第 4 章 住民主体観光の裏面
2 参加者減少に対する行政の対策
2.3 長崎さるくにおける経済的な自立の難しさ
そういった問題について、長崎市の行政やさるくガイドは共に承知しており、問題を乗 り越えるための努力がなされていった。ただし、根本的に長崎さるくは行政による事業と してなされており、長崎市の補助金がなくなれば、運営が非常に厳しいという課題を持っ ていた。そのため、長崎市や長崎国際観光コンベンション協会は、長崎さるくが自律的に 運営されるようになるには、最初の500円よりは高く参加費を設定し、運営ができるほど の収益性を獲得することを課題としていた。以下の事例では、行政が主導した長崎さるく が持続するためには、収益性を生む仕組みが必要であるという行政側の見解が述べられて いる。
【事例4-2-1】長崎さるくが直面した持続性の問題
筆者 さるくの課題として、お客さんが減っているっていうことを聞きましたけど、
数字を見たら、年 2 万人ほど参加しますよね。それって、かなり大人数だと思うんで すけど、長崎の観光にどれくらいの影響力があるんですか?
的野さん 630 万人くらい、長崎市の観光客がいるので、その中で 2 万人とか、4 万 人とかの数字で考えると、そんなに多くはないのかなと思うんですけど、ただ長崎の 一つのツールとしては、非常に面白いツールだと思うので。だから、それを目的に来 る人は少ないけど、来たお客さんに対してそういうメニューがあるっていうことは、
非常にいいのかなって思ってますけどね。(…)
筆者 今のところで、特に力を入れているところはありますか?
的野さん そうですね。今全体的にやろうとしているのは、もともとさるくが長崎市 役所が始めたやつなので、どうしても行政主体っていうことで、あんまりこう利益の 度外視というか、今ひとコース 500 円ですね。で、他のところのまち歩きもやっても らうと、結構高いですね。2500 円とか、3000 円とか。大阪とか、京都とか。だから、
その辺も、今までは行政だから、ある程度利益度外視してやれてたんですけど、やっ ぱり続けて今後さるくをやろうと思えば、ある程度その収益性とか、そのへんも考え ていかないといけないし。あとは、なんていうんだろう。さるくの通さるく自体も今 定時出発でやってますよね。何月何日何時から出発しますよと。あの参加者が非常に 少ないんですね。だから、そこもちょっと見直しをして、コースもまたさらに魅力ア ップをして、先言ったように料金もちょっとあげて、人気のあるコースに絞って。こ
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れ(長崎さるくの季節別案内パンフレット)みてますよね?たとえば、通さるくにし ても、このようにいっぱいあるんじゃないですか。これって正直初めて長崎に来た人 にとっては、あまり多すぎても逆に分かりにくいかなと。一応来年は、ちょっとコー スを絞り込んで、逆に通さるくは観光客向けですよっていうことでやっていこうかな と思ってるんですね。それから、何回も長崎に来ている人とか、地元の人とかに関し ては、こちら学さるくの方で。だから、今後はどっちかというとこっち(学さるく)
に力を入れていく。(2015 年 9 月 18 日、長崎国際観光コンベンション協会さるく推 進部の的野寛さんとのインタビューの中から)
上記の事例では、長崎さるくは当初長崎市役所が始めた行政主体のイベントであったた め、利益は度外視していた側面があると述べられている。そして心配されていることは、
財源は限られているなかで、いつまで長崎市が長崎さるくに予算を配分するのかというこ とだった。そういった課題から長崎さるくを持続可能なものにするためには、市の補助金 がなくても運営できる程の利益が生まれるものに変える必要があると語っている。的野さ んが述べている他地域の事例は、長崎さるく博’06 以降、コーディネートプロデューサー であった茶谷が2008年に大阪で立ち上げた「大阪あそ歩」と、2010年に京都で行われて いる「まいまい京都」を指す。両方とも、参加費は2500-3500円程であり、民間が運営す るかたちをとっている。
2006年に長崎さるく博’06が開催されて以降、全国でまち歩き観光が展開されているの だが、その仕組みや方法が異なり、各事業ごとに課題も異なる。そこで、長崎市の予算補 助がいつまで続くのかわからない状況で、長崎国際観光コンベンション協会は民間事業と して運営されている「大阪あそ歩」や「まいまい京都」の仕組みに移行したいと考えてい る。2017年度の新規さるくガイド研修会においても、的野さんは研修会の中で、まいまい 京都の事例を取り上げながら、学さるくの企画を促し、ガイドの魅力アップを強調してい た。
そういった方向性の基で、長崎市・長崎国際観光コンベンション協会は様々な対策に取 り組んだ。第一に、参加費の値上げ、第二に、新たなガイド養成やコースの見直し、第三 に、通さるくの縮小と学さるくの促進、主にこの3つである。参加費の値上に関しては、
2007年から「通さるく」より「学さるく」のコースを増やし充実させることを通じて実施 していた。学さるくは第3章で述べているように、ガイド自らコースを企画し、単発的に
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行うものである。そこでガイドは、食事を入れたり、バスや船に乗って移動する企画をし たり、施設に入るなど自由にコースを構成することができ、また参加費もガイド自らが策 定することができる。そして参加費からなる収入のうち、参加料金の10%(最低100円)
を手数料として長崎国際観光コンベンション協会に支払い、残りはガイドの収入になる。
通さるくの場合、参加者数に関係なくガイドの謝礼金が一律1,000円であるのに対し、学 さるくではガイドが参加者を多く集めれば、その分ガイドの収入も増えることができる。
例えば、さるくガイドが参加費1000円の学さるくを実施したとしよう。参加者には200 円相当のお土産付きの特典も提供する。加えて、コンベンション協会には参加費の 10%、
つまり一人100円の手数料を払うことになる18。結果的に、ガイドは一人当たり700円の 収入が残る。もし30名の参加者が集まったとすれば、一度学さるくを実施すると、ガイド
には21,000円の収入を得ることができる。長崎国際観光コンベンション協会にも、3,000
円の手数料からなる利益が入る。しかし、このようなシミュレーションでもわかるように、
学さるくが毎月数百件程実施されないと、自律的な運営を図ることはかなり難しい。
また、学さるくを通じた収入の増加という戦略には、他にも限界があった。それは長崎 さるくへの参加者は比較的に限定されていることである。まいまい京都の場合、参加者は 京都のみならず、大阪や兵庫、関西圏全体から集まっており、年齢層も40-50代と比較的 若く購買力もあると推測される(まいまい京都の代表者以倉による講演会で伺った話に基 づく)。一方で、長崎さるくの学さるくの参加者層は長崎住民であり、60-80代の高齢者で 構成されている。そういう事情から、学さるくを実践してきたさるくガイドたちは、むし ろ参加費の値上げに批判的である。むしろ、値下げをして、長崎市民がもっと頻繁に、手 軽に参加するようにしなければならないという意見も多数あるのである。
参加費をめぐる問題は、次の新たなガイド養成やコースの見直しという対策とも関連し ている。長崎国際観光コンベンション協会は、コースの魅力アップという課題に対し、「ど こに行くのか」ということから、「誰がガイドになるのか」に注目し始めていた。「どこに 行くのか」は、2009年-2010年の「龍馬さるく」の際には重要な問題だった。テレビでみ
18 2018年度からは学さるくの手数料が、参加料金の10%(最低100円)から、参加料金に関
わらず、参加者一人当たり300円へ値上げされた。それによって、住民に気軽に参加させるた めに、500円の参加費で実施してきたさるくガイドたちが、事実上その分を負担することにな った。
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た坂本龍馬のゆかりの地に、実際に行き体験することが重要で、それを満足させるガイド であれば、ガイドの役割は十分果たせたと思われる。しかし、ガイドの役割は次第に変化 していった。スマートフォンの普及により、簡単に情報が手に入る中で、ガイドはそれ以 上の情報を参加者に与え、ガイドがいなければ、経験できないようなものを提供しなけれ ばならない。その時に、重要になるのは「ガイドの個性」を全面に出し、かけがえのない ものを体験させることであろう。
そのような認識のうえで、長崎国際観光コンベンション協会が一つ取り組んでいるのは、
5年程前から女子大学生さるくガイドの養成を始めたことである。長崎純心大学の1年生 のフレッシュマンキャンプに、長崎さるくに参加することを取り入れたり、夏休み期間中 に新規さるくガイド研修会に参加することを夏の集中講義として行っている。そこで、さ るくガイドになって年内に一年以上ガイドとして案内をすれば、学内の履修単位をもらえ るシステムである。しかし、2017年度の場合約60名の学生が研修に参加したが、授業が 終わってからも自主的にさるくガイドになって活動を継続する学生はほとんどいなかった。
そのほか、ゼミ生たちが長崎コンプラドールのメンバーにガイドスキルを教えてもらう授 業もあった。こういう事業が可能となったのは、大学側の授業運営の都合と女子大学生の ガイドを養成することでより話題性を生み出したい長崎市の意図が合致した結果でもあっ た。その意味で、学生への教育的な貢献は期待できると思うが、さるくガイドとして活躍 することはほとんど実現されていない。
このような長崎国際観光コンベンション協会による対策は、順次に行われたのではなく 同時進行でなされた。特に参加費の値上げと通さるくの縮小は毎年徐々に行われた。長崎 さるく博’06において運行された31の「通さるく」のコースが、翌年の2007年にもその まま毎日決まった時間に運行される定時出発形式で運営された。長崎さるく博’06 におい て、参加者数の多い順で1位から5位で人気を博していた「長崎は今日も異国だった」(旧 居留地周辺)「文人墨客も思案した?」(丸山町周辺)「ハイカラさんが往来しよらす」(眼 鏡橋周辺)「龍馬が見上げた長崎の空」(風頭の龍馬像周辺)「アンゼラスの鐘の丘を訪ねて」
(平和公園周辺)、この5つのコースは週5回編成され、その他のコースは週 1-3回程運 行された。各コースはコース名やルート、立ち寄る商店が若干修正される場合はあったが、
基本的には同じ内容で2011年まで6年間継続していった。
しかし、参加者数が減少していくことに従って、ガイドの費用が問題視されるようにな った。当日参加を可能にすることで、参加者が一人もいない時にも、ガイドには一律して