第四章 分配的公正
4.2 HLW 問題をめぐる分配的公正
4.2.1 地域間公平と分配的公正
すでに述べたとおり、1998年(平成10年)5月に原子力委員会高レベル放射性廃棄物 処分懇談会が取りまとめた処分懇報告書において、HLW の処分地選定プロセスを進める に当たり、原子力発電によって電力供給を受けている電力消費地域の住民と処分場立地地 域の住民との間の公平を確保することや、処分場立地地域と電力消費地域との間の住民の 連携を図って、両者が共生していくことの必要性が指摘されている。また、地域間公平の 問題に関連して、処分地選定プロセスを進めていく中で、関係自治体や関係住民の意見の 反映に努め、立地地域の理解と信頼を得ること、立地地域との共生関係を考えるに当たっ ては、立地地域の主体性を尊重し、立地地域が持つビジョンやニーズ、あるいは、立地地 域の特性に応じた方策を地域主体で検討する仕組みを整えること、立地地域の自立的な発 展に貢献するよう幅広い政策手段を考えること、さらに、実施主体と地域の一体感を深め るために実施主体による地域住民の雇用を進めること、地域産業との共生のために処分事 業と連携した産業の育成を図ることなどの重要性が指摘されている。
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地域間公平を分配的公正の問題から捉えた場合、空間的側面と経済的側面があると理解 される。HLW問題をめぐる分配的公正を空間的側面や経済的側面から考える場合、HLW 処分施設の立地選択による便益や負担やリスクの分配が衡平、必要性などの基準を踏まえ て公正かという点が議論となる。家庭から出るゴミを処理する一般廃棄物処理施設の立地 の場合、ゴミ処理施設の立地によって得られる「清潔さ」という便益を享受する地域、す なわち受益圏と、ゴミ処理施設の立地による環境負荷や事業リスクという負担を受け入れ る地域、すなわち受苦圏が同じ自治体に存在するケースが多い。この場合の分配的公正の 考え方については、前節で述べたとおりである。
他方、HLW処分の場合、原子力発電から得られる電力という便益を享受する受益圏と、
HLW 処分施設の立地による環境負荷や事業リスクという負担を受け入れる受苦圏が同じ 自治体ではないケースが容易に想定される。受益圏は人口の多い、あるいは、産業集積が 進んだ都市である。一方、受苦圏は過疎地や産業が少ない地域であり、電気という原子力 発電の便益を必ずしも享受していないにも関わらず、HLW 処分施設の近傍に住むことで 環境負荷や事業リスクを負う。そもそもその地域にHLW処分施設を建設する必要性はほ とんど確認できず、また、環境負荷や事業リスクなどの分配も衡平、あるいは、均等には 行われない。したがって、そのままでは、空間的側面及び経済的側面での分配的公正の問 題は解決されず、構造的不公平が生じてしまう。
HLW 処分をめぐる空間的側面及び経済的側面での分配的公正の問題、あるいは、構造 的不公平の問題に関連して、日本学術会議(2012)は、従来のHLW処分方式では受益圏 と受苦圏が分離するという不公平な状況をもたらすとし、このような不公平な状況に対し、
これまでは電源三法交付金などの金銭的便益の供与を中心的な政策手段として対処して きたがこうした方法は不適切であると批判している。そのうえで、立地選定の後の補償措 置を妨げるものではないとしながらも、金銭的手段による誘導を主要な政策手段にしない 形でHLW の処分地選定プロセスを進めるよう提言している。坂本・神田(2002b)も、
認知されるリスクの緩和のための方法論が確立された後であれば、HLW 処分施設の立地 に対する補償のための措置は善意や環境への配慮の表現として受け取られるが、認知され るリスクの緩和のための措置が十分でないままインセンティブを付与しようとする場合、
それはよく分からないリスクを受け入れさせるための「賄賂」と受け取られ、社会的信頼 を損なうおそれがあるとの懸念を示している。
また、たとえ電源三法交付金の交付を行うとしても、その交付金は必要性に応じて分配 するのか、あるいは、衡平に、あるいは、均等に分配するのかという問題、換言すれば、
誰に対して交付金を交付するのか、立地地域の自治体のみに限定して良いのか、周辺の自 治体、輸送ルートを含む自治体、立地地域が含まれる都道府県に対して交付金を交付する のか、といった様々な分配的公正の問題を惹起する。こうした経済的側面の分配的公正の 問題を解決するためには、まず、地層処分施設がもたらす地域への利益及び不利益を含め て広く地域全体で十分に検討し、意思決定を行うことが理想である。すなわち、HLW 処 分施設の立地地域となった受苦圏の市民のみならず、周辺の自治体に住む市民や原子力発 電から得られる電力という便益を享受する受益圏の市民も立地地域が抱える構造的不公 平に関心を持ち、空間的側面及び経済的側面の分配的公正さを如何に確保するべきかにつ いて熟議していくことが求められる。
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すでに述べたとおり、HLW処分施設を受け入れた地域は、HLW処分施設の近傍に住む ことで環境負荷や事業リスクを負うこととなる。しかも、HLW が持つ放射能のレベルが 人体や環境に悪影響を与えない程度まで減衰するには数万年から十万年以上もかかると されていることから、HLW 処分施設を受け入れた地域は、今後十万年以上も HLW との 共存を強いられることとなり、電源三法交付金のような金銭的便益の供与だけでは解決で きない構造的不公平が長期間にわたって持続するという問題に配慮する必要がある。した がって、図4.2.1に示すとおり、HLW処分施設の立地を受け入れる受苦圏に対しては、電 源三法交付金の交付だけでなく、様々な取組を総合的に実施し、分配的公正の問題を解決 し、地域間公平を確保するという考え方が求められる。
図4.2.1 地域間公平の確保の概念図
出典:出雲(2019c)をもとに修正し作成
具体的には、まず、安全性の確保を最優先に信頼性の高い処分技術を開発し、これを適 用することである。同時に、受苦圏の市民からも「安全性の吟味」の観点からHLW処分 施設の建設や運営などの技術的事項に関する意見や要求を出してもらい、これらを適切に 反映し、HLW処分施設の安全性を向上させ、HLW処分がもたらす環境負荷や事業リスク などの負担を自ら軽減することを可能とする制度的枠組みを整備することが重要である。
受苦圏の負担の軽減に資するこれらの直接的な対処に加え、2015年(平成27年)5月に 閣議決定された基本方針でも示されているように、国民共通の課題解決という社会全体の 利益を継続的に還元していく観点から、HLW 処分がもたらす負担を軽減するための間接 的な対処として、電源三法交付金の交付も含めた経済的支援を考えるのである。このよう な視点は、日本学術会議(2012)が指摘しているように、金銭的手段による誘導ではない 形での立地選定手続きを進めるという観点からも重要である。
この点について、坂本・神田(2002b)も、HLW処分については、技術の確立度に対す る強い懸念や疑問が社会に存在しており、施設立地に対する地域社会の受け止め方を考慮 するうえで、リスクに対する受忍にとくに注意を払う必要があると指摘し、HLW 処分施 設の立地を受け入れやすいものとするためには、地域住民のリスクに対する受忍がもたら す不公平感を真摯に受け止め、他の原子力施設の立地よりも一層多くの努力が払われるこ とが必要であり、「リスクに対する受忍がもたらす負の影響を可能な限り低減する措置」
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と、「リスクの受忍による負の影響を相殺して地域に処分施設立地前よりも高い生活水準 がもたらされるための措置」の両方を適用する必要性を指摘している。このうち、前者は、
処分技術の信頼性の向上を図る取組に加え、地域社会が自らHLW処分施設の安全確保に ついて意見や要求を述べること、さらには処分施設の建設や運転について評価や監視を行 うこと、また、それを可能とするための財政的、技術的措置を講ずることであり、後者は、
電源三法交付金の交付だけでなく、真に地域の発展に貢献する地域共生の方策を検討する ことである。
また、電源三法交付金を交付するとしても、受苦圏の市民のみならず、周辺地域の市民 や受益圏の市民も、HLW 処分施設の立地地域に対し、金銭的便益の供与が必要であるこ とを正しく理解することが重要である。電源三法交付金が交付されても、受苦圏にもたら される構造的不公平は容易に解消されない。したがって、HLW 処分施設を受け入れるこ とによってもたらされる構造的不公平について、受益圏を含む社会全体が理解を深めると ともに、HLW 処分事業の実現が社会全体の利益であるという認識に基づき、その実現に 貢献する地域に対し、敬意や感謝の念を持つことが重要である。野波ほか(2016)は、受 益圏の域外多数者が構造的不公平についての高い関心を持ちつつ熟慮する意図を示すこ とで、受苦圏の立地地域少数者による分配的公平に対する評価を高め、怒りと不満を抑制 するとともに、迷惑施設そのものの受容を促すことを示している。したがって、HLW 処 分をめぐる地域間公平の問題を解決するためにも、受益圏と受苦圏の市民の間で連携を図 り、両者は共生しているという意識が共有されることが重要である。
福島原発事故を受け、事故前のように「電源三法交付金を活用する」といった経済的便 益のみを活用して市民の支持を得ることは困難になりつつある。しかし、高知県東洋町の 事例においては、推進派である町長が、HLWの処分事業は、「国家プロジェクト」であり、
「国のエネルギー政策に貢献できる可能性」があること、また、国から交付される電源三 法交付金を活用し、「町民の皆様の生活支援や産業基盤の整備など、町の浮揚を積極的に図 って行く絶好の機会」であると説明していることは注目に値する。いたずらにHLW処分 のマイナスの面のみを強調するのではなく、「国のエネルギー政策に貢献する」、「町や町民 の生活を良くする」というプラスの面についても、町民一人ひとりが意識し、応募の是非 に関する議論に主体的に参加し、より建設的な議論や検討が進められることは重要である。
とりわけ、地域間公平の問題を考える場合、受苦圏とされる立地地域が、HLW 処分によ ってHLWによる潜在的な事故リスクから解放されるという公益を社会全体に対してもた らす意義を理解したうえで、HLW処分施設の建設に係る利害得失を考えて、HLW処分施 設の建設を受け入れる可能性があることは重要な示唆である。