第三章 手続き的公正
3.5 我が国の取組に対する 3E アプローチの適用
本節では、我が国の取組に対する3Eアプローチの適用の在り方について論ずる。
我が国において、HLW 問題やHLW 処分事業に関して市民の関心が薄いのは、従来、
我が国ではHLW処分に関する技術的な側面ばかりに議論や検討が集中してきたこと、ま た、政府が立上げた審議会や原子力委員会等において、政府関係者や原子力専門家の間だ けで政策の方向性や技術的な方針を議論し、意思決定を行ってきたことが理由の一つとし て考えられる。さらに、HLW 処分事業を進める政府や NUMO が一方的な情報提供やマ スメディアを通じた広報活動ばかりに注力してきた結果、市民の意見や要求に耳を傾け、
市民と一緒になって社会的課題の解決に向けて議論する「対話の場」を設けてこなかった ことも要因の一つである。
大友ほか(2014)が指摘するとおり、福島原発事故が発生し、人びとが放射能汚染問題 に直面したことで、HLW に対する忌避的な反応がより強くなり、従来のリスク・コミュ ニケーションでされてきたような、地層処分の技術的な安全性をアピールするような手法 では人びとの社会的受容を高めることが困難になっている。また、この事故によって、現 在入手可能な科学的知見には限界があり、「想定外」の事故が起こり得ることが示された。
日本学術会議(2012)は、我が国には活火山や活断層が多く、長期的に不確実なリスクが 存在しているため、社会的な受容可能性を基準にして、従来どおり地層処分を進めること は適切ではないとの認識を示している。したがって、地層処分の実現可能性も合わせて、
HLW 処分施設の立地や処分方法等の再検討が必要な状況であり、こうした状況下では、
改めて市民とともに議論し、解決策を探る「対話の場」が一層必要になっている。
HLW 処分施設の立地や処分方法等のHLW 問題に関する議論や意思決定を行ううえで は、これを政府関係者や原子力専門家に一任するのではなく、「対話の場」を設け、市民も 参加した形で、HLW 処分がもたらす便益とリスクの両方を理解したうえで、熟議し、価
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値判断を行い、意思決定を行うことが求められる。とりわけ、我が国においては、HLW問 題に対する市民の関心や理解が不足しているだけでなく、福島原発事故以降、政府関係者 や原子力専門家に対する信頼が損なわれている。こうした中で、HLW 問題をめぐる社会 的合意形成プロセスを円滑に進めるためには、3E アプローチが有効な示唆を与える可能 性があることを指摘したい。
まず、HLW処分に関する市民の理解の深化、とりわけ、HLWは社会的課題であるとい う市民の意識の醸成、さらに、市民とHLW処分事業を進める側である政府や実施主体と の間の相互理解と相互信頼の構築に必要なのは、Educationアプローチである。すでに述 べたとおり、海外においては、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるに当 たり、市民に対し、HLW 処分に関する様々な情報提供や広報活動を一方的に行うだけで なく、様々な会合や協議組織を活用して、市民との双方向の対話や議論を行い、市民が持 つ問題意識、疑問、意見等を聞き、これに応え、相互理解を深め、相互信頼を高め、一緒 になって解決策を探るというEducationアプローチを採用している。また、単なる情報提 供ではなく、市民の関心や興味を把握し、これに沿った形で情報を提供したり、透明性を 確保し、十分な情報公開を実施したりすることにより、市民がいつでも必要な情報にアク セスできる環境を整えている。
我が国において、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるためには、
Educationアプローチを採用し、市民とHLW処分事業を進める側である政府や実施主体
との間の相互理解を深め、また、相互信頼を高める必要があり、そのためには、木村ほか
(2010)が指摘するとおり、市民の立場に立って、市民が十分と感じられる情報や知識を 確実に伝達し、HLW や HLW 処分事業に関する科学的イメージと情報の信頼性を、市民 と専門家とが共有するための段階を設けることが重要である。そのうえで、HLW 問題を めぐる社会的合意形成を目指すためには、市民がプロセスの初期段階からプロセスに参加 し、結論としての方針や意思決定のみを一方的に押し付けられたという状況を作らないこ と、市民がHLW処分に関する安全性を正しく判断できるような支援を行うこと、さらに、
HLW は現存する問題であり、一致団結して解決しなければならないことを市民に認識し てもらうとともに無用な不安を取り除くことも必要である。
また、我が国においては、HLW 処分に関する政策策定や意思決定の中に市民の意見や 要求を取り入れるケースは少ない。これでは、市民がHLW処分事業に関心を持つように なるには程遠いと考えられる。「対話の場」を整備し、市民に参加を強いるのではなく、主 体的に参加しようとする市民の意識を尊重することに努めるべきである。そのうえで、市 民と一緒に時間をかけて社会的課題を議論し、解決策を模索することにより、「将来世代に 負担を先送りしない」という市民の自覚を醸成するのである。そのためには、「対話の場」
で出される市民の意見や要求を政策策定や意思決定に反映する仕組みが法的にも、また制 度的にも明確化されることが必要である。
本稿で取り上げた国では、サイト選定プロセスにおいて、市民の意見や要求を聞き、こ れらを反映する手続きや枠組みが制度上整備され、明確化されている。自らの意見や要求 が意思決定やHLW 処分事業の計画や運営に反映されることが明確であるため、HLW 問 題をめぐる社会的合意形成プロセスへの市民の主体的参加が促進されることとなる。本稿 では、社会的合意形成プロセスにおける明確な市民参加の枠組みが制度として整備される
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こと、社会的合意形成プロセスにおける市民の役割を具体的に示し、市民の主体的参加と 熟議を通じた意思決定を促すこと、参加する市民が納得する形で社会的合意形成プロセス における市民参加の枠組みが整備され、手続きを公正に運用することが重要であると指摘 したが、このような市民の主体的参加と熟議を通じた意思決定を促進するアプローチが Engagementである。
我が国においても、Engagementアプローチを採用し、市民の主体的参加を確保し、HLW 問題を市民と一緒になって議論し、解決策を探る社会的合意形成プロセスを整備すること が求められる。そのうえで、寿楽(2016)が指摘するとおり、HLW問題に対し、科学が 示唆する技術的な解決策を複数の政策上の選択肢にまとめたうえで、どのような価値を尊 ぶかという価値判断、あるいは、価値選択を行い、暫定的な解を導き出し続ける作業を、
社会を挙げて行うことが必要である。
ここで取り上げた国の多くは、市民によるHLW処分事業への主体的参加を促すため、
市民が専門知識を得るための財政的、技術的支援を与えている。また、市民に意見や要求 を述べる権利や役割、あるいは、HLW処分事業を監視する機能を、法的に、あるいは、制 度的に与えている。本稿では、このように市民の主体的参加が促進されるよう制度的、財 政的、技術的な「力」を付与するアプローチをEmpowermentと名付けた。Empowerment アプローチによって、市民は、HLW 処分事業を進める側である政府や実施主体と対等に 議論し、一緒になって方針を決め、HLW 処分事業の安全性を確認し、これを向上するこ とにも貢献するようになる。また、市民が政府や実施主体の活動やHLW処分事業を監視 することでガバナンス(governance)が強化されることも期待される。
我が国においては、市民に意見や要求を述べるための法的、あるいは、制度的な権利や 役割どころか、機会さえ与えていないのが実態である。一部の市民や市民団体がHLW処 分事業を進める政府や実施主体の活動を監視したり、情報公開請求を行ったりしているが、
これらの市民や市民団体はHLW処分事業に主体的に参加しているわけではなく、また、
これらの市民や市民団体がHLW処分事業を進める政府や実施主体から資金的、技術的支 援を受けているわけでもない。我が国においても、制度を適切に整備したうえで、
Empowermentアプローチを採用し、市民が自ら調査し、あるいは、専門家から専門的な
知識を得る権利と機会を与え、そのための財政的、技術的な支援を行うことを検討すべき である。そのうえで、市民との間で双方向の対話や議論を行い、市民の意見や要求を取り 入れながら、社会的合意形成を図るのである。なお、先に述べたとおり、海外においては、
市民や市民社会組織に対する Empowerment、とくに財政的支援が、HLW 処分事業を進 める政府や実施主体によって行われており、こうした支援が当然のこととして理解されて いる。我が国においても、このようなEmpowermentが受け入れられる柔軟な社会環境に 少しずつ変えていくことが求められるであろう。
なお、今後、3Eアプローチを我が国の取組に取り入れることでHLW問題をめぐる社会 的合意形成プロセスが進展することを期待するが、海外と我が国とでは、政治的にも、社 会的にも、文化的にも、また歴史的にも異なる環境にあり、市民の置かれた立場や期待さ れる役割も異なっていることから、海外の取組をそのまま我が国の取組に反映することは 適当ではない。我が国の制度や環境に合わせた形で3Eアプローチを採用することが求め られる。