第二章 本研究の中心命題等
2.1 先行研究の概要
2.1.2 ステークホルダー・インボルブメントの論点
これまで我が国は原子力政策を推進してきたが、政府関係者と原子力専門家のみで政策 の方向性や技術的な方針を議論し、意思決定を行ってきた。電力会社は、決定された政策 や方針に従い、立地地域の自治体のみと協議し、原子力発電所を建設、運転してきた。し かし、2011年(平成23年)3月に発生した福島原発事故を受けて、これまで各地におい て長期間にわたって運転されてきた原子力発電所の再稼働に関しても、立地地域と電力会 社や政府との間で合意に至らない状況が続いている。その遠因として、寿楽・大川・鈴木
(2005)は、原子力政策やエネルギー政策に関する説明責任の欠如や政策決定に関わるプ ロセスの不透明性を指摘している。とりわけ、「政策決定に関わるプロセスの不透明性」に より、人びとが電力会社や政府の考えや態度に不信感を抱くのである。
HLW問題に関しても、これまでのところ政府が意思決定を行い、政府自ら、あるいは、
NUMOを通じて、国民に伝えるというのが一般的である。しかし、これでは国民の理解の 深化や社会的合意形成の促進には寄与しない。大越ほか(2007)も、こうしたトップダウ ン方式(決定→通知→防御)の意思決定方式は、現在では通用し難くなっており、関係者 が意思決定に関与するボトムアップ方式(参加→対話→協力)への転換が求められている と指摘している。すなわち、いわゆる「上意下達」のアプローチでは、国民は、HLW問題 に関して無関心のままであったり、HLW が持つリスクに対して漠然とした不安や恐怖を 覚えたり、政府の意思決定に対して反発したりするだけであり、HLW 問題の解決には繋 がらないのである。とりわけ、我が国においては、ステークホルダー・インボルブメント の枠組みが適切に整備されておらず、HLW 問題を市民と一緒になって議論し、解決策を 探るという「下意上達」のアプローチが欠けている。政府やNUMOは、各地で説明会や 意見交換会を開催しているが、こうした場で市民の意見や要求がどの程度聞き入れられる のか明確でないことも問題である。したがって、市民の意見や要求が我が国のHLW問題 に関する政策や意思決定に反映されることを明確にし、そのための機会が確保されるよう ステークホルダー・インボルブメントの枠組みを制度上整備することが求められる。
HLW 問題を市民と一緒になって議論し、解決策を探るという社会的合意形成プロセス においては、市民の社会的合意形成への参加が保障されるだけでなく、市民による価値判 断や意思決定を可能とするあらゆる情報が提供されることが重要である。あらゆる情報と は、HLW 処分技術に関する技術的な情報だけでなく、社会の価値観にどの程度合致して いるかということ、すなわち社会適合性を判断できるだけの情報を含むものである。坂本・
神田(2002a)は、HLW問題に関する意思決定においては、「科学だけでは十分な基礎を
50
与えることはできず、価値判断(value judgement)を含む問題が重要であることが認識 されており、このような価値判断の問題をもっと明示的に取り扱うべきとの要求が高まっ てきている」(坂本・神田, 2002a, p.126)と指摘している。すなわち、HLW問題をめぐる 社会的合意形成プロセスにおいては、寿楽(2016)が指摘するとおり、HLW問題に対し、
「科学が示唆する技術的な解決策を複数の政策上の選択肢にまとめた上で、どのような価 値を尊ぶかという判断(価値選択)」(寿楽, 2016, p.40)を行い、「そのうちのどれかを選 び取ったり、あるいはそのうちのいくつかを組み合わせたりして、暫定的な解を導き出し 続ける作業を、社会を挙げて行う」(同上)ことが必要である。さらに、「その作業の際に は、正当性(主に内容の妥当性に関係する)と正統性(主にプロセスの手続き的な公正さ に関係する)を高次に両立させた社会的意思決定を導く必要がある」(同上)が、このため には市民に対して、価値判断、あるいは、価値選択を可能とするだけの十分な情報、すな わち「技術的な解決策」、あるいは、「複数の政策上の選択肢」と、これらに関連するあら ゆる情報が提供されることが求められる。
HLW の地層処分は、エネルギー安全保障の観点から極めて公共性の高い施設の立地で ある。したがって、HLW問題は、幅広い人びとの参加を得て、国全体の取組として価値判 断をすることが求められるが、価値判断をするためには、すでに述べたとおり、HLW 問 題だけでなく、原子力発電や核燃料サイクルの是非についても合わせて議論することが重 要である。もちろん、こうした議論には時間も手間もかかるが、地層処分でも、暫定保管 でも、長い年月を要する事業となることを踏まえれば、たとえ国全体を巻き込んだ議論に なり、これに時間をかけたとしても、事業全体のスケジュールの中では影響を与えない誤 差の範囲である。「何故、このタイミングでHLW問題を議論するのか」という基本的な問 い、換言すれば、「何故、現世代で解決策を考えなければならないのか」という問いを市民 と一緒になって考え、市民と目的や将来像を共有し、そのうえで時間を惜しまず熟議し、
具体的な解決策を探るということが求められる。
現世代の人びとは、日常生活において、ほとんど意識することなく原子力発電の恩恵を 享受してきた。人びとの中には、「政府や電力会社が勝手に決めて、強引に原子力発電を推 進してきた。自分たちは望んでいない」と異議を唱える者もいるだろう。しかし、資源に 乏しい我が国が経済成長を実現し、多くの国民が、豊かさ、快適さ、便利さを実感できる 生活を維持できるのは、原子力発電の恩恵でもあることは否定できないであろう。ただし、
原子力発電による便益の享受に伴いHLWが発生することは避けられず、これを解決しな ければならない。HLW問題を解決するためには、市民の主体的な参加を得た形で、「今後 も原子力発電を維持するのか」、あるいは、「脱原発を選択するのか」といった問題につい ても熟議し、価値判断を行いながら、社会的合意形成プロセスを進めることが必要である。
市民の主体的な参加を得た形で社会的合意形成プロセスを進めるためには、まず、市民 が直面する課題を社会的課題として認識し、これを解決しなければならないものとして意 識することが不可欠である。社会的課題として認識すれば、その解決に向けて、「何かしな ければ」と考えて行動を起こすこととなる。社会的課題は、通常、一人で解決することは 困難であるため、他の市民と問題意識を共有し、お互いに持っている情報やアイデアを出 し合って、解決策を探ることとなる。しかし、参加する市民の数が増えると、各々の考え や意見が対立し、容易に解決策を見つけることが困難となる。対立ばかりで解決策を見出
51
すことができなければ、やがて市民は問題解決に向けた関心や意欲を失ってしまうであろ う。また、たとえ解決策が示されたとしても、それが不透明な手続きによるものであった り、意思決定者から一方的に押し付けられるものであったり、特定の市民やグループの意 見に偏っているものであったりした場合、市民は不満を持って反発し、提案された解決策 に反対することとなり、結局、合意に至らないであろう。
社会的合意形成プロセスを円滑に進めるためには、参加する市民が納得する形で社会的 合意形成プロセスにおけるステークホルダー・インボルブメントの枠組みが整備されるこ とが重要である。市民が納得する社会的合意形成プロセスとは、市民が主体的に参加でき、
自由に意見や要求を述べることができ、その意見や要求が政策に適切に反映される、ある いは、市民による意思決定が尊重される枠組みである。寿楽ほか(2005)は、原子力発電 所の立地をめぐる意思決定プロセスを分析し、最終的な意思決定への支持は、決定プロセ ス自体の公正さに大きく依存することを示した。そのうえで、意思決定プロセスへの参加 や、その結果を受け入れるには、関係するアクターがプロセスを信頼することが必要であ り、この信頼を得るためには、進められるプロセスが手続きとして公正であるとアクター が認識すること、さらに、意思決定プロセスの目的や個々のプロセスが、プロセス全体の 中で果たす機能が明確にされ、妥当なものとしてプロセスの関係者・参加者に了解されて いることの重要性を指摘している。こうした観点は、HLW 問題をめぐる意思決定プロセ スについても有益な示唆を与えている。
社会的合意形成プロセスは一直線に進められるものではなく、プロセスの中にいくつか の段階があり、意思決定される内容やその位置付けも異なるものである。坂本・神田(2002b)
は、最終処分法に定められた処分地選定プロセスについて、そこでの意思決定の過程、内 容、それぞれの意思決定の位置付け及び相互関係を明確化すること、市民の関心が集まる 技術課題(たとえば、断層活動の影響など)について、市民の問題意識や意見を反映する ため、双方向のコミュニケーションを通じて市民の関心事項を把握し、それに応じた情報 を提供すること、NUMO、自治体、住民代表などにより構成される委員会を設置し、この 中での合意に基づき、共同の意思決定を行うことなどの有効性を指摘している。
双方向の対話の重要性や、委員会などの「対話の場」の必要性については、個別の事例 にも当てはまる。たとえば、和田・田中・長崎(2009b)は、高知県東洋町の事例を分析 し、HLW 最終処分施設の立地確保に向けた社会的受容プロセスを提示している。高知県 東洋町における推進派と反対派は、もともと原子力発電や放射性廃棄物の問題に関心を持 ち、よく知っている「興味既得層」であり、こうした「興味既得層」はHLWの処分技術 の安全性といった技術的内容までを含め、詳細な議論を行っていた。一方、町民の約6割 を占める「中間層」は、HLWの処分について関心を持たず、また知識も乏しい「興味未高 揚層」であったが、こうした人びとは推進派や反対派の意見や主張に振り回されるばかり で自ら意思決定を行うことが困難であった。和田ほか(2009b)は、地域としての意思決 定を適切に行うためには、この「興味未高揚層」に対し、話題が顕在化し、地域が騒乱状 態となる前に、十分な時間をかけて理解を得る活動を行うことの重要性を指摘している。
さらに和田ほか(2009b)は、適切な広報活動の必要性と、話題が顕在化した後に、住民 らが望むなら文献調査等への応募を性急に行わず、また、正式な応募手続きを行う前に、
地域住民の意思決定を助けるための「参加型の科学技術アセスメントによる双方向対話」