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第3章 住民同士の「ホスト-ゲスト」としての役割分担

3 まち歩きの楽しさの源泉

3.1 何もない話をすることの大切さ

3.1.1 ガイドの視点

筆者が初めてガイドを経験したのは、2016年3月に学さるくを企画実施した時であり、

調査の協力者であるさるくガイドの黒田さんの提案による。具体的なコースのルートは黒 田さんが構想して、私は一緒に下見に行って教えてもらうことになった。そして下見の前 にガイドする時の注意点について黒田さんから話を伺った。以下の事例は、ガイドの下見 をする際に、黒田さんにより教わったさるくガイドの心得である。そこから、ガイドと参 加者がキャッチボールするようなコミュニケーションを重視していることが伺える。

【事例3-3-1】ガイドする時の注意事項

・今回の「明治日本の産業革命遺産」は広域に広がっており、地域別に打ち出してい るものが異なる。長崎で聞いた話が他の地域とつながることを強調することで、各地 域からきた観光客の印象に残る。

・各参加者は好みや楽しみが異なる。みんなに合わせるのはそもそも不可能だし、一 つのストーリーを印象に残るようにすればいい。一つでも筋が通るようにする。

・参加者とのコミュニケーションはキャッチボールである。アイコンタクト・休憩を うまくとること。お腹すいた・疲れた等の声を聞く。予想と当日の現場は全然違うと 考える。アドリブが大事である。ガイドの計画通りにやるわけにはいかない。その時 の状況や人々と相互作用であるから。

・一人に質問をもらうと、その人がお客さんを代表として質問をしたと考えてみんな に応える。みんなとのコミュニケーションに心掛ける。

・具体的なコミュニケーションをする。例えば、「ここに集まってください」という時 に、ここという距離感をお客さんは知らないので、具体的に線を引いたりしてみせな

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・ガイドはお客さんの気持ちを代弁する役割もある。「トイレ行ってください」「熱い と上着を脱いでください」等を言っても参加者たちは戸惑うので、そう言いながら、

ガイド自身が先に行動をしてみせると参加者も安心して行動をする。

・自分のおばあちゃん、おじいちゃん、お母さん、お父さん、孫を案内する気持ちで やる。

黒田さんは、ガイドをする上で、参加者とのコミュニケーションを最も重視している。

案内するツアー参加者はどの地域からきたのかから始め、興味関心を持ちそうな要素を考 えながら、長崎のこととつなげて話す。参加者の顔やしぐさを見ながら、「キャッチボール」

するように、双方向的にコミュニケーションすることを心がける。こういった話し相手を 常に意識しながらガイドをするということを認識しつつも、筆者は実際ガイドをする上で、

参加者に「何を伝えることができるのか」ということが心配になり、ガイドをする当日ま でコースのテーマであった長崎の世界遺産のことについてについて情報を集めながら、内 容を覚えていた。

韓国人留学生の筆者が案内するということをアピールするために、「アンニョン長崎!

アンニョンさるく!」というタイトルにし、実施する半年前に長崎国際観光コンベンショ ン協会に学さるく実施の申請を行った。約3か月前から参加者の募集が始まる。黒田さんと 二人でガイドをするのもあり、黒田さんの常連の参加者が多く参加をした。また私の方か ら長崎市内にある韓国語同好会にも声をかけ、当日は37名の参加者が集まった。学さるく には50代から70代までの年齢層の方々の参加がほとんどであるが、今回韓国語同好会から 参加者を集めたことで、20-30代の女性が10名以上参加し、20代から70代までと幅広い年 齢層の参加者と歩くことができた。コースは黒田さんの提案により、長崎港を回りながら、

長崎市内の世界遺産をみるという企画であった。約12Kmを9時半から15時まで歩く、普段 はなかなか企画されない長時間の長距離のコースであった。以下の事例は、「アンニョン長 崎!アンニョンさるく!」コースを案内した当日に筆者自身がガイドを行いながら感じた ことをまとめた調査日誌である。ガイドをする途中、楽しさや大変さを感じた瞬間につい て記述している。

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【事例3-3-2】何をしゃべればいいか分からない

黒田さん 北海道大学からきた韓国人留学生きむみょんじゅさんです。去年は長崎さ るくを調査した論文も書き終え、4月からは博士課程に入ります。今回は自分でガイド をしてみるのはどうかと提案をし、遠い札幌から長崎まできてくれました。すごく頑 張っているので、みなさん大目で暖かくみてください、応援してください。

筆者 はじめまして。長崎ではみょんちゃんって呼ばれています。よろしくお願いし ます。今日はたくさん歩きますので、水補給と車気をつけてくださいね。

40名近くの大勢人々の前で、大きい声を出す自分が慣れない。私の後ろに40人ほどの 人たちがぱーっと並んで歩いている風景はすごかった。大丈夫かな、楽しんでもらえ るかなと思いながら歩いた。

旭大橋の真ん中くらいで一旦止まって、「ここでアティ(韓国語同好会)のみなさんの 紹介をします」と、言ったけど、あんまり伝わっていなかった気がした。声も小さく、

参加者は遠くいて、「なんで今?」みたいな顔をしている人々。そこで黒田さんは「み んなが注目したら、その真ん中に入ればいいよ」と後でアドバイスしてくれた。

その次の話すポイントに移動した。横山桜という碑石の前に立ち、全員が到着して聞 く準備ができたと思ってから、黒田さんに教えてもらった内容を話した。その後、隣 にいた黒田さんが、「お上手!」とバチバチ。参加者たちも黒田さんについて応援の拍 手をしてくれた。黒田さんは私のガイドのサポートをしながら、参加者たちの反応を 促していた。その後も話をするポイントで私は説明をしていったが、説明しきれない 場所が続々出ることになった。いつの間にか黒田さんが補足をするようになっていた し、参加者たちも黒田さんの話に「うんうん」と頷いている。1時間か一時間半ほど経 つと、私がガイドをするという感じがどんどん薄れていき、いつの間にかあっちこっ ちで参加者同士で会話が生まれている。参加者が37名であることもあり、後ろの参加 者が遠くて見えないことも生じ、止まって待ったり、前の方にいる人々と話をしたり することになっていた。

ジャイアントカンチレバークレーン、長崎製鉄所、旧木型場、そして世界遺産ではな いが、長崎で一番急な坂。しかし次々とポイントに行き、説明をするけど、あんまり しゃべることがなかった。製鉄所では黒田さんが教えてくれたハルデスさんの話をし て、またぱちぱちされて、でもその次からは話すことがないと思っていた。それに対

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して、後ろにいる黒田さんは後ろの方にいる参加者たちとずっと何かをしゃべってい る。その中、私はどんどん無言で歩くことになってしまって、困ったと思った。何を しゃべればいいんだろうか。「しーん」とした雰囲気で、歩くことに集中していること に困ったと思った。ガイドする内容自体に情報が足りなかったこともあったが、何を しゃべればいいのか、普段あまり話す機会のないおじいさん、おばあさんに何を話せ ばいい?お母さん、お父さんを案内するようにということを言ったけど、すごく難し いことだ。私は参加者たちと会話するための話題を探すことができず、無言で歩き続 けていた。そのなかで、逆に何か私に質問をしたり、話をかける参加者にはとても助 かった。

ガイドの後半に入り、女神大橋を歩いて渡った。「わー遠いですね!あそこから歩いて きたんですよ!すごいですよね!」「…」。黒田さんが「ここ話して~」と言われ、「み なさん~!ここが橋の真ん中です~!」「…」。どうも話が通じ合っている感じがしな い。ゴールの小菅修船場に着き、最後に締めの話をした。世界遺産に対する私の意見

14を素直に伝えて終えた。参加者の皆さんが真剣に聞いてくださり、うなずく人もい た。全員で記念写真を撮り終了。その後参加者から「話がすごく上手!」「これ全部覚 えたんですか?」とか聞かれ、自分は話すことがなくて困ったのに、意外な反応だと 思った。(2016年3月20日、「アンニョンさるくアンニョン長崎のガイド実施」調査日 誌の中から)

筆者が初めて務めたさるくガイドでは、参加者は全員長崎市民であり、普通に考えると、

韓国人でしかも北海道で留学している筆者の方が「ゲスト」になりやすい立場であった。

長崎さるくについて調査をすると言っても、ただ「長崎が好きな留学生」で、長崎に通っ たのは1年あまりであり、むしろ参加者の方が筆者よりは長崎については詳しいはずだか らである。実際に筆者が「ガイドになるべき」理由や理屈はなかなか説明しにくかった。

14 明治産業革命遺産はその時期が1910年までとされており、その後の活用、具体的には第2次 世界大戦でどのように活用されてのかについては語られていない。世界遺産という大きなス トーリーとしての価値もあるが、参加者の皆さんが持つ個人的な価値も考えてみてほしいと 話した。しかし後の反省会の時に黒田さんからこのことについて間接的に、さるくガイドは 政治的なことは言ってはいけないのがルールであると言われた。

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