会的な背 景において地域が容易に取り組むことができる継続可能な観光として捉えていた状況を論 じた。それに加えて、観光まちづくりの文脈においても長崎さるく博’06 の成功ストーリ ーが語られるようになった。以下の事例では、長崎さるく博’06を企画した行政側が、長崎 さるく博’06を観光まちづくりの成功事例として捉えていることを示す。
【事例1-2-3】伊藤一長市長のコラム
「さるく」とは、まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁です。本博覧会の大きな特 徴は、「市民が企画し、市民が実施し、その成果を市民が享受する」という市民主体の 実施方針を当初から貫いている点です。従来、大型の都市活性化イベントを市民主体 で実施することは難しいといわれてきましたが、長崎さるく博では、長崎のまちとそ れを支える人達のパワーを基に、準備の段階から、市民と事業者、行政が一体となっ て果敢に取り組んでまいりました。このような長崎の挑戦は、新たな都市観光のあり 方として、オンリーワンのまちづくりの手法として、各方面から注目を集めています
(伊藤 2006: 2)。
元長崎市長のコラムは2006年4月に掲載されたため、長崎さるく博’06の成果を評価す るということよりは、長崎さるく博’06 の広告・アピールしようとした意味が大きかった と思われる。ただし、「市民が企画し、市民が実施し、その成果を市民が享受する」という 基本方針は、長崎さるく博’06 が終了し、評価がなされるまで一貫して打ち出された理念 であった。そして「市民参加」という側面は、長崎さるく博’06において最も重要な価値と して語られてきた。これまで主に行政主導で実行されてきた都市イベントが、長崎さるく 博’06 を機に地域住民の参加と共に行政と一体となって行われたことで、まちづくりの新 たな手法かつ方向性を示した先進事例として打ち出されたのである。
そこで、まち歩き観光が観光まちづくりの手法となりうると言われた根拠の一つは、ま ち歩きを通じて地域住民が自分たちの暮らしている地域について知る機会にもなるという ことであった。以下の事例では、長崎さるく博’06 は企画段階から住民が自分たちの地域 について知るきっかけとするという趣旨があり、それが持続可能な観光の基礎になるとい う行政側の意見が示されている。
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【事例1-2-4】市民が地域を知るきっかけになる
浦瀬さん まち歩きそのものは新しいものじゃなかったんですけど、市民を巻き込ん でまち歩きをやろうという背景には、もともと観光客を呼ぼうというよりもね。長崎 の歴史や文化をもっと市民が知るべきだし、自分たちで知ることで楽しんでいく、そ の延長線ということでね。市民が楽しんでることを外から来る人たちが楽しんでれば 素晴らしいことじゃないか、それが可能になったら、持続可能な仕組みが作れる。と いうことで、まずもってね。長崎市民が長崎のまちの中に色んな歴史や文化やそうい う話が埋もれていることを知らない。ということで、最初さるく博をやる時に、45 の コースを作ったんですけど、それも地域の皆さんが自分たちのまちには、こんなおじ いちゃんやおばあちゃんからこんな話が伝わってるよとか、本当に歴史を紐?として いたときにここはもともと龍馬が歩いたまちだよとかね。色んなものが出てきたわけ です。そういうことを市民の力でコースを作って、市民が企画をして、市民が実施を して、そしてそこに利益が発生したら、市民が享受する、そういう仕組みができたら、
すごい持続可能な仕組みじゃないですか。そういうことをね。このまち歩きのことで、
ぜひやりたいっていうのが当時の田上さんの持ってきた企画だったんですよ。で、だ からさっき言ったように最初から観光客を呼び込もうというよりも、まず市民が知ら ないことが長崎にはたくさん埋もれてるねと。そういうことを掘り起こして、市民が そういうことを楽しみながら、そしてそれを長崎にきたお客さんに色々お話をしてあ げる。ことによってね、喜んでもらうことができるならば、それは色んな都市でもや れるかもしれないんだけど、長崎にはそういう材料がたくさんあるよねと。もともと 長崎のまち歩きのお手本は別府のオンパクなんです。で、別府に田上さんも私も何回 も行ってね。あそこでまち歩きをやってたんですけど、田上さんは特に別府よりも長 崎の方が、色んな材料が多いから、きっと別府以上のものができると。本人は確信し てましたね。別府でこれだけ楽しいのであったら、長崎では多分もっと面白い話があ ったり、色々話題作りもできるだろうと。それがきっかけですよ。」(2015 年 8 月 21 日、一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会専務理事の浦瀬徹さんとのインタ ビューの中から)
長崎さるく博’06 のキーパーソンとして挙げられる浦瀬氏は、そもそもの長崎さるく博’
06の趣旨について、観光客を誘致することよりも、長崎市民が長崎について知るきっかけ
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にしたかったと述べた。まず、そこには長崎という地域には様々な資源が眠っているとい う認識、つまり近年の観光行政事業でよく登場する「資源の掘り起こし」「宝探し」等の考 え方と重なっている。そして、そういった観光資源を発掘するだけで留まらず、そこに住 んでいる人々が知って、楽しめるようになることを理想として論じた。「住んでよし訪れて よし」という観光まちづくりのキャッチフレーズと一脈相通ずる。それが観光を通じたま ちづくりであり、地域を愛し、楽しむ人々が生み出すのがまさに「市民の力」であると述 べた。観光まちづくりが理想としてきたあり方が、長崎さるく博’06 で実現できたのであ り、観光まちづくりの手法としても優れた成功事例であったといえるだろう。
それでは、長崎を愛し、楽しみ、長崎のために何か貢献したいという人々からなる「市 民の力」とは、どういったことを意味しているのだろうか。