我が国では、HLW 処分の実現に向けて、研究開発を続け、技術的知見の蓄積を進めて きた。同時に、HLW処分に関する国民の理解を得るため、HLW処分に関する様々な広報 活動や情報公開を行ってきた。しかし、現時点では国民の理解は十分に得られておらず、
HLW 処分事業の実現の目途は立っていない。政府や NUMO はシンポジウムや意見交換 会などを開催してきたが、政府やNUMOが政策や方針を予め決定し、こうした場におい て、情報提供と称して一方的に市民に伝えたり、意見交換と称しつつ市民の質問や意見に 対して防戦一方の説明を繰り返したりするだけでは、市民の正しい理解を得ることはでき ない。むしろ、市民との間で双方向の対話や議論を行い、市民の正しい理解を得て、市民 と一緒になって解決策を考える「対話の場」を設ける必要がある。こうした場において、
いたずらに「反対」を主張するのではなく、「将来世代に負担を先送りしない」という高い 意識と倫理観を持つ市民が主体的に参加した形で、社会にとっての最適な解決策を見出す ために建設的な議論や検討が進められることが、HLW 問題をめぐる社会的合意形成には 不可欠である。
市民の主体的参加を得た形で社会的合意形成プロセスを進めるためには、まず、市民が HLW 問題を社会的課題として認識し、これを解決しなければならないものとして意識す ることが不可欠である。社会的課題として認識すれば、その解決に向けて、「何かしなけれ ば」と考えて行動を起こすこととなる。社会的課題は、通常、一人で解決することは困難 であるため、他の市民と問題意識を共有し、お互いに持っている情報やアイデアを出し合 って、解決策を探ることとなる。しかし、参加する市民の数が増えると、各々の考えや意 見が対立し、容易に解決策を見出すことが困難となる。対立ばかりで解決策を見出すこと ができなければ、やがて市民は問題解決に向けた関心や意欲を失ってしまうであろう。ま た、たとえ解決策が示されたとしても、それが不透明な手続きによるものであったり、意 思決定者から一方的に押し付けられるものであったり、特定の市民やグループの意見に偏 っているものであったりした場合、市民は不満を持って反発し、提案された解決策に反対 することとなり、結局、合意に至らないであろう。
HLW 問題を解決するためには、市民が納得する形で、かつ手続き的公正を確保した形 で社会的合意形成プロセスを進めることが必要である。とりわけ、我が国の市民活動は、
特定思想に傾倒した人びと、あるいは、政治的イデオロギーや宗教的使命感を持った人び とによるラディカルな活動というマイナスの評価を受ける場合が少なくない。HLW 問題 をめぐる社会的合意形成プロセスに参加する市民が「奇特な人」として扱われることがな いよう、市民の主体的参加と熟議による社会的合意形成プロセスが、法的にも、制度的に も明確化され、プロセスに参加することが権利であり、そこでの意見表明や意思決定が正 当なものとして認められることが必要である。
こうした問題意識を踏まえ、第三章では、HLW 処分事業を推進する政府や実施主体の 側ではなく、HLW処分事業の影響を直接に、あるいは、間接に受ける市民の側に着目し、
海外の事例を踏まえ、市民の役割を考慮したHLW問題をめぐる社会的合意形成プロセス に必要と考えられる基本的アプローチを明らかにした。具体的には、①HLW 処分事業を 推進する政府や実施主体から市民への一方的な情報提供ではなく、市民との双方向の対話 を通じて相互理解を深め、相互信頼を高めるEducationアプローチ、②HLW問題という
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社会的課題に対する社会としての最適な解決策を見出すために、市民の意見や要求を意思 決定に反映する手続きを制度上明確化して、市民の主体的参加と熟議を通じた社会的合意 形成プロセスを進めるEngagementアプローチ、及び③HLW問題をめぐる社会的合意形 成プロセスへの市民の主体的参加と熟議が促進されるよう制度的、財政的、技術的な「力」
を市民に与えるEmpowermentアプローチの三つの「E」を考慮する「3Eアプローチ」を 提示した。
海外の事例を通じて、3E アプローチが HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスに おける基本的アプローチであること、また、3EアプローチのEducation、Engagement及
びEmpowermentがバラバラに機能するのではなく、有機的に機能することが、手続き的
公正を確保する社会的合意形成プロセスを進めるためには不可欠であることなどが明ら かになった。海外においては、これらの3Eアプローチが確保されるよう、法的にも、ま た、制度的にも明確化されている。翻って、我が国においては、Education、Engagement
及びEmpowermentの基本的アプローチに関する理解が欠如しており、法的にも、また、
制度的にも明確化されておらず、したがって、実践もされていない。このことが我が国に おいてHLW問題をめぐる社会的合意形成プロセスが進まない主な要因となっていると考 えられる。今後、我が国のHLW処分に関する取組において、3Eアプローチを取り入れる ことにより、手続き的公正を確保する社会的合意形成プロセスが整備され、進展していく ことが期待される。
HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるためには、政府が決めたことを市 民に伝える「上意下達」ではなく、EducationアプローチやEngagementアプローチによ って市民の意見や要求を政策策定や意思決定に取り入れる「下意上達」が求められる。ま
た、Empowermentアプローチによって市民の意見や要求は、より的確なもの、あるいは、
より重要なものとなる。社会的合意形成プロセスに市民が主体的に参加し、市民の意見や 要求を政策策定や意思決定に反映したり、HLW 処分事業における計画や運用に取り入れ たりすることにより、市民の意識や責任感が高まると同時に、社会的合意形成プロセスの 信頼性が高まり、結果として、プロセスから導出される意思決定の「質」が向上し、意思 決定に対する受容も高まることが期待される。さらに、市民によるHLW処分事業への関 与、あるいは、オーナーシップ(ownership)が強まり、将来的には、市民が事業の監視も 行うことで、HLW処分事業のガバナンス(governance)も向上することとなる。なお、
市民一人ひとりの力だけでは社会的課題の解決策を導出することは容易ではないため、
HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるためには、問題意識を共有する多数 の市民によるネットワークを構築する市民社会組織の役割が大いに期待される。
HLW 問題を解決するためには、市民がHLW 問題を社会的課題として自覚し、これを 解決しなければならないものとして意識することが不可欠である。解決策は、一人で考え るのではなく、他の市民と問題意識を共有し合い、情報やアイデアを出し合って考えるこ とが必要となる。多様な利害や価値観を有する多くの市民が参加し、様々な情報を熟慮し たうえで価値判断や意思決定を行うためには、手続き的公正を確保した社会的合意形成プ ロセスを制度的に整備し、これを公正に運用することが必要である。加えて、HLW 問題 をめぐる社会的合意形成プロセスにおいては、HLW 問題の解決による便益や HLW 問題 をめぐるリスクや環境負荷などの不利益を踏まえ、これらの便益や不利益に係る受益圏と
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受苦圏の地域間公平の問題や現世代と将来世代の世代間公平の問題についても熟議、熟慮 され、分配的公正を確保した価値判断が行われることが重要である。しかし、HLW 問題 は社会的にも政治的にも複雑な問題を内包することから、価値判断を行う際に与えられる 情報が多過ぎると情報を正しく評価できなくなり、また、意思決定を行う際に与えられる 選択肢が多過ぎても正しい選択ができなくなる。したがって、人びとの適切な価値判断や 意思決定を促すためには、情報や選択肢を減らすだけでなく、必要な情報や論点を分かり やすく、かつ体系的に整理したうえで提供することが重要である。
そこで、第四章では、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを進める中で価値判 断を行うために考慮すべき事項を、技術的観点、経済的観点、社会的観点及び心理的観点 から整理し、これらの四つの観点に含まれる要素をマイナスの要素(負担やリスク)とプ ラスの要素(対処や便益)とに分けて提示した。そのうえで、HLW問題において社会的受 容に影響を及ぼし得る要素である技術的要素、経済的要素、社会的要素及び心理的要素を 総合的に勘案し、分配的公正を確保しながら価値判断を行う「4 要素アプローチ」を提示 した。本稿で繰り返し強調した重要なポイントは、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プ ロセスを進めるに際しては、受益圏と受苦圏の地域間公平の問題や現世代と将来世代の世 代間公平の問題を考慮する必要があるが、本稿で示した技術的観点、経済的観点、社会的 観点及び心理的観点のそれぞれの要素の間でのみ公平性を考えるのではなく、これらの四 つの観点からの様々な要素を総合的に勘案して熟議し、分配的公正を確保しながら価値判 断を行うことである。
また、第四章では、社会的選択の理論における社会的無差別曲線を応用して、HLW 処 分をめぐる受益圏と受苦圏の地域間公平の問題と現世代と将来世代の世代間公平の問題 にそれぞれ当てはめて考察した。そのうえで、技術的観点、経済的観点、社会的観点及び 心理的観点からマイナスと捉えられる要素とプラスの要素を総合的に勘案し、分配的公正 を確保しながら価値判断を行う4要素アプローチを採用することにより、社会的厚生を最 大化しつつ、同時に公平性を確保する政策を選択する考え方を示した。さらに、Leventhal の公正判断モデルを応用して、HLW 問題をめぐる社会的合意形成プロセスを通じて地域 間公平と世代間公平の問題を考える場合には、それぞれにおいてHLW問題をめぐる技術 的観点、経済的観点、社会的観点及び心理的観点の四つの要素を総合的に取り入れて分配 的公正を考慮する新たな公正判断モデルを提示した。
社会的合意形成プロセスを用意しただけでは、市民が自発的に、あるいは、主体的に参 加するわけではない。HLW問題にもともと無関心な市民はともかく、HLW問題に関心を 持つ市民であっても、社会的合意形成プロセスに参加することは少ない。そこには人それ ぞれが抱える事情があると推察されるが、本研究では、市民が社会的合意形成プロセスに 主体的に参加しない理由の一つとして、社会的ジレンマの存在に着目した。そのうえで、
第五章では、社会的ジレンマについて論じた先行研究を踏まえ、論点を整理して、HLW問 題をめぐる社会的合意形成プロセスを進めるために、社会的ジレンマにおいて市民の利他 主義に基づく協調行動を促す仕掛けや動機づけとして、以下の三つを明らかにした。
第一に、人びとがHLW問題に関する正しい理解を得ることが重要な要素となることで ある。そのため、人びとに対し、HLW問題の実態、課題解決の必要性、社会的合意形成の 重要性に関する客観的な情報を提供し、人びとの認知を矯正して社会的課題として認識さ