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HLW 問題に対する Nudge(ナッジ)理論の適用

第五章 利他主義に基づく協調行動

5.4 行動経済学の理論を適用するアプローチ

5.4.2 HLW 問題に対する Nudge(ナッジ)理論の適用

HLW問題はNIMBYだけでなく、社会的ジレンマを抱える問題である。HLW問題とい

う社会的課題に対する最適解を見出すためには、市民の主体的参加と熟議による社会的合 意形成プロセスを進める必要があるが、そのためには市民の協調行動が求められる。HLW 問題の解決に向けて、社会的ジレンマを克服し、市民による社会的合意形成プロセスへの 主体的参加、利他主義に基づく協調行動、経済的合理性に基づく価値判断、あるいは、経 済的合理性とは異なる次元の意思決定と社会的合意形成を促すためを仕掛けや動機づけ を明らかにする必要があるとの問題意識から、本節では、公共政策をめぐるNudge(ナッ ジ)理論を用いたアプローチに着目し、HLW問題への適用の可能性について考察する。

すでに述べたとおり、Nudge(ナッジ)とは、選択を禁じることも、経済的なインセン ティブを大きく変えることもなく、人びとの行動を予測可能な形で変える選択アーキテク チャーのあらゆる要素であり、一人ひとりが自分自身で判断してどうするかを選択する自 由を残しながら、人びとを特定の方向に導く介入である。すなわち、政府の方から命令し たり、罰則を与えたり、過度に介入したりせず、人びとの選択の自由を残し、自分にとっ て良い選択を自発的に取れるようにしながら、一定の方向に導く手法である。HLW 問題 をめぐる社会的合意形成プロセスに関しても、政府が人びとを強制的に参加させるのでは なく、人びとに社会的合意形成プロセスに参加するか否かを自分で判断させつつも、同時 に参加するように促していく手法を考える必要がある。ここでは、「NUDGES原則」に従 って、HLW問題への適用の可能性について考察することとする。

表5.4.2 NUDGES原則のHLW問題への適用 iNsentive

インセンティブ

■直接的、かつ経済的なインセンティブを付与する

■人びとの負担感を軽減する

■公益と私的利益の差を示す Understand mappings

マッピング(=選択と幸福 度の対応関係)を理解する

■プロセスへの参加から得られる満足感(有能感、連帯感、

有効感)を高める

Default

デフォルト(=初期設定)

■プロセスに参加することをデフォルトとする

Give feedback

フィードバックを与える

■プロセスへの参加による達成感や満足感を共有する

■同調性や社会規範への順応性を高める情報を提供する Expect error

エラーを予期する

■正しくない価値判断や意思決定に繋がる誤った情報や デマを見つけ、これに対処する

Structure complex choices 複雑な選択を体系化する

■適切な価値判断や意思決定を可能とするよう情報を体 系化する(例:「4要素アプローチ」)

出典:Thaler & Sunstein(2008)をもとに修正し作成

表5.4.2は、Thaler & Sunstein(2008)が示したNudge(ナッジ)を用いた良い選択 アーキテクチャーの基本原則、すなわちNUDGES原則(表5.3.2)を踏まえ、HLW問題 に適用するアプローチを示したものである。

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一つ目はインセンティブである。ここでのインセンティブには直接的、かつ経済的なイ ンセンティブ、人びとの負担感を軽減するインセンティブ、及び人びとの理解を通じた公 益と私的利益の差の三つがあると考える。まず、直接的、かつ経済的なインセンティブと は、HLW問題をめぐる社会的合意形成プロセスへの人びとの参加を促すために、少額で、

かつ人びとが納得できる形でインセンティブを付与することである。HLW 処分施設の立 地調査では調査の初期段階から電源三法交付金の対象とされている。電源三法交付金は、

HLWの処分地選定プロセスに参加する自治体に支払われるが、HLW問題をめぐる社会的 合意形成プロセスに参加する市民に対して、経済的なインセンティブを与えることにはな っていない。我が国においては、全国レベルの大規模なシンポジウム及び地域レベルの小 規模な意見交換会を開催する場合、そこに参加する市民に対して「寸志」や「謝金」を支 払うことは、いわゆる「やらせ行為」があるのではとの疑念を持たれ、信頼を損なうおそ れがあることから忌避されている。我が国において、経済的なインセンティブを与えるこ とについて批判を受けるのは、コソコソと隠れて不透明な形で行われていること、あるい は、すべての参加者に公平に供与されるのではなく、一部の参加者にのみ供与される形で 行われていることなどが主な要因と考えられる。こうした状況では、「インセンティブを受 け取った参加者は、政府が書いたシナリオどおりに発言するのではないか」、すなわち、「や らせ行為が行われているのではないか」という疑念を惹起することとなる。しかし、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるためには、多くの市民に参加してもらうこ とが重要であり、何らかの経済的なインセンティブを与えることは不適切なことではない と考える。ただし、経済的なインセンティブを付与する場合、透明性や公平性を確保する 手法を考える必要がある。

また、多くの市民が自らの時間や労力を割いてHLW問題をめぐる社会的合意形成プロ セスに参加してもらうためには、人びとの負担感を軽減するというインセンティブも重要 である。具体的には、地域レベルの意見交換会を開催する場合に、わざわざ時間をかけて 行かなければならないような場所で開催するのではなく、人びとが常に集まる場所、たと えば、デパートやショッピングモールなどのような場所で開催するのも一案である。HLW 問題は生活に直結する課題であり、人びとがより身近な問題として認識し、議論する機会 を身近な場所で設けることが重要である。また、インターネット会議システムを活用した

「対話の場」の設定もこれまで以上に積極的に導入すべきであろう。

さらに、人びとに対し、HLW問題をめぐる社会的合意形成プロセスに参加することが、

私的利益を大きく超える公益をもたらすということを認知させる手法を考えることも重 要である。すなわち、私的利益を追求せずにHLW問題をめぐる社会的合意形成プロセス に参加することが、どの程度の公共的な利益をもたらすのかを理解してもらうことで、人 びとの経済的合理性に基づく価値判断を促すのである。Nudge(ナッジ)理論に基づきイ ンセンティブを与える場合に重要なことは「顕著性」である。したがって、HLW問題の現 状や実態、解決策に付随する便益(メリット)や期待される効用(ベネフィット)や費用

(コスト)、さらには、HLW問題をめぐるリスクや不確実性などのデメリットを可能な限 り数値化し、あるいは、可視化することが必要である。ここで重要なことは、HLW問題の 解決策を限定しないということである。人びとに対し、HLW 問題に対する解決策につい て様々な選択肢を伝え、さらに、HLW 問題を現世代で解決する場合と、将来世代に委ね

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る場合における便益や、コスト、リスク(事故の可能性)、事故の損害とその補償等にどれ だけの違いがあるのかを具体的に、かつ明示的に示し、価値判断を促すのである。こうし たプロセスを通じて、人びとが、HLW 問題を現世代で何らかの対応を取らなければなら ない社会的課題として認識し、社会的合意形成プロセスに参加しようという意識を持つよ うに導くことが求められる。

二つ目は「マッピングを理解する」である。すでに述べたとおり、マッピングとは、人 びとが自ら選択したものと最終的な消費体験、幸福度、あるいは、効用との対応関係のこ とである。HLW問題をめぐる社会的合意形成プロセスへの参加を促すためには、「参加す る」ことそのものから得られる「満足感」を高めることが重要である。この満足感は、社 会的合意形成プロセス、あるいは、「対話の場」に参加することで、今まで知らなかった情 報や知識が得られるという有能感、問題意識を共有できる人びとと知り合えるという連帯 感、さらには、意見や要求を述べる機会が与えられ、政府や自治体の政策に少なからず関 与できるという有効感などである。人びとがこうした満足感を得るためには、まず、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスや「対話の場」が適切に整備され、そのうえで広く 市民に認知されることが必要である。加えて、第三章で詳しく述べたとおり、社会的合意 形成プロセスにおいて、様々な情報にアクセスでき、疑問や質問に対する的確な回答が得 られ、意見や要求を述べる機会や自由に討論する機会が与えられ、さらに、社会としての 価値判断や意思決定に影響をもたらす機会が与えられること、すなわち手続き的公正を確 保した運用がなされることが重要である。「対話の場」の提供と Nudge(ナッジ)との関 連性について、那須・橋本(2020)は、アメリカの街頭や公園、空港や駅、さらにはイン ターネット空間などで開かれる「公開フォーラム」が、「思いがけず」多様な意見に接する 機会を得る環境を提供するという意味で、「思いがけない発見のためのアーキテクチャー」

であり、「熟議のためのナッジ」の具体例であると指摘している131。また、「公開フォーラ ム」は、「思いがけず」接する人びとの間に、そこで提示されている問題についての自己の 見解を見直し、さらに他の人びととの間での意見交換や話し合いを促す契機となるかもし れないと指摘している132

三つ目の「デフォルト」とは、「最も労力を要しない選択肢や最も抵抗の少ない経路」を 予めデフォルト・オプションとして示すことで、多くの人びとがその選択肢を選ぶように 導くことである。HLW問題をめぐる社会的合意形成プロセスに関しては、現時点では「参 加しないこと」が人びとにとってのデフォルトとなっている。面倒臭いし、誰も参加する はずがないと認識されているであろう。こうした認識を変えるためには「参加すること」

がデフォルトとして捉えられるような手法を考える必要がある。HLW 問題をめぐる社会 的合意形成プロセスに参加するか、参加しないかを自由に選択できる場合、最初から「参 加すること」がデフォルト、すなわち、多くの人びとにとって「当たり前のこと」、あるい は、「正しいこと」として位置付けられていれば、人びとは参加するようになるであろう。

Thaler & Sunstein(2008)の臓器移植における臓器提供者を増やす方法の例は参考にな ると考えられる。すなわち、臓器移植を進めるためには多くの臓器提供者が求められるが、

131 那須耕介・橋本努編著(2020)『ナッジ!?自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリ ズム』, 勁草書房, p.131。

132 同上, p.132。

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