第 4 章 住民主体観光の裏面
1 行政による住民への参加の呼びかけ
本節では、長崎さるく博’06 が行われた際に、主催側が住民を巻き込もうとした行動に 一部の住民は違和感を持っていた状況について述べる。
1.1 強制されるおもてなし
長崎さるくに関わった住民は、まち歩き観光の楽しさや活動に対する愛着も持っている と当時に、さまざまな矛盾や違和感も抱いている。第1章で述べている「住民主体」や「市 民総動員ガイド」という言葉に代表されるような、観光振興を進めている行政によるそう いった考え方や社会的な雰囲気について違和感を抱き、疲労感を感じる住民もいた。
長崎さるく博’06では市内で42本のまち歩きコースが作られており、本来観光客を相手 にした店ではないが、比較的歴史が長く、内装や商品が特徴的な店はまち歩きコースで立 ち寄る場所として、行政や市民プロデューサーに参加への協力要請を受けていた。そこで
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可能な限りという条件で、さるくガイドと参加者が来た際に、店の紹介や試食、お土産の 提供を依頼されていた。協力店舗に対して金銭的な報酬はなく、長崎市が実施する公的な 観光振興事業として受け入れられていた。
住民主体という言葉が打ち出された長崎さるく博’06 において、多くの店の自発的な協 力が必要であった。元市民プロデューサーたちもガイドの解説のみではなく、まち歩きツ アーの途中、店を紹介できたことが参加者から良い反応を得る要因であったと証言してい た。先行研究においても、さるくガイドが生活者の目線で案内し、また商店の中まで案内 して店主の話を直接聞いたり、試食や買い物を楽しむことができるまち歩き観光を高い評 判している。
しかし、長崎さるく博’06 に協力したことで楽しい思い出を得られた人々もいるが、継 続的に関わることができず、まち歩き観光のホスト役を務めることに疲労感を感じた人々 もいる。以下で紹介する事例は、長崎さるく博’06の際に立ち寄る店として協力した後、参 加を辞めた商店街のある店主の証言であり、参加者たちに対するおもてなしが当たり前の ように捉えられたことや、行政による地域観光イベントへの協力の呼びかけに違和感を持 った経緯が把握できる。
【事例4-1-1】 店主のおもてなしが当然あるサービスとして認知される
通りが増えたけど、売り上げはごめんけど、変わりません。うちあたりは。さるくが きなけんが、まさかまさか売り上げが倍になったよ、そんげんことはなかですよ。た だ、ここがどういうお店なのかを分かっていただければいいかなと思って、見るだけ でもいいから。最初はそんな感じできなったけん。寄らせてもらっていいですかって きなったけんで、半年間ですって言ったけんが、あ、半年だったらよかねって感じで すよ。半年だからっていうことで、頑張ってから、紹介しようっていう気持ちが、変 な方向で行ってしまったのね。自分の思いと。お客さんは「あら、残念」って、「この 間は(お土産が)出たんですけどね」ってガイドさんがそれを言っちゃいかんのよ。
だって、出るのか出らんのか、来てみないと分からん。今日は何もできませんでした。
あるときは作りましたから、どうぞとやったこともあるし。そんげんとか、ほら、あ そこが何かあるのが当たり前っていうのはやっぱ困る。私、あくまでも自分ができる 範囲でさせてもらいますっていう感じだったから。(…)あくまでも自然体でさりげな くそれがほら、結局心から出るんじゃないですか。なんかしなければならない、これ
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がおもてなしですよというようなことじゃなくて、自分なりのおもてなしの仕方って あるとよ。そこなのさね。自然体で、飾らない自分たちをみてほしいよねって。いう ことですよね。やっぱりコンベンションが付いて教えて回ってって、それはもう学校 の延長線だよね。今はもうね専門的になりすぎて。いいんですよ。いいんですけど、
私はやっぱり違う感じで捉えている。そうけんが、気軽く立ち寄らせてくださいと、
その時の自分の感じと今とはちょっと違うって感じ。やっぱり長すぎたかなって感じ がしますね。あんまり観光に力入れすぎるとね。ランタンフェスティバルって、来年 の 2 月なのね。これがね(A0、A3 サイズのランタンフェスティバルのポスター2 枚)、
何日か前に送ってきたのよ。こんげんとのさ、わかるよこれ。来年の 2 月よ。こんげ んことがね、せんばいかんとやろかねって。ちょっと私思ったの。だってこれくらい の大きさはいいとよ。でもほら、半年の前から送ってくる。今貼ってもいいけど、な んかちがうよねって気がするんですよ。(2015 年 9 月 18 日、商店街のある店主との インタビューの中から)
上記の事例で述べているように、店主は参加の度合いは自由で容認されたとしても、観 光客が主な顧客層ではないため、さるくの参加者を受け入れることは、さらに仕事上の負 担にもなっていた。また一連の出来事を通じて、本人の自然なおもてなしの提供が不可能 になると判断したため、長崎さるく博’06に対する協力を辞めることになった。
住民の暮らしを見せるコンセプトのまち歩き観光において、コースに組み込まれた場所 はどういった性質を持っているのだろうか。第 1 章第1節で述べている「さるく見聞館」
(表1-1-3)からも把握できるように、まち歩きコース内に立ち寄る店は、長崎市民 が普段の日常生活で利用する場所というよりは、「長崎らしさ」を感じさせる場所が選ばれ た。例えば、長崎の伝統工芸品を扱う店、和菓子屋等、長崎のお土産品として有名であり つつ、一定程度の歴史を持った老舗であり、路面電車をイメージした電車マニアのコレク ションが集まったレストランのように長崎にしかない独自性のある店等が選ばれていた。
「長崎らしさ」を感じさせながらも、観光客専用(修学旅行生や団体客が立ち寄るお土産 屋など)とも言えず、地域住民が毎日利用するような場所でもない、その中間地点にある 店が対象になっていたのである。それらの店は長崎さるく博’06 以前から住民と観光客両 方に対し商売を行ってきた場合が多い。
一方で、中通り商店街は、長崎市内の繁華街である浜町アーケード(浜んまち商店街と
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も言う)から出たところに位置し、長崎市内では最も古い商店街として知られている。観 光名所である眼鏡橋とは徒歩 5 分以内で近いが、中通りを利用する顧客は観光客よりも、
昔ながらの常連の住民の利用が多く、観光客の滞在時間は比較的短い。むしろドン・キホ ーテやドラッグストア、大手土産屋が入店している浜町アーケード商店街の方が、地域の 若い層や観光客の利用が多い。元市民プロデューサーにインタビューを行った際には、最 も「長崎さるくらしい」コースとして、中通り商店街を歩く「眼鏡橋から中通りへ」(長崎 さるく博’06の時には「中通り界隈」)が挙げられたことがある。マスツーリズムとは区別 されるという意味で、観光客が大勢訪れる浜町アーケードではなく、中通り商店街でのま ち歩きが、長崎さるくらしいと評価したと考えられる。
しかし、観光客を主要な顧客としない店舗の場合に、まち歩き観光のホストとして参加 するということは、本来の仕事以外の部分での努力を要求されるようになる。日本全体で 観光振興が注目されている現在、国や自治体など観光促進の施策に関わる公的機関は、地 域住民に対し、観光客へのおもてなしを提供するように推奨している(堀野 2014: 148)。 行政は長崎さるく博’06を成功させるため、地域住民に対し長崎さるく博’06への協力を呼 びかけ、長崎のために観光客へおもてなしを提供することを求めていた。長崎さるく博’06 に協力した店主は、こういった社会的な雰囲気の中で観光事業の重要性は認識しつつも、
観光客との交流を楽しみにしながら行った自分の善意が、きちんと伝えきれない状況に失 望感を感じていたのである。
1.2 行政主導による一過性のイベントという認識
長崎さるく博’06 の成功に向けた行政の取り組みに違和感を持ったのは、商店街などの 協力店のみではなかった。既存に活動をしていたボランティア観光ガイドたちは、まち歩 き参加者の誘致がかなり強引であったことや、これからのガイド活動とは異なって、イベ ントの主催側がガイドの数を重視しガイド養成をきちんと行わないことを批判的に捉えて いた。それは、そもそも長崎さるく博’06は行政が仕掛けた一過性のイベントであり、自分 たちがこれまで行ってきたボランティアガイド活動とは異なるものだと捉えたためであっ た。長崎市が大きな予算を付けながら実施したまち歩きイベントに対し、これまでボラン ティアとして行ってきたガイド活動とは本質的に異なるものであると判断していたのであ る。以下の事例では、長崎さるく博’06が行われた当時の印象について、さるくガイドが話 した内容である。長崎さるく博’06 におけるガイド養成やイベント実施過程についてどの