第五章 利他主義に基づく協調行動
5.2 HLW 問題をめぐる社会的ジレンマ
本節では、HLW 問題をめぐる社会的ジレンマについて概観し、社会的ジレンマを克服 し、利他主義に基づく協調行動を促す仕掛けや動機づけについて考察する。
5.2.1 HLW問題をめぐる社会的ジレンマ
これまで述べてきたとおり、我が国は原子力政策を進める際に、政府関係者と原子力専 門家のみで政策の方向性や技術的な方針を議論し、意思決定を行ってきた。電力会社は、
決定された政策や方針に従い、立地地域の自治体のみと協議し、原子力発電所を建設、運 転してきた。しかし、近年、こうした意思決定のアプローチは通用しなくなっている。と りわけ、2011年(平成23年)3月に発生した福島原発事故を受けて、原子力発電は「絶 対安全」ではないことが明確に示された。その結果、各地において長期間にわたって運転 されてきた原子力発電所の再稼働に関しても、立地地域と合意できない状況が続いている。
それは、原子力発電の安全性に対する信頼だけでなく、原子力政策を進めてきた政府関係 者や原子力専門家や電力会社に対する信頼も失われたためである。福島原発事故の前から、
原子力発電所では様々な事故やトラブルが発生しており、原子力政策を進めてきた政府関 係者や原子力専門家に対する信頼は失われつつあったが、従来から指摘されてきたとおり、
原子力政策やエネルギー政策に関する説明責任の欠如や政策決定に関わるプロセスの不 透明性さも信頼を損なう要因となっていた。
HLW問題に関しても、これまでのところ政府が意思決定を行い、政府自ら、あるいは、
NUMOを通じて、一方的に市民に伝えるというのが一般的である。しかし、これでは市民 の理解の深化や社会的合意形成の促進には寄与しない。政府やNUMOが市民と議論する ことなく、勝手にHLW処分に関する意思決定を行ったとしても、市民はHLW問題を理 解するどころか、HLW が持つリスクに対して漠然とした不安や恐怖を覚えたり、政府や NUMOの意思決定に対して反発したりするだけである。2017年(平成29年)7月、経済 産業省は科学的特性マップを公表し、これを契機に、国民の関心を踏まえた多様な対話活 動をさらに推進し、複数の地域による処分地選定調査の受入れを目指すとの考えを表明し ているが、科学的特性マップの公表直後から、すでに一部の自治体から受入れを拒否する 声が出ている。これは、従来と同様に、政府が意思決定を行い、決定や情報を一方的に市 民に伝えるという手法が続いており、こうした手法に人びとが反発している証左である。
HLW 問題を解決するためには、政府や NUMO だけに任せるのではなく、市民も自ら の問題として捉え、「将来世代に先送りしない」という意識を持つことが求められる。その うえで、HLW 問題に対し、政府や NUMO と市民が一緒になって議論し解決策を探ると いう社会的合意形成プロセスを進めることが必要である。このような社会的合意形成プロ セスにおいては、市民に対して、地層処分に限らず様々な技術的な解決策を選択肢として 提示し、社会としての価値判断を行い、最適な解決策を導き出すことが求められる。この ためには、社会的合意形成プロセスへの市民の主体的参加が保障され、市民に対して価値 判断を可能とするだけの十分な情報が提供されるとともに、市民の意見や要求がHLW問 題に関する政策や意思決定に反映されるよう、市民の主体的参加と熟議を可能とする枠組 みを制度的に整備することが必要である。
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しかし、市民参加の枠組みを制度的に整備したとしても、多くの市民はHLW問題に関 して無関心であり、現世代で解決しなければならない社会的課題とは認識していない。日 常生活において必然的に生活廃棄物が発生するのと同様に、原子力発電による便益の享受 に伴いHLWという「核のゴミ」が発生する。しかし、多くの市民はHLW問題について 正しく理解しないまま、「自分には関係ない」という態度で、原子力発電の便益を享受して きている。また、たとえHLW問題を社会的課題として認識したとしても、「自分が解決す べき問題ではない」、「自分一人ぐらいが考えたところで解決しない」、あるいは、「自分の 貴重な時間や労力を割いてまで解決策を考えることはしない」と考える人もいる。HLW問 題に関し、このような人びとの考え方や態度によって議論が進まない状況は、まさに先に 述べたとおり公共財ジレンマに陥った状況である。
また、HLW問題をめぐって、人びとが「社会的には必要であるが、自分が住む地域には 立地して欲しくない」という私的利益を追求し、NIMBYを主張すると、HLW処分施設は 立地されない。このままでは使用済燃料というHLWが各地の原子力発電所の使用済燃料 プールに保管されたままとなり、社会全体がHLWのリスクに常にさらされた状態となっ てしまう。人びとが私的利益を追求することによってHLW処分施設が立地できない現状 では、公共的な利益が著しく低下した状態を強いられるという社会的ジレンマを引き起こ している。このようなHLW 問題をめぐる社会的ジレンマを解決するためには、HLW 処 分施設の立地を受け入れる協力者(ボランティア)としての自治体や地域住民が現れるこ とが必要である。協力者(ボランティア)が一つ現れれば、社会全体が利得を得られると いう意味では、HLW問題はボランティアジレンマを抱えた社会的課題でもある。
NIMBY問題を内包する HLW処分施設は、こうした協力者(ボランティア)となる自
治体や地域住民が現れることによって、社会の多くの人びとに対してHLWのリスクから 解放されるという公益をもたらし、社会的ジレンマが解消される。しかし、協力者(ボラ ンティア)に対しては、公益を上回る私的負担をもたらすおそれがある。とりわけ、HLW 処分施設の立地においては、原子力発電から得られる電力という便益を得られる受益圏と、
HLW 処分施設の立地による環境負荷や事業リスクという負担を受け入れる受苦圏が存在 することとなり、受益圏と受苦圏の間での環境負荷や事業リスクの分配において構造的不 公平が生じることとなる。しかも、HLW 処分施設の立地地域は、最終的には十万年以上 もHLWとの共存を強いることとなり、たとえ一時的に社会的ジレンマが解消されたとし ても、協力者(ボランティア)に対しては構造的不公平を長期間にわたってもたらすとい う問題を提起する。したがって、こうした構造的不公平を如何に解消するのか、という点 についても社会的合意形成プロセスにおいて熟議することが重要である。
このようにHLW問題は、公共財ジレンマやボランティアジレンマといった社会的ジレ ンマを内包する。HLW 問題という社会的課題を解決するためには、社会的合意形成プロ セスにおいて市民の主体的参加と熟議を進めることが求められるが、このためには公共財 ジレンマを克服し、人びとの利他主義に基づく協調行動を促す必要がある。また、HLW問 題の解決に向けてHLW処分施設の立地を進めるためには、協力者(ボランティア)とな る自治体や地域住民が現れることが求められるが、このためにはボランティアジレンマを 克服し、協力者(ボランティア)として名乗りを上げるという協調行動を促す必要がある。
次節では、社会的ジレンマにおいて協調行動を促す仕掛けや動機づけについて考察する。
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5.2.2 社会的ジレンマにおいて協調行動を引き出す仕掛けと動機づけ
現世代の人びとは、日常生活において、ほとんど意識することなく原子力発電の恩恵を 享受してきた。人びとの中には、「政府や電力会社が勝手に決めて、強引に原子力発電を推 進してきた。自分たちは望んでいない」と異議を唱える人もいるだろう。しかし、資源に 乏しい我が国が経済成長を実現し、多くの人びとが、豊かさ、快適さ、便利さを実感でき る生活を維持できるのは、原子力発電の恩恵でもあることは否定できないであろう。ただ し、原子力発電による便益の享受に伴いHLWが発生することは避けられず、原子力発電 を利用した現世代がこの問題を解決しなければならない。しかし、人びとは、HLW 問題 について、現世代として解決しなければならない社会的課題とは認識していない。たとえ 社会的課題として認識したとしても、「自分の貴重な時間や労力を割いてまで社会的合意 形成プロセスに参加したくない」であろう。まさに社会的ジレンマの状態に陥ってしまう。
したがって、このような社会的ジレンマを解消し、社会的合意形成プロセスへの市民の主 体的参加を促すことが必要である。
処分懇報告書が指摘するとおり、一般の人びとはHLW問題について漠然とした懸念を 持ちながらも、自らが解決しなければならない問題であるという意識を持っていない。人 びとが HLW 問題について、「漠然とした懸念」を持つという状態に留まっているのは、
HLW問題についてきちんと理解していないためである。HLW問題について正しく理解す ることで、これを早急に解決しなければならない社会的課題として認識し、協調行動、あ るいは、協力行動を取ることに繋がるものと考えられる。出雲(2019d)は、社会的ジレ ンマを解消し、人びとの協力行動を促す第一の要因は、HLW 問題に関する正しい知識で あると指摘している。すなわち、まずは客観的で正確な情報をもとにHLW問題を正しく 理解し、解決しなければならない社会的課題として認識することが求められる。具体的に は、HLW問題を社会的合意形成によって解決することでもたらされる便益、HLW問題を 解決するための費用、HLW 問題をめぐるリスクや不確実性を可能な限り数値化し、客観 的な数字や分かりやすい情報を提供することで、人びとに対し、HLW 問題の実態、課題 解決の必要性、社会的合意形成の重要性に関する認知を喚起し、非協力行動から協力行動 へと変容させることが重要である。社会的課題として認識すれば、その解決に向けて、「何 かしなければ」と考えて協力行動を起こす人びとも出てくると考える。
一般的に、社会的課題は一人で解決することは困難である。そのため、他の市民と問題 意識を共有し、お互いに持っている知識や情報やアイデアを出し合って、熟議し、最終的 に社会にとって最適な解決策を見出すこととなる。他の市民と問題意識を共有するために は、適切な「対話の場」が必要である。「対話の場」において多様な価値観や利害を有する 様々な市民が集まり、納得のいく経過を踏んで熟議するのである。「対話の場」に人びとが 集まるようになるためには、他の人びとも問題意識を共有し、協調行動を取ろうとしてい ることを知ることが重要である。出雲(2019d)は、社会的ジレンマを解消し、人びとの 協力行動を促す第二の要因は、他人の協力行動に関する認知であると述べている。多くの 人びとがHLW問題に関して、「自分一人が考えたところで解決策は生まれない」、あるい は、「他の人びとも解決しようと考えていない」と思っている。こうした人びとに対し、「他 の人びともHLW問題を社会的課題として認識し、解決策を模索している」という事実を 提供することにより協力行動に対する否定的な認知を矯正して、協力行動を促すのである。