第四章 分配的公正
4.1 分配的公正の論点
分配的公正とは、結果としての資源配分に関わる公正さであり、公共事業などでは意思 決定の結果として発生する便益、あるいは、費用や負担やリスクなどの不利益の分配に関 する公正さを意味するものである。田中(1998)によれば、社会心理学の分野においては、
労働に対する報酬の分配、あるいは、投資に対する報酬の分配の公正さについて、国内外 で様々な研究が進められてきたとされている。
前章ではHLW問題をめぐる社会的合意形成プロセスにおける手続き的公正について論 じたが、手続きの在り方は結果の内容に拘らず決定の受容に影響を及ぼすことから、手続 き的公正と分配的公正は密接不可分である。たとえば、自分が知らないところで決められ た分配を強制されたのであれば、たとえ均等な分配で、見かけのうえでは分配的公正が確 保されているようであっても、人びとは分配そのものを不公正と判断し、示された決定を 受容しないであろう。他方、自らが参加した形で、かつ熟議、熟慮して分配が決められた 場合には、たとえ不均衡な分配であっても公正と判断し、決定を受容するであろう。藤井・
竹村・吉川(2002)は、一般的には、人びとがあまり重要ではないとみなしている事案の 場合、それがどのような手続きで決定されようとも誰も気にしないが、人びとが重要と考 える事案や、個人負担が大きい事案の場合、手続き的公正が強い効果を持つと指摘してい る。一方、青木(2005)は、個人負担が小さい場合、自己利益(自分にとってメリットが あること)や社会的利益(社会や地域にとって利益があること)などの分配的公正が重要 な判断要因となると指摘している。
NIMBY問題を内包する施設の建設などの公共事業においても、手続き的公正に加えて、
公共事業からもたらされる公益や負担、リスクの分配の公正さが評価されるようになって いる。野波ほか(2016)は、人びとが社会的には必要であるが、自分の家の近くには立地 して欲しくないと感じる施設、すなわち、NIMBY 問題を内包する施設については、その 立地プロセスを進めていくことで、社会的かつ地理空間的に多数となる域外多数者に公益 をもたらす反面、相対的に狭い範囲かつ少数となる立地地域少数者には公益を上回る私的 負担をもたらし、それぞれ受益圏、受苦圏と定義される前者と後者の間に利害の不均衡を 発生させると指摘している。こうした「利害の不均衡」を放置しておくと、とりわけ、受
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苦圏の人びとは不公正だと感じるようになり、立地プロセスにも反対するようになるおそ れがある。したがって、NIMBY問題を内包する施設の立地プロセスを進めるためには、
手続き的公正を確保したうえで、受益圏と受苦圏との間の「利害の不均衡」の原因を見極 め、可能な限り受苦圏外の人びとにも分配して「利害の不均衡」を是正しなければならな い。その際、「利益の不均衡」に関する分配の在り方についても、人びとが「公正な分配だ」
と評価するものでなければならない。
本節では、先行研究を踏まえて分配的公正に関する論点を整理する。
4.1.1 分配的公正の三つの判断基準 = 衡平、均等及び必要性
田中(1998)によれば、分配的公正については、人びとが分配的公正をどのような基準 で判断するか、すなわち、「公正な分配の規定因は何か」を検証する研究が古くから進めら れている。たとえば、Adams(1965)は、人びとが仕事や職務を通じて受けるべき報酬や 処遇の適格さ、すなわち分配的公正を評価するに当たっては、人びとが自分の仕事や職務 に投じた時間や労力、あるいは、貢献度に応じて判断するという「衡平」(equity)の重要 性を示した。また、Deutsch(1975)は、公正な分配の基準として、衡平に加えて、「均等」
(equality)と「必要性」(need)という二つの原理を提示した。これらの分配原理のうち どれが採用されるかは、たとえば、生産性を重視する状況か、人間関係を損なわないこと を重視する状況か、といった分配が行われる状況によって決まるとされている。
これらの先行研究を踏まえ、馬場(2002)は、NIMBY問題を内包する施設の立地プロ セスにおける分配的公正さを評価し、判断する基準として、衡平、必要性及び均等の三つ を取り上げる。「衡平は、資源は貢献に応じて配分され、資源に対する各主体の貢献が等し いときに公平が達成されるとする基準」(馬場, 2002, p.296)、「必要性は、資源は必要性の 強さにのみ比例して配分されるべきであり、それによって最も恵まれていない主体が最も 大きな分け前を得るべきであるとする基準」(同上)、「均等は、各主体が貢献や必要性に関 わらず同じ配分を受けるとする基準」(同上)である。これらの基準を用いて公共事業など における分配的公正を判断する場合、たとえば、公共事業による便益は「衡平」や「必要 性」に応じて分配し、公共事業の費用負担は「均等」に分配するといった形で適用される。
さらに、分配的公正さの基準として、衡平、必要性、均等、あるいは、平等を個別に用 いて判断するのではなく、これらの基準を踏まえて総合的に評価し、全体として分配的公 正さを判断するという考え方が重要である。Leventhal(1976)は、公正判断モデルとし て、人びとが受け取るアウトカム(Deserved Outcome: DO)は、貢献度(Contributions:
Dc)、必要性(Needs: Dn)、平等(Equality: De)、その他のルール(Other rules: Do)を 組み合わせた量であるとして、以下の式を提唱している。Wc、Wn、We、Woは、貢献度、
必要性、平等、その他のルールが重視される程度を表した重みづけである。Leventhal(1976)
の公正判断モデルは、人びとが受け取るアウトカムを考える場合、ある資源や報酬につい ては衡平原理に基づいて分配し、別の資源や報酬については必要性原理や平等性原理に基 づいて分配することで全体として分配的公正を確保することを示している。
DO=Wc・Dc+Wn・Dn+We・De+Wo・Do
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後述するとおり、本稿では、このLeventhal(1976)の公正判断モデルを応用して、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスにおいて、分配的公正を確保しながら価値判断を行 うためには、単に電源三法交付金などの経済的便益、あるいは、HLW からもたらされる 負担やリスクなどの不利益のみを取り上げて分配的公正を考えるのではなく、HLW 問題 をめぐる技術的観点、経済的観点、社会的観点及び心理的観点から想定される要素につい て、その内容を理解し、これらの四つのカテゴリーに含まれる要素を総合的に勘案して、
分配的公正を確保しながら価値判断を行う4要素アプローチを提示する。
4.1.2 分配的公正の三つの問題 = 空間的側面、時間的側面及び経済的側面
馬場(2002)は、NIMBY問題を内包する施設の立地選定プロセスにおいては、地域間 や地域内でのサイトの選択、世代間のリスク負担のコンフリクト及び補償の配分などの課 題が存在し、①空間的側面(サイト選択などの問題について衡平、必要性などの基準より 検討すること)、②時間的側面(世代間負担などの問題について衡平、必要性などの基準よ り検討すること)、及び③経済的側面(補償などの問題について衡平、必要性などの基準よ り検討すること)の三つの分配的公正の問題に直面すると指摘している(表4.1.2)。先に 述べた衡平、必要性などの分配的公正を判断する際の基準は、空間的側面、時間的側面、
及び経済的側面の各問題に応じ、基準のいずれか、あるいは、組合せによって適用される。
表4.1.2 分配的公正の問題 分配的公正の問題
空間的側面 サイト選択などの問題について衡平、必要性などの基準より検討する こと。
時間的側面 世代間負担などの問題について衡平、必要性などの基準より検討する こと。
経済的側面 補償などの問題について衡平、必要性などの基準より検討すること。
出典:馬場(2002)をもとに作成
分配的公正は、家庭から出るゴミの一般廃棄物処理施設の建設、道路や鉄道など交通網 の建設、火葬場、し尿処理場、老人ホームや自立更生支援施設の建設、さらには幼稚園や 保育園の建設など、NIMBY問題を内包する施設の立地選定プロセスにおいて、人びとが 意識していなくても、必然的に議論されるものである。たとえば、施設をどこに建設する のが適当か、施設によって発生する騒音、大気汚染、悪臭などの環境破壊、景観毀損など の不利益をどのように分配するのか、あるいは、外部不経済をどのように解消するのか、
建設費や運営管理費などの費用をどのように分配するのか、補償の問題が発生した場合の 支払いをどのように分配するのか、施設から得られる収入をどのように分配するのか、将 来発生するリスクへの備えを現世代と将来世代との間でどのように分配するのか、将来施 設を廃止、あるいは、閉鎖する場合はどうするのか、などの様々な課題が想定される。分 配的公正については、これらの課題を熟議、熟慮する過程で、衡平、必要性及び均等とい った基準を適用しながら評価するのである。