第五章 利他主義に基づく協調行動
5.1 社会的ジレンマの論点
5.1.2 社会的ジレンマの解決策
現実社会においては、社会的ジレンマによる人びとの非協力行動によって様々な社会問 題が発生したり、あるいは、社会問題の解決が遅れるような事態に陥ったりしている。し たがって、社会問題の発生を防止するためには、あるいは、社会問題の解決に向けた取組 を進めるためには、社会的ジレンマを解消し、人びとの協力行動を促す方略を考える必要 がある。藤井(2003)は、社会的ジレンマを解消するための方略として、「構造的方略」と
「心理的方略」を挙げている。構造的方略とは、「法的規制により非協力行動を禁止する、
非協力行動の個人利益を軽減させる、協力行動の個人利益を増大させる等の方略により、
社会的ジレンマを創出している社会構造そのものを変革する」(藤井, 2003, pp.22-23)も のであり、心理的方略とは、後述するとおり、社会構造を変革するのではなく、人びとの 心理的要因に直接働きかけることによって、自発的な協力行動を誘発するものである。
社会的ジレンマに対処するための構造的方略について、藤井(2003)を参考にしつつ分 類すると表5.1.2-1のようになる。
表5.1.2-1 社会的ジレンマの解決策における構造的方略
構造的方略の手法 Pull法 協力行動に伴う利己的利益を増進する方法
=協力行動への変容を促す、あるいは、協力行動を誘発す る施策(たとえば、インセンティブの付与、料金の引き下 げ、免税・減税など)。
Push法 非協力行動に伴う利己的利益を低減、あるいは、非協力行 動を禁止する方法
=非協力行動を抑制する施策(課金システムの導入、監視 の導入・強化、罰金・罰則、料金の引き上げ、増税など)。
出典:藤井(2003)をもとに修正し作成
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現実社会においては、社会的ジレンマを解消するために用いられる構造的方略の導入や 実施そのものについて、必ずしも人びとが協力的ではないケースがみられる。たとえば、
都心の路上駐車やゴミの不法投棄などを防止するために、行政が監視員を雇ったり、罰金 や罰則を導入したりといった構造的方略を採用しようとする場合、一部の人びとがこうし た構造的方略の必要性や有用性について理解せず、これに反対することから、構造的方略 の導入や実施が行われず、結局のところ、都心の路上駐車やゴミの不法投棄などが解消さ れないという状況が続くこととなる。これも社会的ジレンマの一つの類型であり、このよ うな社会的ジレンマを「公共受容ジレンマ」と呼ぶ。
藤井(2003)は、公共受容ジレンマにおける「公共受容」について、社会的ジレンマを 解消するための構造的方略が実施されることを、人びとが主体的に、あるいは、自主的に 望むという事態であると定義している。社会的ジレンマを解消するための構造的方略の導 入や実施に対して公共受容が得られず、人びとが反対することによって、構造的方略が導 入、あるいは、実施されなければ、公共受容ジレンマが発生するのである。構造的方略の 導入や実施に対し、人びとが反対するのは、こうした構造的方略によって人びとの自由が 侵害されたり、構造的方略の導入や実施に関する手続きが公正でなかったり、構造的方略 の導入や実施によって受ける影響や結果が公平でなかったり、あるいは、そもそも構造的 方略の導入や実施を進める行政への信頼が欠如していたりするためである。
藤井(2003)は、公共受容を促進する方法として、構造的方略の導入に対して人びとが 感じる自由侵害感を緩和すること、構造的方略をめぐる分配的公正と手続き的公正を高め、
人びとが感じる公正感を向上させること、さらに、社会的ジレンマの深刻さ、その解消の 必要性、構造的方略の必要性や有効性を説明することで、行政への信頼、手続き的公正感、
公共利益増進の期待を含む公正感といった構造的方略への受容意識を促す「倫理的要因」
の効果を高め、同時に、構造的方略への受容意識を妨げる「利己的要因」の効果を低減さ せることの重要性を指摘したうえで、これらを表5.1.2-2のように分類している。
たとえば、都心での路上駐車を減らすため、取り締まりを強化する、路上駐車を禁止す る箇所を増やす、あるいは、罰金を徴収するといった構造的方略を導入しようとすると、
人びとは強く反発し、こうした構造的方略の導入そのものに反対する。しかし、そのまま で放置していると路上駐車は永遠に減らない。したがって、取り締まりの程度を緩める、
路上駐車を禁止する箇所を減らす、あるいは、罰金の額を減らすといった形で、人びとの 感じる自由侵害感を緩和することによって、公共受容ジレンマを解消し、構造的方略の導 入を進めるのである。また、路上駐車を禁止する箇所が特定の地域に集中していると、そ の地域の人びとの不公平感が増大する。したがって、規制の範囲や対象地域を可能な限り 公平にし、人びとの感じる分配的公正感を高めることが重要である。さらに、構造的方略 の導入に向けた行政手続きや意思決定プロセスが不透明であったり、特定の人びとやグル ープの意見のみを採用したりすると、人びとは不満を持ち、反発する。したがって、情報 公開を徹底する、客観的なデータやエビデンスを踏まえて議論する、多くの関係するステ ークホルダーの意見を聞くといった形で手続き的公正を確保し、構造的方略の導入を決め ることが重要である。
加えて、構造的方略の導入について何の説明もなく、いきなり実施するのではなく、人 びとに対し、社会的ジレンマによって生じている社会問題の深刻さ(たとえば、路上駐車
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による都市の混雑)と、それを構造的方略の導入によって解消する必要性や有効性につい て、真摯かつ丁寧にコミュニケーションすることが重要である。適切なコミュニケーショ ンを実施することにより、人びとが短期的な私的利益よりも長期的な公共的利益の方に配 慮を示すようになり、また、公正感が向上し、行政に対する信頼も高まって、構造的方略 の導入に関する受容意識が高まることが期待されるのである。
表5.1.2-2 構造的方略の受容意識向上を促進する方法
方法 例
自由侵害感の緩和を目指す 導入する構造的方略に関し、以下の措置を講ずる
・規制の程度を緩和する
・規制する場所を少なくする
・徴収する額を低くする等
公正感の 向上を目 指す
結果に ついて の公正 感の向 上を目 指す
分 配 的 公 正の向上
導入する構造的方略の影響範囲について、地域間、
あるいは、各種階層間で可能な限り公平にし、人び との不公平感を緩和する
公 共 利 益 増 進 期 待 の形成
構造的方略を実施することによって、公共利益が増 進することを説明する
手続き につい ての公 正感の 向上を 目指す
行 政 へ の 関 与 ( 参 加 ) を 促 進
情報公開、住民説明会、住民や交通システム利用者 当を含めた協議会の開催などを通じて、一般の人び との行政への参加を促進する
行 政 へ の 信 頼 を 確 保
行政手続きに関する以下の事項を保障し、そのうえ で、行政プロセス、意思決定プロセスを社会に公開 する
・一貫性:一貫したルールを尊重し意思決定を行う
・正確さ:正確な調査とデータを用いた判断を行う
・修正可能性:過去の判断に誤りがあれば、謝罪の 上、修正する
・倫理性:意思決定プロセスが社会的モラルに合致 している
・代表性:非一般的な価値観に偏重しない
公共心の活性化
社会的ジレンマの深刻さやその解消の必要性、構造 的方略の必要性や有効性などについて、コミュニケ ーション(PR・教育)を実施することで、人びとの 持つ公正感や行政への信頼などの倫理的要因の効 果を増進させるとともに、自由侵害感などの利己的 要因の効果を低減させることを目指す
出典:藤井(2003)をもとに修正し作成
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本研究を進めていくうえで、表 5.1.2-2 のような分類と整理の仕方は、重要な示唆を与 える。本稿では、社会的合意形成プロセスを進めていくうえでは、手続き的公正と分配的 公正を確保することが重要であることを論じてきた。本章では、社会的合意形成プロセス を進める際に障害となる社会的ジレンマを解消する必要性について考察するが、表 5.1.2-2 によって、社会的ジレンマを解消するために用いられる構造的方略についても、行政手 続きや意思決定に関する手続き的公正や、構造的方略の結果に関する公正感、すなわち分 配的公正を確保し、人びとが感じる公正感を向上させることが必要であることが改めて示 されているのである。このことから、本稿の中心命題として掲げた社会的合意形成プロセ スを円滑に進めるためのベースとなる手続き的公正、分配的公正及び利他主義に基づく協 調行動は、別々に取り扱われるものではなく、相互に関連し、相互に影響し合い、全体と して機能するものであることが改めて確認できる。
また、藤井(2003)は、「一般の人びとは、如何なる結果が公正かを考えるに当たって、
平等や公平、衡平といった個人間の利得分布のみに配慮するのではなく、現在と未来の社 会全体の福祉(すなわち、公共利益、あるいは、社会的厚生)にも重大な配慮を寄せる」
(藤井, 2003, pp.243-244)と指摘し、したがって、「構造的方略によって本当に社会的ジ レンマが回避でき、それによって将来の社会全体の福祉が増進するならば、それだけで人 びとは、構造的方略を公正な施策であると認識する可能性がある」(同上, p.244)と指摘し ている。この点も、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるうえで重要な示 唆を与えている。人びとの「現在と未来の社会全体の福祉(すなわち、公共利益、あるい は、社会的厚生)にも重大な配慮を寄せる」という心理に働きかけることにより、人びと の利他主義に基づく協調行動を促す可能性があることを示しているのである。
さらに、藤井(2003)が指摘しているとおり、社会的ジレンマの深刻さ、社会的ジレン マの解消の必要性、構造的方略の必要性や有効性などを適切にコミュニケーションするこ とで、構造的方略の導入を進める行政への信頼、構造的方略の導入に関する手続き的公正 感、構造的方略の導入による公共的な利益の増進への期待を含む公正感といった構造的方 略への受容意識を促す倫理的要因の効果を増進させ、同時に、短期的な私的利益よりも長 期的な公共的利益の方に配慮するよう利己的要因の効果を低減させることを目指すとい う観点も重要である。こうした人びとの意識や認知に働きかける手法は、社会的ジレンマ の解決策における心理的方略とも関連するものである。
そこで、社会的ジレンマを解消するために法律や制度を整えて協力行動への義務付けや 罰則を設けるという構造的方略に加え、心理的方略に着目して、社会的ジレンマにおける 協調行動を促す要因を検討する。心理的方略とは、「個人の行動を規定している、信念
(belief)、態度(attitude)、責任感(ascribed responsibility)、信頼(trust)、道徳心(moral
obligation)、良心(conscience)等の個人的な心理的要因に直接働きかけることで、社会
構造を変革しないままに、自発的な協力行動を誘発する」(藤井, 2003, p.23)手法である。
本稿では、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるためには、社会的合意形 成プロセスへの人びとの主体的参加を促す必要があるとの問題意識から、とりわけ心理的 方略によって人びとの利他主義に基づく協調行動を促すという考え方に着目する。
藤井(2003)は、現実社会における社会的ジレンマに対処するための心理的方略につい て、表5.1.2-3のように分類している。