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長崎市民ボランティア観光ガイドとさるくガイド

第 2 章 長崎市におけるガイド事業の経緯とガイドにとってのガイド活動の

1 長崎市民ボランティア観光ガイドの設立経緯と長崎さるく事業との関係

1.2 長崎市民ボランティア観光ガイドとさるくガイド

このように長崎さるく博’06以前から活動していた長崎市民ボランティア観光ガイドた

ちは、1年間研修を受けており、ガイド同士でマニュアルやコースを作り、長崎市のボラン

ティアガイド活動を開拓したと言っても過言ではない。それに対し、3日間で研修を行い、

その後すぐにガイドになれる長崎さるく博’06からのガイド養成の方針について、既存のガ イドたちは違和感を持っていた。

長崎さるく博’06のコーディネートプロデューサーである茶谷の著書の中には、ガイドの

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敷居を低くするためにガイド研究を3日で終わらせると記述されているが、1年間研修をし、

慣れるまで3年以上はかかると認識している既存のガイドたちにとって、その方針は理解 できないことであった。もちろんガイド研修の期間や方法に関しては多様な考え方があり える。例えば、2017年度のさるくガイド研修を受けた新人のさるくガイドたち(3.2.2の「29 の会」の事例を参照)は、3日より長い1週間の研修を受けたが、修学旅行生を案内する平 和学習以外にはガイドをしようとしなかった。彼らは、「1週間の研修のみでは、通さるく を案内するための知識を身につけることは無理だ」「ベテランのガイドが多いなかでどう せ我々の番は来ないだろう」「コンベンション協会が主催する研修会だけでは案内をする 自信がつかない」等の意見を持っていた。

一方で、長崎さるく博’06以降、他地域においてもまち歩き観光が仕掛けられていくこと につれて、長崎市の行政担当者やさるくガイドたちは他地域の事例に影響を受けるように もなった7。例えば、「まいまい京都」の事例では、まち歩きガイドを養成するのではなく、

発掘する方法をとっており、主催側によるガイド研修ではそもそもガイドの素質を培うこ とは難しく、最初からガイドに向いている人を発掘し、ガイドを依頼した方が良いという 方向性を持っていた。こういったガイドに関する考え方に影響を受け、長崎さるくにおい てもガイド研修をより充実させるといった動きは鈍くなっていった。しかし、現場のさる くガイドたちは、ガイド同士の勉強会や座学に力を入れており、ガイド研修などの行政に よる情報提供にも多少頼っていた。

以下の事例は、わたしのガイドさん事業からガイド活動を始め、20年以上継続している ガイドの証言であり、一人前のガイドになるための時間や努力の量について語っており、

長崎さるくのそれとは大きなギャップがあったと認識していることを示している。

【事例2-1-1】今のガイドはとても簡単になれる

三田村さん うん、募集したのは50人だったんだけど、それから36人くらいになって。

7 長崎さるく博’06に影響を受け仕掛けたという「まいまい京都」の代表の以倉敬之氏による と、まいまい京都に関する講演で、ガイド研修を全く行わないという。そもそも研修でガイ ドが変わるということには期待をせず、ガイド個人がすでに持っている個性や経験をそのま ま伝えるという。また主催者はコースやガイドマニュアルを作らず、ガイドその人しかでき ないコースをガイド自ら作ってもらい、実施する事例もある(2017年11月3日第4回日本まち あるきフォーラム福島にてまいまい京都の以倉敬之氏が講演)。

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徐々にほら、きついもんだから。自分たちで勉強して、自分たちで観光に行って。そ れで、色々また掘り起こして、それで今度は自分たちが実施したりして。もうほんと 色々あった。今みたいに情報がなかったもんで。だからね、やっぱり3年くらいかかっ たんですよ。私7年くらいあれやったけど。(…)ある程度自分たちで勉強して、結構 時間かかったしね。苦労もしたんですよ、やっぱり。全然知らないから。それで本当 もう正式なガイドだったんですよ。今は簡単でしょ。簡単なんですよ今は。本当。(…)

全然違います、今とは。今は本当簡単ですよね。だから、私も何期生までか会ったん ですよ。講師をして、それからどげんかなった。色々と変わったんですよね、中身が、

多分。こんな感じでずっとしてました。それで最後に3班くらいになったんですね。だ からやっぱり脱落した人もおる(笑う)。(2018年5月13日、さるくガイド三田村静子 さんとのインタビューの中から )

長崎市民ボランティア観光ガイドたちは、自分たちはさるくガイドとは異なり、ガイド としての知識を身につけるために様々な努力してきたと認識していた。その過程を踏んで きたガイドたちにとって、ガイドマニュアルがすでに用意されており、3日間の研修でガイ ド資格が取得できる長崎さるくのガイド養成システムは、これまで費やしてきた努力と比 べると、あまりにも簡単なものだと捉えられたのである。しかし、これはまち歩き観光に おいてガイドに求められる素質や役割とは何かについての考え方がそもそも異なっていた ことを意味している。長崎市民ボランティア観光ガイドたちはツアー参加者を満足させる ため、日頃から多様な知識を習得し、経験を重ねているのだが、長崎さるく博’06を企画し た元市民プロデューサーらたちは「歴史の勉強はしなくていい」という考えを持っていた。

それは、ガイド研修では身につけることが難しい、ガイドが本来持っている個性を重視し ていたことを意味する。以下の事例は、長崎さるく博’06の構想段階からワーキングチーム に関わっていた2名の元市民プロデューサー(第1章第1節)とのインタビュー内容であり、

まち歩き観光においてガイドが参加者に対して提供すべきこと、演出すべきことについて 述べている。

【事例2-1-2】ライブ感を与える

筆者 それは、ガイド個人の、他の人は知らないようなことを話すからというか、そ の分勉強した分が多かったのですか?

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田中さん いやいや、勉強の分はそんな多くない。

桐野さん 勉強とかそんなしない。

筆者 たとえば、どういう風に話を集めたりしたんですか?

桐野さん まあ、とにかく、潤介さんはまちの賑やかなところの人の交流があるとこ ろを案内するから、彼の手法的に、お店のおばさんとかおじさんたちに案内して、で きれば買い物したらいいなとか、これこそ本来のまち歩きですよ。僕のところ(旧居 留地地区をめぐるコース)は元々ある程度完成されていて、みんな目的を持っている。

それをなおかつ別の角度で楽しんでもらう。僕の手法はたまたまだけど、恋の話をし たりとかね。悲しかったり、嬉しかったりね。長崎を愛した外国人の話をしたり、そ ういう形で別の楽しみをする。ただ、「グラバー園です」、ただ「どこそこです」では なくて、それをやろうと思ったんです。それは僕のアイデアですよね。言ってしまえ ば。これ受けるぞと。

筆者 これ面白いよなっていうのはどうやって気づいたんですか?

桐野さん まあ、人は人の話には興味があるだろうと、自分はそう思ったから。よそ に行ったときに、誰がこのまちの話を、こうしてくれた時に、建物の話を語られるよ りも、どこそこのだれだれさんが、こう乗り出しに聞いたの。お、面白いんだ。え、

そんな人がいたんだ、やっぱそういう人がいるとね、と思ったんです。それとおんな じに、自分のまちの話も、人は好きだった。

田中さん 人を案内するエリアの特性を生かすまち歩きという形で考えたら、私は私 のまちの人に焦点をあてた案内をするし、桐野さんは素敵な風景を背景にそこに息づ いてた人たちのドラマを語ることで、お客さんの想像力を掻き立てたりとか、みんな それぞれのやり方で、こうしようああしようと決めたわけではなく、だんだんそうい う風になっていたみたいな。

桐野さん だから、その特徴は、まちの特徴は知ってることだから、そこに住んでた から、そこの景色をいつも眺めてたから。さるくはこうだ!というのはないけどね。

基本は僕はだれがいくらそういうストーリーを語っても、ほんとはそこのまちを歩い てる人が、ご案内した五島の人方とこう歩きながら、ホテルの方まで送ってあげよう かと、うちのお母さんニコニコしながらテレビ局の辺で、「お母さんどこに行く?」と したら、「ビアーガーデン行く」っていう合図をしてた(笑)。そういう風な臨場感、

ライブ感があるからね。まち歩きはライブ感が大事ですよ。今まではね。夢のような

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